■講談社20210603
「歳のせいで覚えが悪い」という人は、昔自分が者を覚えるためにどれほど努力したのかを忘れている。「物忘れがひどい」も、単にはじめから覚えていないということ……と断言する。歳を食ったら記憶力が衰えるというのはうそだと筆者は主張する。
記憶の種類と、脳の中で記憶をつかさどるメカニズムを分子レベルで解き明かす。しくみを知れば、記憶を高める方法も自ずと見えてくる。その結論は当たり前なのだけど、推理小説を読むようなおもしろさだった。
電話番号をすぐに忘れるのは「短期記憶」で、一度に記憶できるのはおよそ7個。親しい人の電話番号を覚えてしまうのは「長期記憶」だ。
長期記憶のうち、自分の経験に関連したものは「エピソード記憶」、抽象的な記憶(知識)を「意味記憶」という。一般に、テスト中のど忘れは意味記憶に対して起こる。
長期記憶のなかには「エピソード記憶」「意味記憶」のほか、「プライミング記憶」(勘違いのもと 「ほうれそんう」をホウレンソウと読む)、「手続き記憶」(身体で覚えるものごとの手順)がある。
下等な動物ほど「手続き記憶」が発達する。赤ん坊が成長する際、発達する順も手続き記憶、プライミング記憶……となる。生まれてから3,4歳まで記憶がない「幼児期健忘」は、意味記憶やエピソード記憶が発達していないことが原因だ。さらに10歳ぐらいまでは意味記憶が優勢で意味のない文字や絵に対して絶大な記憶力を発揮するが、中学生になるとエピソード記憶が完成される。だから大人は九九のような意味記憶ではなく、論理的な記憶力を鍛えなければならない。ちなみに「絶対音感」の臨界期は3,4歳。言語を覚える能力は6歳ぐらいまでがとくに高いという。
「エピソード記憶」と「意味記憶」は脳の海馬、「短期記憶」と「プライミング記憶」は大脳皮質。「手続き記憶」は小脳などが関与している。
海馬がつくりだした記憶は1カ月ほど海馬内にとどまったあと、側頭葉に長期保存する。1,2歳の子は海馬が成長しきっていないから幼児期健忘が起きる。。
神経細胞は神経突起を伸ばして仲間と結びつく。ひとつの神経細胞は1万個の仲間と神経繊維で結びついている。
神経信号は電気で脳に伝えられるが、電子が流れるのではなく、ナトリウムイオンが流れる。神経細胞と神経細胞をつなぐシナプスでは、アセチルコリンやグルタミン酸といった化学物質によって活動電位がバトンタッチされる。
記憶するとは、神経細胞のつながり方が変化すること。ひとつの神経回路にさまざまな情報が同居し、それらの情報は互いに影響を及ぼしあうことで、記憶のあいまいさが生まれる。逆に相互作用があるから、まったく異なる物事を関連づけることができ、「連想」「創造」が生みだされる。
語呂合わせなどで複数の事象を連携させると覚えやすくなるのは、強い刺激によってシナプスの伝達効率が上昇する(シナプス可塑性)から。より多く連合された記憶は、検索に引っかかり思い出しやすくなる。エピソード記憶が意味記憶より再生しやすいのは、はるかに多くの事象が複雑に連合されているからだ。
感動できなくなると、シナプス可塑性が弱まり記憶力は低下する。「情動」は扁桃体を働かせ、シナプスを活発にするのだ。
ストレスやアルコールはシナプス可塑性を弱め、記憶力を削ぐ。記憶力にとってストレスは天敵だが、ストレスもまた記憶力を天敵としている。記憶力が高ければストレスからのダメージも減るから、さらに記憶力を高められる。
結論として記憶力を高めるには以下のことが大切だとアドバイスする。
①見て覚えるのではなく声に出す。
②物事を連合させると覚えやすくなる。単に知識的な連合より、自分の「経験」に結びつけて「エピソード記憶」とする。
③エピソード記憶をつくるには、覚えた知識(意味記憶)を友だちに説明する。
エピソード記憶はしだいに意味記憶に置きかえられてしまう。意味記憶の割合が増えると、「ど忘れ」が激しくなる。ど忘れしてはいけない知識は、ときおり人に説明して、エピソード記憶として保存する努力をする。
④記憶が海馬に保管される期間1カ月こそが復習のチャンス。以前の記憶が海馬に保管されているうちにその情報をもう一度送信すれば、海馬は「必要な情報」と判定して、側頭葉に記憶させる。もっとも能率的な復習パターンは、1週間後に1回目、さらに2週間後に2回目、さらに1カ月後に3回目。
⑤新しい知識や技法を身につけるには、覚えたその日に6時間以上眠る。
⑥独学は手順が大事。はじめは細部を気にせずおおまかに理解し、細かいことは少しずつ覚える。
⑦記憶には相乗効果がある。どの科目も平均的に点数を稼ぐより、ひとつの科目を集中して勉強し、理解の仕方を覚える方が長い目で見れば効率的。
「理解の仕方」は「手続き記憶」だから、もっとも原始的で忘れにくい。プロ棋士が棋譜を記憶するのは「手続き記憶」を駆使している。天才的と思える能力は、潜在的な「手続き記憶」が基盤になっている。
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▽23 神経細胞は増殖しない。1日数万個も死んでしまう。使われていない細胞をリストラする。
しかし海馬などの限られた部位では増殖したり減ったりする
▽56 電話をかけたらすぐに番号を忘れるのが普通。=「短期記憶」の典型 一度に記憶できる個数はおよそ7個。
親しい人の電話番号は覚えてしまう=「長期記憶」
長期記憶のうち、過去の自分の経験や出来事に関連した記憶=「エピソード記憶」
経験とは関係がない抽象的な記憶である知識=「意味記憶」=自我が介入しない抽象的記憶。
一般に、ど忘れは意味記憶に対して頻繁に起こる。テスト中に思い出せない!というのは意味記憶。
意味記憶ではなくエピソード記憶として脳に蓄えればよい。
▽68 長期記憶のなかには「エピソード記憶」「意味記憶」のほか
「プライミング記憶」(勘違いの元? サブリミナル効果、「ほうれそんう」をホウレンソウと読む)
「手続き記憶」(身体で覚えるものごとの手順)がある。
短期記憶とエピソード記憶は「顕在記憶。それ以外は自分の意識は介在しないから「潜在記憶」。
▽72 一番下が手続き記憶 下等な動物ほど下の階層の記憶が発達。子どもから大人に成長する際、最初に発達するのが手続き記憶、次がプライミング記憶……いちばん遅れて発達するのがエピソード記憶。生まれてから3,4歳まで記憶がないという現象は、「幼児期健忘」という現象で、エピソード記憶が発達していることが原因。10歳ぐらいまでは意味記憶が良く発達していて、それをすぎるとエピソード記憶が優勢になる
▽75 海馬はエピソード記憶と意味記憶に深く関係。「短期記憶」と「プライミング記憶」は大脳皮質。手続き記憶は線条体や小脳で主につくられる。
……海馬は記憶することには重要だが「思い出す」ことには必要ではない。つまり、記憶は海馬のなかに保存されるわけではない。海馬でつくられた記憶は側頭葉に長期的に貯蔵される。入力された情報は海馬に1カ月ほどとどまり、その中で記憶すべき情報が側頭葉に送られる。
……海馬が完成していない乳幼児には、海馬を必要とする記憶はできない。海馬がほぼ完全な形になるのは2歳から3歳。これが幼児期健忘の原因。
……やわらかいものばかり食べると顆粒細胞が減る。他人と交わった方が神経細胞がよく増殖する。しかも異性と接した方がよい。適度に身体を動かすことや軽いダイエットも顆粒細胞を増やす。過度の飲酒やストレスは低下させる。
▽93 神経細胞は神経突起を伸ばして自分の仲間を探す。平均するとひとつの神経細胞は1万個の仲間と神経繊維で結びついている。
……神経信号は電気。静電気でビリッとしびれるのは静電気が神経繊維に流れこんで「神経信号」として脳に伝えられるから。
ただ同じ電流でも、電子が流れるのではなく、ナトリウムイオンが流れる。
……ナトリウムイオンが細胞外から細胞内に流れることで生じる電位の変化を「活動電位(神経パルス)」とう。この活動電位が神経繊維に沿って伝わることを「伝導」と呼ぶ。その速度は1秒に100メートル程度。
▽103 シナプスが乗換駅。シナプス間隙で活動電位が乗り継がれることを「伝達」。神経細胞は化学物質というボール(神経伝達物質)を使ってバトンを渡す。アセチルコリンとグルタミン酸。
▽135 記憶には厳密さよりも、曖昧さや柔軟性が必要とされる。……変化する環境の中で、まったく同じ状況は二度と来ない。もし、記憶が厳密なものであったら、変化をつづける環境のなかでは、活用できない無用な知識になってしまう。
▽142 記憶することは、神経細胞のつながり方が変化すること。脳の可塑性は新しい神経回路の形成によっておこる。〓……ひとつの神経回路にはさまざまな情報が同居。こうしてたくわえられた情報は互いに相互作用してしまう。間違いや勘違い。神経回路を使い回さねばならないという「宿命」こそが記憶の曖昧さの元凶。
……逆に保存情報が相互作用するということは、まったく異なる物事を関連づけることができるということ。「連想」「創造」
▽153 シナプス可塑性(シナプスの伝達効率が上昇する、機能的な結びつきが強化される) 事象を連合させると覚えやすくなる(語呂合わせなど)ある閾値を越えるとシナプス可塑性が生じる。
▽155 記憶は神経回路に蓄えられる。神経回路は互いに作用し合うから記憶はファジーなものになる。ファジーさを確保するために脳の記憶は消去法を使う。高等な動物ほどファジー率が高くなる。ファジーな記憶こそ高度な思考や創造を生み出す源泉。記憶を神経回路に刷りこむにはシナプス可塑性が必要。
▽LTP 脳のメモリー素子LTP=シナプスが記憶する現象。強い刺激が来ると、シナプスが突然活発になる。活発になったシナプスはその状態を維持する。
……海馬のシナプスのグルタミン酸の受容体はAMPA受容体とNMDA受容体のふたつがあり、ふたつとも、ナトリウムイオンを通すチャネルをもち、シナプス電位をつくることができる電気信号の変換装置。通常はAMPAしか使われていないが、より多くのグルタミン酸で刺激するとNMDAが反応する。NMDAが開くと、神経細胞にカルシウムイオンが流れこむ。すると、在庫品のように休眠していたAMPA受容体が表に出てくる。
▽175 LTPを使って金魚に記憶を植えつけることに成功。経験したことがない仮想的な記憶を植えつけることができる。
▽177 LTPに限界がこないように、AMPA受容体を倉庫にもどしてシナプス伝達効率を下げる=LTPを消す作業も必要。
▽179 ストレスを与えるとLTPが弱まる。アルコールを飲ませても弱まる→記憶が失われる
□科学的に記憶を鍛える
▽187 「歳のせいで覚えが悪い」という人は、昔自分が者を覚えるために、どれほど努力したのかを忘れている。「物忘れがひどい」も、単にはじめから覚えていないということ。
▽188 10歳までの子は、意味のない文字や絵や音に対して絶大な記憶力を発揮。中学生なるころにはエピソード記憶が完成され、論理だった記憶力が発達する。だから成長してから99を覚えるのは難しい。
「絶対音感」の臨界期は3,4歳。言語を覚える能力は6歳ぐらいまでがとくに高い。スポーツも。……記憶するときはその年齢に見合った記憶の仕方がある。
論理的な記憶力を鍛える。
▽191 感動できなくなると、感動が薄くなると記憶力は低下する。感動することで、θリズムの発生や顆粒細胞の増殖が起きる。「情動」は扁桃体を働かせ、LTPを促進する。
▽197 記憶力にとってストレスは天敵だが、ストレスもまた記憶力を天敵としている。記憶力が高ければストレスからのダメージも最小限ですむから、さらに記憶力を高められる。
▽200 見て覚えるのではなく、声に出す。目の記憶より耳の記憶の方が心に残る。
▽201 物事を理解し連合させると覚えやすくなる。さらに、単に知識的な連合につとめるより、自分の「経験」に結びつけて記憶した方がよい。「エピソード記憶」は忘れにくい。いつでも「思い出す」ことができる。
エピソード記憶を簡単につくる方法は、覚えた知識(意味記憶)を友だちに説明してみること。
エピソード記憶はしだいに意味記憶に置きかえられてしまう。歳を取ると脳には意味記憶の割合が多くなる。これが「ど忘れ」が激しくなる理由。意味記憶は「きっかけ」が十分でないと思い出せない。ど忘れしてはいけない知識は、ときおり人に説明してみるなど、エピソード記憶として保存するための努力を忘れてはならない。
▽206 復讐の大切さ 海馬は記憶の一時的な保管場所。海馬に保管されている期間は長くても1カ月。この1カ月こそが復復習のチャンス。効率のよい復習とは、以前の記憶が海馬に保管されているうちに、覚えたい情報をもう一度送信してやる。そうすれば海馬は「必要な情報」と判定して、側頭葉に「これを記憶せよ」と送り返す。
〓科学的にもっとも能率的な復習スケジュールは、まず1週間後に1回目、つぎにさらに2週間後に2回目、さらにそれから1カ月後に3回目。
▽211 脳科学はフロイトやユングの夢分析には否定的。夢は脳の情報を整え、記憶を強化するために必須な過程。新しい知識や技法を身につけるには、覚えたその日に6時間以上眠ることが欠かせない。
▽214 独学するには、手順に気をくばる。はじめは細部を気にせず、おおまかに理解。細かいことはそのあとに少しずつ覚える。
▽216 ひとつのことを記憶すれば、ほかのことの法則性を見出す能力も身につく。記憶には相乗効果がある。……どの科目も平均的に点数を稼ぐより、ひとつの科目を集中して勉強する方が長い目で見れば効率的。
「理解の仕方」を覚えるのは「手続き記憶」。もっとも原始的な記憶で、もっとも忘れにくい記憶。
▽218 プロキシが棋譜を記憶するのは、「手続き記憶」を駆使。天才的と思える能力は、潜在的な「手続き記憶」が基盤になっている。
▽222 努力と成果は比例関係ではなく累乗関係。
けっきょくは「本人の意欲が大切」
▽240 アルツハイマーは、脳内のアセチルコリンが少なくなったために痴呆をきたす。…アセチルコリンの働きを増強する薬としてもっとも有名なのはサリン。あの事件で一名を取り留めた患者の中には、忘れていたはずの遠い過去の記憶が鮮烈によみがえってくる経験をした人が少なくなかった。過去の記憶に苦しめられつづける。
アセチルコリンの働きを抑制してしまう物質、風邪薬や下痢止め、乗り物酔い止め。眠気を催すのは、アセチルコリンが抑制されたから。記憶力も低下する。〓
▽243 ゆめもまたアセチルコリンでつくられる。レム睡眠のときは脳内のアセチルコリンの働きが活発になる。
▽244 サフランの成分であるクロシンという物質を飲むと、アルコールを飲んでもLTPが抑制されない。酒を飲む前にクロシンを飲めば、失態も防ぐことができる。
▽255 より多く連合された記憶は、検索に引っかかる可能性が高くなる。思い出しやすくなる。エピソード記憶が、意味記憶と異なり、任意に再生できるという理由も、エピソード記憶のほうがはるかに多くの事象が複雑に連合されているから。
▽257 科学は記憶の「獲得」と「固定」については研究することができたが、「再生」の解明に取りかかろうとしたときに、「心」という難物に阻まれて標的がぼやけてしまった。…記憶の必要な部分を必要な量だけ自由に思い出すという行為は、想像を絶するほど高次元な脳の働きによって遂行されている。
▽260 海馬は、医療現場では邪魔者扱いされている。疾患の病巣になりやすい。アルツハイマーも統合失調症もてんかんも…数分でも脳の血流が止まると、海馬の神経細胞は死んでしまう。
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