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アミターバ 無量光明<玄侑宗久>

■アミターバ 無量光明<玄侑宗久>新潮文庫 20181201
 がんで余命幾ばくもない女性が主人公。娘とその夫で僧侶である慈雲さんが付き添っている。
 病気が進み、ベッドから起き上がれなくなると、夢が多彩になり、さまざまな時間と空間が入り乱れてくる。子どものころに帰ったと思えば、みんなで旅した四国の宿に行き、目覚めると病院のベッドにもどる。そんな繰り返し。
 それを一般に譫妄と呼ぶけれど、慈雲さんは「煩悩が緩んで、時間の束縛が緩んできた」と前向きに説明する。
 高速で移動すると時間はゆっくり動く。高いところも時間がゆっくりになる。人によって時間の過ぎ方はちがう。だから、「時間が他人と違ってきてもあわてることはない」と慰める。
 量子は波でもあって粒子でもあり、テレポーテーションする。宇宙の果てでも瞬時に移動できる。そう聞くと、亡くなったはずの人が目の前にあらわれてもおかしくないような気がする。
 人が死ぬ時に体重が減り、1グラムの物体が消えて熱に変わったとすると、原爆ほどのエネルギーが生まれる。大部分のエネルギーは使われずに残り、その膨大なエネルギーが浄土を現出しているのではないか、キリストが生き返ったというのは、そういうエネルギーによるのではないか…と慈雲さんは説く。。
 命が尽きると最後は明るい光のなかに入っていく。それはキューブラーロスらの最先端の研究のなかでわかってきた「死」への道のりであるらしい。
 もし死がそういうものならば、恐れはだいぶ減るだろう。大切な人を亡くしても、いずれまた会えると考えられるかもしれない。
 まるで妻の歩んだ経過をたどっているようだ。
 主人公が愛媛の深いかかわりがあること、造影剤を入れる検査のつらさ。ステロイドで痛みをやわらげること。おむつにうんちをするのを最初はいやがっていたが、いつの間にか摘便してもらうようになった。足が重くなってひざを持ち上げることができなくなり、「重いよう」と言っていた。
 寝ている時間が長くなると、胴体も腕も脚も丸みが保てなくなって台形に沈んでくるから、主人公の娘がは気功を使って掌や指先をあててマッサージして、丸みを取り戻そうとする。私もむくんだおなかや背中をさすって何とか水を出して丸みを取り戻そうとしていた。「(マッサージしてもらってるときが)この上なく気持ちよい時間だった」と本に書いてあるけど、妻も気持ちよいと思ってくれていたのかなあ。
 そして妄想で色々な人に出会うこと。死んだはずの夫と会うのは「じいちゃん、今行くよ」と語っていた妻と同じだ。
 「今晩行きます」という言葉が理解できず「どこ? なに?」と尋ねたという記述は、「またあした」と電話で言われて「あした? なに?」と聞いていた妻の姿と重なる。
 「昨日は私のこと判ってくれたのに、きょうは呼んでも全く反応ない」という家族の苦しみも、同じ。声を出してくれなくなると、急につらさが増した。食べることができなくなるとさらにつらかった。
 最後は、意識は自分の体から離れ、自分の体と周囲の人を見下ろすようになるという。それは本当だろうか。
 この小説に書かれたことが事実ならいいのに、と思いながら読み進めた。

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▽極楽浄土というのは、私らには計り知れない存在の意思や思いが実現してる場所らしいですよ。それを疑わないことです。
▽意識する主体は、脳波がフラットでも存続することが可能だって、臨死体験の例からもわかってるわけですよ。

□中沢新一の解説
▽医学的に死と認定された後も、「心」はまだ活動を続けていて、心の内部からつぎつぎと色彩や強度を変化させていくまばゆい光があらわれ、死にゆく人々や臨死体験者の心をおおいつくしていうという事態がおこっているらしい。「チベットの死者の書」の古い時代から人類はそれを知っていた。
…死は、光明に満ちた晴れ晴れしい旅立ちの体験としてとらえられていたように感じられる。
▽身体的な死の直後から心の内部からの強烈な発光の現象と結びあわせて、きわめてリアルなものとして語りだしたのは、浄土教の新しさだった。
…ところが、時が経つにつれて、浄土はもともともっていたはずのこの「実体性」を失いだした。親鸞の思想でも、すでに浄土の実体性などには、関心が持たれなくなっている。…浄土はリアルなものではなく、比喩ないし象徴として考えようというのが、近代的な仏教理解として適当なのではないかという意見が、浄土教教学の中でも一般的だった。
…昔の人が浄土という考えを通して理解していたことを、近代の仏教は正しく伝えてこなかったのではないか。浄土をリアルなものとして、もう一度取り戻す必要がある。
▽玄侑宗久さんは、臨死体験を巡る科学的研究や意識と物質のつながりの新しい理論を開こうとしている量子論や…を盛り込んで「日本人の死者の書」を書いた。

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