MENU

「月よ私をうたわせて」出版3周年記念LIVE「サバイバーたちの明日へ」

 「月よ私をうたわせて」出版3周年を記念するライブに参加した。「自死」という重い現実のなかから「生きぬく」大切さと美しさを伝えるコンサートだった。【「月よ私をうたわせて」の紹介はコチラ

 のえさんは37年の人生のさいご、大阪・長居公園ちかくのアパートにすみ、公園の野宿者のテント村で日々をすごした。テント村は彼女の生活そのものだった。「支援者」とか「当事者」ではなく、「ただのご近所の唄うたい」としてかかわった。
 テント村は、世界陸上を前にした2007年に強制撤去された。その最終盤、撤去される舞台の上からのえさんの歌「ひとりぼっちの夜」が湧きあがった。のえさんはそのとき、封鎖する警備員の外側にいた。外から声をはりあげると、舞台の人々は手をふってこたえ、大合唱になった。
 舞台上と警備線の外から歌がひとつになったとき、警備員や市職員は戸惑いの表情を浮かべていた。その映像を見て、歌ってこんなにも力があるんだ、と胸が震えた。テント村は撤去されて野宿者たちは負けたが、チリの軍事クーデターで殺された歌手ビクトル・ハラとのえさんがだぶって見えた。
 あの瞬間が、おそらくのえさんの人生の頂点だった。
 テント村の撤去によって彼女は生きる場所を失った。
 のえさんの最高傑作である「月は知らんぷり」という歌はそんな絶望状況で生まれたのだろう。

 それまで自分を見守って語りかけてくれた月がもうなにも答えてくれないことに絶望し、赤い涙を流す。「これ以上生きるのはつらい」という限界状況を歌っているのに、えぐるような痛みとともに、透明なかわいらしさがただよう。
 最後の命のエネルギーをこめて歌をつくり、2008年に彼女は逝ってしまった。
 自死ではあったけど、彼女は人生を「生ききった」のだということが、彼女の歌や残された映像をとおして理解できたような気がした。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次