■小学館新書2023021
生命は、たえずみずからをこわし、常につくりかえることでエントロピー増大の法則に抗う動的システムであるとする「動的平衡」を提唱した著者が、生物学や医学、芸術についてまで論じている。その幅の広さにおどろく。でも芸術論よりも、生物学についての文章がおもしろい。
「獲得形質」も遺伝するとか、ウイルスは生命の進化の助けになっているとか……知らなかった話が次々でてくる。もっと科学を勉強すればよかった、と思わせられる。
たとえばSTAP細胞について。
卵子と精子が結合した細胞は倍々ゲームで増殖し機能が分化し、おなじDNAをもつのに異なる機能をもつようになる。分化する前の細胞の代表はES細胞とips細胞だった。ES細胞は受精卵を破壊することでつくられる。この細胞でつくられた分化細胞を治療に使うと、他人の臓器を移植することになるから拒否反応が起きる。
ips細胞によって、いったん分化した細胞を未分化状態にもどすことが可能になったが、外来遺伝子を細胞のなかに導入する必要がある。これが細胞に悪影響をおよぼし、がんを発症する懸念があった。それらに対してSTAP細胞は、弱い酸性の溶液に細胞を漬けるという簡単な方法で、多分化能幹細胞をつくりだせるとされた。
「獲得形質は遺伝しない」というのが常識だったが、マウスでの実験で、次の世代の自由度を拘束しない範囲で獲得形質を有効利用できることがわかった。
食べものは単にエネルギー源なのではない。タンパク質はエネルギーとして燃やされるのではなく、動的平衡のために自分自身の身体を日々つくりなおすために使われる。
手足がガリガリだけどお腹が膨満する「クワシオコア」。キャッサバでカロリーはとれてもタンパク質がない。タンパク質は絶えず分解され新しく合成されるが、欠乏するとタンパク質が分解される一方となる。カロリーだけ摂取すると肝臓は脂肪に変えて蓄積する。それを全身に供給するリボタンパク質(LDL HDL)が欠乏して肝臓から脂肪をはこびだせなくなる。それによって肝臓が肥大化しておなかがふくれる。
「がん治療と動的平衡」という部分にはドキッとした。
「人間の細胞がたえずいれかわってるなら、がんだって治るかもしれないやん」
そんな希望は結局意味がなかった。でも……
ips細胞以前から、未分化状態、無個性でただ増えることだけになる細胞に逆戻りしたのががん細胞だ。そうしたがん細胞に正気をとりもどさせる手法が編み出されつつあるという
DNAのコピーミスががん細胞をつくる。でもコピーミスがなければ、地球にはいまだに単細胞生物しか存在していない。
生物と無生物の中間である「ウイルス」は、代謝も呼吸もない。ウイルスは、高等生物の遺伝子の断片がちぎれ、細胞膜の破片に包まれて、宿主細胞から飛び出した存在だった。
親から子への遺伝子情報は、垂直方向にしか伝達しえないが、ウイルスは水平方向に伝達する。ウイルスこそが生命進化を加速する存在だったという。
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・22 世界でいちばんすきな街はベネチア。海の上の人工都市。真水の確保は……雨水をあつめるシステム
・28 日本の水道水はかなり高濃度の塩素がふくまれている
・35 ニューヨークの水はおいしいことで評判。河川からではなく、清浄な水源地から直接引いてきている。
・ NY大学などではペットボトルをやめて水道水にもどろうというキャンペーン。サンフランシスコ市では、公用地での21オンス以下のペットボトル水販売禁止条例が2014年に施行。
・56 STAP細胞騒ぎ 多分化能幹細胞の代表選手はES細胞とips細胞だった。ES細胞は受精卵を破壊することによってつくられる。ES細胞からつくられた分化細胞を、治療に使おうとすると。、他人の臓器を移植することと同じだから拒否反応が起きる。
この問題点を打破したのがips細胞。いったんは分化してしまった身体の細胞を、もう一度未分化状態、ES細胞に近い状態にもどすことが可能だとしめされた。ただし、そのためには、いくつかの外来遺伝子を、細胞のなかに導入してやる必要がある。これが細胞に悪影響をおよぼすのではないか、という点が懸念された。
きわめて簡単な方法で、多分化能幹細胞を作り出せる可能性をしめしたのがSTAP細胞だった。弱い酸性の溶液に細胞を漬けるだけでよい、という。
だが……
・81 獲得形質の遺伝 マウスで証明。生物は次の世代の自由度を拘束しない範囲で、獲得形質を有効利用できるように、……エピジェネティクスのレベルで情報を伝達する仕組みを編み出していた。
・86 一般に、食べものはエネルギー源だと考えられていた。しかし実はちがう。タンパク質はエネルギーとしては燃やされない。タンパク質を摂取しなければならないのは、自分自身の身体を日々作り直すためである。動的平衡。
・生命は、絶え間なく自らを分解しつつ、同時に再構築するという危ういバランスと流れが必要。これが動的平衡である。
・123 がん治療と動的平衡。多数の転移があるがんの一部を焼いたら、すべてのがんが大幅に縮小してしまった……免疫細胞をだまして味方につけるサイトカインという信号物質を放出している。病巣を超音波で焼くことで、この防御壁を壊すことができた。つまり、がん細胞からサイトカインが出なくなった。……免疫力でがんに挑む。
……ips細胞以前から、未分化状態、無個性でただ増えることだけをおこなう細胞に逆戻りしてしまう細胞があった。がん細胞である
・142 がん細胞に正気をとりもどさせる手法が編み出された。
・186 抗生物質はまったく偶然から発見された……油を燃やして明かりにしていた時代に、より明るい、より強力な光源をつくることをゴールに技術開発が進められたとしても、せいぜい鏡や反射板を使って光を集めたりと言った小手先の改良しかなされなかったハズである。電灯のような革命的な光源は、まったく別の新しい分野からもたらされた。
「準備された心」
・202 病原体の存在が病気をもたらすというパラダイムが転換をみせはじめている。ある微生物の不在が特定の病気をもたらすことがある。腸内細菌。うんちのDNA情報から、食品素材由来と自分由来のDNA情報をさしひくと、腸内細菌のDNAが残る。
乳酸菌とビフィズス菌。他の一般的な細菌は酸性が苦手。出産で膣をとおる際に赤ちゃんが摂取する。
・213 手足ががりがりだけどお腹が膨満している子 クワシオコア。
キャッサバはカロリーはあってもタンパク質がない。タンパク質は絶えず分解され、捨てられ、新しく合成される。欠乏すると体内のタンパク質がどんどん分解される一方となる。カロリーだけが過剰に摂取されると、肝臓は脂肪に変えて蓄積する。それを全身に供給するのがリボタンパク質(LDL HDL)だが、クワイオコアではタンパク質欠乏によって肝臓から脂肪を運び出せなくなる。それによって肝臓が肥大化する。
……腸内細菌のような微生物は、単純な資材からすべてのアミノ酸を自前でつくりだす合成能力をもっている。
宿主が利用できない繊維分などを栄養にかえ、宿主が合成できないビタミンやアミノ酸を供給する。
・225「いっぴき」「にぴき」「さんぴき」と子どもがまちがえるのは、よく聴けていないから、発声が未熟だからではない。かれらは天才でありあらゆる音の差異を聞き取れている。そのなかから法則性を抽出しようとしている。
……赤ちゃんは自分が生まれ出る環境を知ることはできない。だから、過剰さを準備して備える。RとLの音も聞き分けられる。
……成長するにつれ、できたかもしれないことができなくなっていく。RとLが聞き分けられなくなる。不要なものは刈りとられる。およそ10歳までに脳のシナプス連結の数は誕生直後に比べ半減してしまう。
過剰に準備して、環境に刈りとらせる。
・240 免疫システムの本体であるB細胞。
・242 DNAのコピーミスが、長い時間のスパンにおいて生命を進化させた。もしDNA複製機構が100%完璧なコピーを実行するなら、地球にはいまだに初源的な単細胞生物しか存在していないだろう。
・248 ウイルスは生物と無生物の間。生命を自己複製を唯一無二の目的とするシステムであると定義すれば、ウイルスは生命と呼べる。しかし、生命を、耐えず自らを壊しつつ、常に作りかえてエントロピー増大の法則に抗いつつ、あやうい一回性のバランスのうえにたつ動的なシステムであると定義する見方にたてば、代謝も呼吸も自己破壊もしないウイルスは生命とは呼べない。
・251 ウイルスはひとつの細胞よりいはるかに小さく、単純。代謝も呼吸もしてない。……だが太古の化石からはウイルスは発見されていない。むしろウイルスは、高等生物が登場したあと、その副次的な刃生物として生まれた。
高等生物の遺伝子の断片がちぎれ、細胞膜の破片に包まれて、宿主細胞から飛び出した物がウイルスの起源。
……親から子への遺伝子情報は、常に垂直方向にしか伝達しえないが、ウイルスは縦糸に対する横糸のように、遺伝子を水平方向に伝達する。ウイルスこそが進化を加速してくれる。生命進化の重要な担い手として意義を持ち得たからこそ、生命系の一因として今日存在している。
……ウイルスは生き延びるものと死ぬものを峻別し、生き延びるものには免疫を与え、人口を調整してくれた。生命の動的平衡を維持してきた。
……ウイルスは地球生命系という大きな動的平衡の一部、自然の環のひとつであるから、根絶したり撲滅したりすることはできない。
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