■ダイヤモンド社20230222
市場にまかせず国内産業の充実をはかるべきというのは納得できるが、強大な権威主義国家である中国に対抗するため軍事力を増強するべきだという論には首をひねった。
いまの日本の政治はこの本の流れにのろうとしているのではないか。中野氏はたぶん政権ブレーンのひとりなのだろう。
資本主義を支えてきた中堅・中小の自営業者を大企業組織が駆逐し、戦前の資本主義は停滞するが、戦争で超積極財政となる。総力戦を遂行するため、政府の力は金融階級のパワーを凌駕する。 戦後も政府のパワーが維持され、西側諸国は財政を縮小せず、社会政策などに投資した。「大きな政府」によって高度経済成長が実現した。
ところが、第4次中東戦争による石油危機が高インフレをおこす。スタグフレーション(失業と高インフレ)にケインズ主義的政策が対応できず、1970年代後半から80年代にかけて新自由主義が台頭する。1980年代にソ連が力を失い、労働者階級に配慮しなくてもよくなったことも追い風になった。
新自由主義は、構造改革(規制緩和)によって競争をうながすことで生産性があがると主張した。そんな体制のもとで米英は1980年代前半から「金融化」していく。
政府は経済に介入しないから、なにに投資するか迷わざるをえない。不確実性が高まり、かつ高金利の環境下では、企業は資金を生産設備から金融資産にふりむけるようになり、生産性は停滞する。企業の利益配分が株主に有利になることで、労働者の分け前は減り消費が抑圧される。一方で資産価格だけが上昇し、貧富の差は拡大する。その結果が長期停滞だった……。
40年つづいたそうした新自由主義が今くずれようとしているという。
バイデン政権のコロナ対策「米国救済計画」は、1人最大1400ドルの現金給付など、リーマンショック時の経済対策をはるかにしのぐ財政出動だ。「米国雇用計画」は法人税の増税や多国籍企業への課税強化、所得税の最高税率の引き上げをもりこんだ。新自由主義からの訣別だ。
でも財政赤字は大丈夫なのか。 政府が赤字財政支出をおこなうと、支出額と同額の民間預金が生まれ、民間貯蓄は増える。だから財政赤字によって国債金利が上昇することはない。外貨建ての対外債務は返済不能におちいるリスクがあるが、国債を自国通貨だてで発行している日米英にはデフォルトの可能性はないという。財政政策を「予算均衡」という観点ではなく、財政政策が国民経済に与える影響を基準にすべきという「機能的財政論」を筆者は主張する。
こうした金融資本の権力を削る「革命」がなぜ可能になったのか。
ひとつは、コロナだ。戦争中は巨額の国債発行が正当化される。コロナでも、たとえばEUは、戦時中のように財政規律要件の摘要の一時停止にふみきった。
もうひとつの原因は中国だ。 経済面で弱かった旧ソ連と異なり、中国は、軍事のみならず経済でも、米国にとって脅威となった。
1980年代、中国を国際的な枠組みに包摂し豊かにすることで民主化をうながす、という方針が主流だったが、実際は、経済力をつけることで強大な権威主義国家となった。
従来のリベラリズムでは、それに対抗できない。バイデンの米国は経済を成長させ、競争力を高め、軍事力も増強する「富国強兵」に転換した。
日本も、政府が重要な産業に積極的に予算を投入し、中国の覇権主義に対抗するため軍事力を増強する「富国強兵」に舵を切るべきだと筆者は主張する。
岸田政権が軍事費倍増の方針を打ち出し、コロナで積極財政を展開するのもその流れなのだろう。
でも、今の政府に重視すべき産業をえらぶ能力があるのだろうか。
官僚が今よりはるかに強かった1960,70年代の農政も大失敗した。文部官僚が主導した大学改革は大学を疲弊させ研究力を削いでいる。「民間まかせ」の30−40年間をすごしてきた官僚の能力は1960年代よりもさらに下がっているだろう。そもそも中央官僚が経済を統制することじたい、旧ソ連の失敗をくりかえすことにならないか。
自由放任の経済と、官僚主義の中間は、もしかしたら地方分権という形なのかもしれない。地方自治体もまた、非効率な官僚組織なのだけど。
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▽80 政府が赤字財政支出をおこなうと、支出額と同額の民間預金が生まれる。財政赤字の拡大によって民間貯蓄は増える。したがって「財政赤字によって資金が逼迫して国債金利が上昇する」などということは起きようが亡い。日本では、巨額の政府債務を累積しつづけるなかで、長期金利は世界最低水準で推移してきた。
▽85 中央銀行が通貨を創造できるならば、債務を返済できなくなることはない。したがってGDP比の政府債務残高という指標には特に意味がないことになる。
もっとも、外貨建ての対外債務にかんしては返済不能におちいる可能性はのこる。
日本や英米は、国債を自国通貨だてで発行しているから、デフォルトの可能性はない。ただし、ギリシャやイタリア、ユーロ加盟国は、自国通貨を放棄しているからデフォルトのリスクがある。
▽88 日本が財政支出を拡大すべき理由は、インフレ率がきわめて低いかマイナスだからであり、かつ、財政支出を拡大すべき分野(貧困対策、防災インフラ、パンデミック対策、科学技術振興……)がいくらでも存在するからだ。対GDP比の政府債務残高もプライマリー・バランスの赤字も、財政運営の指標としては何の意味もないのである。
……経済成長、完全雇用、適度なインフレ率が実現すれば、その後は財政赤字の拡大は不要となり、むしろ抑制すら必要になるかもしれない。
……過去20年の日本のように、インフレ率がゼロもしくはマイナスの長期停滞がつづいているのに、財政支出の抑制につとめ、あまつさえ消費増税などをおこなえば、低成長ゆえに、対GDP比の政府債務残高が縮小するはずがないということだ。
▽103 機能的財政論とは、財政政策を予算均衡という観点ではなく、財政政策が国民経済に与える影響を基準にして運営すべきという考え方。これによれば、失業率が高い場合には、財政支出を拡大したり、減税したりして需要を創出して完全雇用を達成することが可能になるはず。
▽106 金融化 米英では1980年代前半から。
不確実性が高まり、かつ高金利の環境下では、企業は、資金を生産設備から金融資産にふりむけるようになった。
企業の利益処分は、株主に有利に、労働者に降りに。その結果、消費需要が抑圧される。短期利益重視・株主重視の経営へはしる結果、資本ストックへの投資が抑圧される。
▽114 「株主価値最大化」というイデオロギーで、企業の行動原理は「内部留保と再投資」から「削減と配当」への変化を正当化。
1970年代から80年代以降、アメリカの企業組織は、「価値創造」に必要な「内部留保と再投資」をおこなわず、「削減と配当」によって「価値抜き取り」にいそしんできた。その結果生産性がのびず長期停滞へ。
▽120 グローバリゼーションによるアウトソーシングで労働者階級のパワーを弱体化。
賃金分配率の低下の最大の原因は「金融化」で、「グローバリゼーション」と「福祉国家の後退」がそれにつづいた。
▽128 賃金や物価の低迷を克服できないばかりか、資産価格だけが上昇し、資産バブルが懸念されるという状態に。
……財政政策、政府による確実な需要創出ならば、長期的な設備投資や開発投資を促進するだろう。
……金融階級の政治的支配を打破しなければならない(もはや政治の問題)
▽135 日本も、「輸出主導重商主義」のレジームをむしろ強化し、TPPなどによって海外市場の獲得をめざす一方で、消費税率を引き上げ、消費を抑圧した。(TPP亡国論は、「輸出主導重商主義レジーム」批判だった)
「輸出主導重商主義レジーム」の国々からの資金は、「債務主導消費」レジームのアメリカへと流入し、ドル高を招いた。輸入品の流入で米国内産業は打撃をうけ所得減少をまねいた。
「輸出主導」の国々は供給過剰におけるデフレというコストを払わなければならない。さもなければ、過剰な生産を輸出するしかない。いわゆる「失業の輸出」である。……輸出主導の成長モデルは持続可能ではない。アメリカが過剰生産や過剰貯蓄のはけ口になっている。かつての植民地のような状態におかれている。
▽ 「輸出主導」の国々では、輸出競争力を強化するため賃金が抑圧され、消費も抑圧される。債務主導消費のアメリカなども賃金は抑圧される。一方、低インフレで貨幣価値が安定しているから金融資産の価格は上昇する。富裕層のみが恩恵を享受する。
▽143 戦前に停滞した資本主義が、戦後高度成長を実現したのは、政府が支出を拡大し、完全雇用をめざすようになったから。「酸素吸入器」がとりつけられたことで資本主義は生きながらえた。この吸入器を取り外そうというのが新自由主義。その結果、
資本主義は金融資本主義へと変異した。これこそが長期停滞の根本原因。〓
▽151 新自由主義から訣別し、積極財政によって長期停滞を脱するには、一部の階級が占有する社会的なパワーを破壊しなければならない。
……金本位制のもとでは、積極財政による内需拡大は国際収支の赤字を招き、金の流出をひきおこす……金本位制は財政赤字に対する国際的な制度的制約。ケインズ主義的な政策を選択する余地は乏しかった。
第二次大戦における積極財政。戦後の「ブレトン・ウッズ体制」国際的な資本移動を規制することでケインズ主義的な国内政策をする余地を拡大した。
これによって西側世界で「大きな政府」が認められ、積極的な財政金融政策や社会政策で高度経済成長を実現した。
……国家能力は、総力戦を遂行するため、金融階級のパワーを凌駕するほど強化された。戦後も、福祉政策などの民生支出が増大したため、財政規模は縮小しなかった。
▽157 1970年代後半から80年代にかけて新自由主義が支配的イデオロギーに。これを引き起こしたのは第4次中東戦争。これが石油危機をひきおこし、高インフレをおこした。スタグフレーション(失業と高インフレ)にケインズ主義的政策は無力だった……と説明される。戦争がケインズ主義を失墜させた。
1980年代にはソ連がかつてのような驚異ではなくなり、金融階級は、労働者階級に配慮しなくてもよくなった。
▽163 コロナ=戦争 戦時中には敵国に勝利するために巨額の戦時国債を発行することが正当化される。EUも、コロナをうけて、財政規律要件の摘要の一時停止にふみきる。……
▽166 中国という地政学的脅威。「米国雇用計画」は経済を成長させ、競争力を高め、中国とのグローバルな競争に勝利する……ため。
〓バイデン政権による経済政策のパラダイム転換は、新型コロナウイルスと中国という外的脅威が駆動している。
▽173 新自由主義から経済ナショナリズムへ。……国内マクロ経済政策は、外交・安全保障戦略の一部となった。まさに「富国強兵」こそが、バイデン政権にyる「経済政策の静かなる革命」の核心にあるものなのだ。
□中国の台頭
▽187 ポスト冷戦のアメリカの戦略は「リベラリズム」。民主主義や貿易の自由などの普遍的な価値観を広め、国際協調をすすめれば平和で安定した国際秩序が実現するという理論。
「リアリズム」は、国際秩序をなりたたせているのは、軍事力や経済力といったぱわーのバランスであるという理論。
リベラリズムの戦略は失敗。アメリカのエリートは、中国は経済が発展すれば民主化すると信じていた。だが、中国の軍事費は2000年にはアメリカの11分の1程度だったが、12年には5分の1、19年には3分の1に迫った。東アジアの軍事パワー・バランスは完全に崩れた。
……中国は、東アジアにおける地域覇権をめざすことはまちがいない。障害となるアメリカや日本との衝突は不可避である。
▽207 日本は財政健全化を理由に防衛費を抑制してきた。防衛力強化を怠った。
▽237 ハイブリッド軍国主義 中国のハイブリッド戦は、敵にとってかならずしも重要でない地点からはじまる特徴。尖閣諸島や南沙諸島がその典型。地方から……という毛沢東の戦略思想の反映。
尖閣諸島2020年7月5日、中国公船が39時間の領海侵入。……この行動はもはや「侵入」ではなく「主権海域における本格的法執行パトロール」であり日本の統治に対する完全な挑戦という。
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