■春秋社 260205
鎌田さんは「スサノオの子分」を自称していた。この本はステージ4のがんを宣告されたあとわずか1週間でかきあげた「遺書」であり、神話について客観的な立場からの研究を主としてきた宗教学や人類学に対しての挑戦状であり、「古事記」を含む日本文学史を十分に踏まえることなく日本文学に従事してきた文学者たちにたいする抗議の書である……という。
以下、要約と感想。
須佐之男は能動的で動乱を引き起こす神。大国主神は逆に非能動的で受動的な神で、その受動性が最高のパフォーマンスを発現する。それは現代の「ケア」にかかわる、という。
筆者はまずスサノヲと大国主神を語り手とする神話詩をつづる。
イザナミが最後に産み落とした火の神カグツチ(秋葉神社にまつられている!)は、イザナミの女陰を焼いて殺してしまった。そのため父イザナギに斬り殺される。ほとばしった血や体から、建御雷神之男神など16神が「成り出」た。
イザナミに会いに黄泉の国を訪れたあと、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊祓いをする。左目を洗って「天照大御神」、右目を洗って「月読命」、最後に鼻を洗ってスサノヲが「成った」。
スサノヲは、母の思いを踏みにじり、独り善がりな清らかさにひたる父イザナギが許せない。
ギリシャ神話のディオニュソスと同様、父イザナギ(ゼウス)にたいする強烈な憎しみと、母イザナミ(セメレー)にたいする愛惜に引き裂かれて成長した。母が恋しくて泣いて暴れるスサノヲをイザナギは根の国に追放する。姉アマテラスも自分のことをわがままで粗暴なやつとしか見なかった。
下界におりて、自分同様あらゆるものを破壊するヤマタノオロチを退治する。
八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を
スサノヲは最大の暴力の持ち主だが、八岐大蛇を退治して日本で最初の和歌を詠み、歌う文化英雄神となった。この和歌が「言向和平」の複線になる。
一方、大国主神は、兄神たちに「殺された神々の中でももっとも手ひどく」2度も殺害された。イエス・キリストは一度殺されて贖罪の神としてよみがえったが、大国主神は2度も殺され、母たちの祈りでよみがえった。
遠藤周作がえがくイエスのとそっくりだ。(「イエスの生涯」)
−−イエスは、人々の支持を失い、奇跡も起こさず、無力な人間として殺された。なぜそんなつらい思いをしなければならなかったのか。だれよりも苦しみを背負わなければ、苦しむ人に寄り添えないからだ。「愛」ゆえに無力で無能で救いのない、徹底的にみじめな最期を迎えなければならなかった−−
イエスという補助線をひくと、大国主の死と再生の意味がたちあがってくる。
大国主神は、スサノヲの子孫のなかで最弱の神だったのにスサノヲの霊統を継いだ。最大の痛みをうけた最弱の神が最強に転化した。
母や妹によってよみがえった大国主神は、さまざまな力を引き出しつなぐコーディネーター「縁結び」の神だ。自力ではなにもできないが、他力を得て危難を切り抜け、国作りという大事業をなした。大河ドラマの「どうする家康」がえがく情けない家康は大国主神をモデルにしたのかもしれない。
せっかくつくった国を天孫にゆずる「国譲り」は、歴史における和平交渉と平和実現の神話的モデルだ。「大政奉還」から明治維新の時も、1945年の敗戦時も一種の「国譲り」だった。いい意味でも悪い意味でも日本の平和主義の特殊性をしめす。「戦争をしない神」大国主の国譲りは、現在の世界の悲惨を乗り越えるひとつのヒントになるのではないか、と言う。
大国主神は因幡の白ウサギを助けると同時に、鼠に助けられる。「助ける神」が「助けられる神」となって世界を調和にみちびく。それは「傾聴する神・ケアする神」としての特性を表している。
ケアの領域では共感や傾聴に加えて「インターパシー」(異他的理解)が重要と認識されつつある。異種間コミュニケーション能力において、大国主神は群を抜いてすぐれていた。
鎌田はさんはなぜ、スサノオと大国主にたいするこだわりを「詩」というかたちで表現したのか。
彼によると学問には、①道としての学問、②方法としての学問、③表現としての学問の3つがある。②が一般に考えられている学問だ。
③の「表現としての学問」とは、学問的問いを詩や物語や演劇で表現することであり、ギリシャ哲学が重視した「レトリック」に近い。
レトリックは、世界から切り離された自己(コギト)をもとにするデカルト哲学とは反対で、議論や論争を適切な方向に導く対話的理性といえる。レトリックの哲学的な考察が記紀とつながるとはこの本を読むまで気づかなかった。
神話知の考察によって、日本の国土が神々の子どもであり、それぞれに神名と地域特性や性格をもち、魂も体ももつ命であるというとらえ方があきらかになる。これが、天台宗の「草木国土悉皆成仏」という天台本覚思想につながる。草木も国土も「神の子ども」なのだから,本来神性をもっている。
見田宗介は、日本の「汎神論」では、日常的な生活や「ありのままの自然」がそのまま価値の彩りをもっていて、罪悪はむしろ局地的・一時的・表面的な「よごれ」にすぎない……と言った。俳句や詩は、生活における「地の部分」としての日常性を愛おしみ、「さりげない」ことをよろこび、「なんでもないもの」に価値を見出しているという。
キューブラー・ロスは、死への過程を、①否認と孤立 ②怒り ③取引 ④抑うつ ⑤受容と、5つの段階にモデル化した。重要なことは「否認」から「受容」に到りうるということを世に認識せしめた点だ。
「身心変容」という観点からすると、病がもたらす「身心変容」はフィジカル面では不可抗力だが、同時にメンタル面やスピリチュアル面ではそれをひとつの警告とか啓示とかメッセージとして受け止め、ちがう生き方やあり方に変容させる可能性をもっている。
鎌田さんの場合は、告知を自分で受容することよりも、周りの他者、家族や友人にどのように伝えるのほうが悩ましかった。手術後の最悪の体調のなかでも「病の中にあることの苦がいかなるものであるかをより深く具体的現実的に体験することになり、考えるところが多々あった」。後悔や抑うつよりも、自分の身体やがんにたいしても「感謝」がわいてきたという。
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▽9 イザナミが最後に産み落としたのは、火の神カグツチ(秋葉神社にまつられている〓)だが、イザナミのホトを焼き殺してしまったため、父イザナギに斬り殺されてしまう。そのほとばしった血や身体から……建御雷神之男神など16神が成り出た。
カグツチは、殺害されながらも分身・分魂を化生し、変容をとげた。
▽10 イザナミにあいに黄泉の国を訪れたイザナギが、黄泉の国の穢れにふれて禊ぎをしたときに、最後の最後に鼻から化生したのがスサノヲであった。左目を洗った時に「天照大御神」、右目を洗ったときに「月読命」、鼻を洗ったときにスサノヲが「成った」のである。
▽13 スサノヲもディオニュソスも、「エディプスコンプレクス」的な葛藤のなかで誕生し、成長した。父イザナミ・ゼウスにたいする強烈な怒りと憎しみと、母イザナミ・セメレ-にたいする深い愛惜と思慕と愛着に引き裂かれているという点で。
母の喪失と、父との確執。異常出生時のトラウマがこの2神を突き動かしていくダイナモとなる。
▽16 スサノヲとディオニュソスは殺される神であり殺す神である。痛みと悲しみのなかから、それを救済するための歌と悲劇を生みだすのである。
▽24 イザナギは、わが身が穢れに触れたと思い 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊祓いをしたのだった。
スサノヲは、母の思いと愛を踏みにじって、独り善がりな清らかさの中に浸りきっていた父を……許せない。そして自分勝手に「姉 アマテラスには高天原 兄 ツクヨミには夜の食国 吾 スサノヲには海原を知らせ」と押しつける
▽28 泣きわめくスサノヲをイザナギは根の国に追放する。その前に姉にわかれをつげようとしたら、自分の国を奪いに来たのではないかと疑った。姉は父と同じで、ただのわがままで粗暴なやつとしか見ていなかったのだ。
▽34 アマテラスはおれ(スサノヲ)を怖れて、天岩戸に逃げ隠れた。
▽41 じつは おれは ヤマタノオロチとやらと同じであった。食い殺し 斬り殺し ありとあらゆるものを破壊尽くしてきた
▽43 八雲立つ……八重垣作る その八重垣を
▽46 すべては妣(なきはは)の死から始まった。そして 最後に 歌が残った 死が 詩となった。
▽48 大国主 名前が多ければ多いほど 重荷も多い 重荷が重い
▽50 イエス・キリストは贖罪の神として甦った イエスは一度きり殺されただけだったが あなたは兄神たちに二度も殺された
殺された神々の中でも もっとも手ひどく 殺害された神【そういう位置づけ】
▽56 兄たちの怒りと粗暴で殺されたが 母たちの祈りと諸法で甦ったのだった それも2回も
▽58 あなたは 最強のスサノヲの子孫の中で 最弱の神だった だが……スサノヲの霊統を受け継いだ スサノヲの衣鉢を継いだ
スサノヲの零統とは 傷む神であること 傷み 痛み 悼む神であること
そのいたみとかなしみがうたとなる
▽あなたのなかからあふれでる 痛む者 傷つき苦しむ者に対する共感共苦は 生まれながらのものだった【イエスとの類似 遠藤周作の本を読んでみようか】
▽65 あなたほど 神々の授けを得た神はいない……あなたはまさに母の力や妹の力で活かされ 甦ったのだった
▽71 あなたは 周りの力を引き出す神 まさにそれこそ縁結び 縁活かし 縁直しのわざである
自力では何事もなしえることができないが 他力を借りて大いなることを成し遂げた
あなた以外に そのような 他力を活かすことのできた神は他にはいない
▽76 国譲り 国土を追われて異邦の地に赴くこと それがどれだけの痛みを伴うか ディアスポラの痛みと悲しみと苦難……国作りの神が 国を追われる神となった
▽88 いたみをしるかみ 最大の痛みを受けし神 最弱こそが最強に転化した 反対の一致の逆説神
▽104 ヤマトタケル
父は吾を追いやった クマソタケルを成敗し イズモタケルも打ち滅ぼし ヤマトに敵対する西の諸国のsべての敵を倒した吾に 一刻の休みも与えぬことなくすぐさま 東のまつろわぬ敵を討てと命じた
父よ その無慈悲な言葉の数々で 吾がどれほど傷つき 嘆き 呻いたか 知っているのか?
▽129 イザナミ いのちのみなもとである国生みの大妣が 国殺し 民殺しの大鬼となった この理不尽が この痛恨が くらげなすただよへる国の始まりの始まりにある
▽138 詩人は 彼個人の哀しみや歓びを、 それが人間的普遍性をもつような形に凝固させなければならない 詩人の魂には、その民族、その宗教、いえ、全人類の集合的記憶が蓄えられている。
と告げたのは預言者トマス・インモース神父だった。
詩人というのは、世界への、あるいは世界そのものの希望を見出すことを宿命とする、人間の別名である
と説いたのは屋久島に住む預言者山尾三省だった
□受苦と癒やしの大国主 痛みとケアの神としての大国主神
▽192 大国主は天照大御神に対峙対抗する国つ神の代表神とされる。神社形式においても、伊勢の神宮の神明造にたいして、出雲大社の大社造りはよく知られている。
……筆者の指導教授は神道神学の創唱者とも言える小野祖教。
▽194 原武史の「<出雲>という思想」のように……ではなく……
▽197 大国主神は「古事記」では5つの異名をもち、「日本書紀」には7つの名をもつと記載され、これほど多くの異名をもつ神はほかにはいない。
▽198 オオナムヂにはたくさんの兄弟神がいたが、一番弱い者とみなされ……因幡の白ウサギを助ける。この場面におけるオオナムヂは、医療神、「癒やしの神」
▽200 白ウサギを助けると同時に、鼠に助けられる。「助ける神」が「助けられる神」となって、世界を調和に導くという物語は、医療神としての神徳を表すのみでなく、「傾聴する神・ケアする神」としての特性を表している。
ケアの領域では共感や傾聴が重要だとされてきたが、今、これらに加えて「インターパシー」(異他的理解)が重要だと認識されはじめている。異種間コミュニケーション、インターパシー能力において、大国主神は群を抜いてすぐれている。
▽203 心優しいが、この世の権力闘争や神々の駆け引きの中では「最弱の神」。「最弱の神」が「最強の神」になるというパラドクシカルな逆転劇が「古事記」ドラマをおもしろく示唆的な筋立てにしている。この逆説性こそ、大国主神の魅力であり威力とも言えるのである(どうする家康〓は大国主をモデルにしたか)
▽205 最初の神々はだれかが生んだ神々ではない。おのずから成り出でて、立ちあらわれる。その生成力を「むすひ」という神名で表現している。タカミムスヒの神とカミムスヒの神。同じ「むすひ」の名をもつ2神が必要だったのは、男女や陰陽のように対極にあるものを結びつけることによって生成していくことの原基構造を示す必要があったからだと考えられる。
▽208 イザナミが最後に生んだ火の神カグツチの誕生が原因で妻が死んでしまったので、夫のイザナギは子を殺す。カグツチの首や身体を切ると、その血の飛沫から神々が誕生する。死と生成、死と誕生がわかちがたく結びついている。そして生まれてすぐ殺害されたカグツチとイザナミの痛みと悲哀を受けて化生してきたのが須佐之男命というのが私の解釈である。
▽211 神話知の考察によって明確になるのは、日本の国土が神々の子どもであり、それぞれに神名と地域特性や性格をもち、魂も体ももついのちであるというとらえ方である。これが、天台宗の「草木国土悉皆成仏」という天台本覚思想の生命思想にもつながってくる。つまり、草木も国土もみな「神の子ども」なのだから,本来神性を盛っている。そこで本来的仏性をもち、成仏することができるし、それ以前に、本来「ほとけ」であるといえる。
▽212 大国主神の2度の殺害 世界中の兄弟殺しの神話の中でももっとも残虐な殺害方法と癒えるのではないか。
▽214 知恵と力と歌によって大国主神は出雲国を治め、歌の力をかりて色好みの神としてたくさんの恋をし、180柱もの子神たちをもうけ……国作りの神となって繁栄させた。
……大国主神は、さまざまな力を引き出しつないでいくコーディネーター、つまり「縁結び」の神なのである。自力ではほとんど何も達成したようには描かれず、すべて他力を得て危難を切り抜け、国作りという大事業を達成した。【これも、家康的】
▽ 神事・神楽がやがて、「天下の御祈祷」もしくは「福寿増長」のワザとしての能=申楽になっていった。
▽217 国譲り 日本の歴史の平和交渉と平和実現の原型的モデルとなった。国譲りが神話的モデルとなって、「大政奉還」をへて明治維新の時も、昭和20年8月15日の敗戦時も、一種の「国譲り」が行われたと言える。それはいい意味でも悪い意味でも日本の平和主義の特殊性を示すものととらえることができる。
▽222 須佐之男命は最大最高の暴力の持ち主。八岐大蛇を退治して和歌を詠み、歌う文化英雄神となった。この「和歌」こそが「言向和平」の複線である。
▽236 「痛み」を受け止め、その痛みに耐えるには、他者の「たすけ」がいること、また、歌や芸術や芸能による表現が必要なこと、そして、棲み分けることができるような「居場所」を共に見出せ、安定する必要があること……
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▽244 「学問」について、私は「三種学問論」を説いてきた。第一に、道としての学問、第二に、方法としての学問、第三に表現としての学問。「方法としての学問」は現在一般に考えられている学問。
「表現としての学問」とは、学問的問いを詩や物語や演劇で表現するワザを研く探究と表現である。(レトリック=ギリシャ)西洋でいえばプラトンの対話編、アウグスティヌス「告白」、ニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」など。日本で言えば、空海の「三教指帰」,法然の「選択本願念仏集」、宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」など、問いと探究を新しい表現形式のなかで探り深めていくあり方を示す。【うーん、そのとおり、だからこそむずかしい。レトリックもまた本質だ】
▽245 明治期の「祭神論争」 1875年、神道事務局の新田に、天御中玉神・高産霊神・神産霊神の「造化三神」と「天照皇大神」の4神のほかに、出雲大社の「大国主神」を祀るべきだという千家尊福出雲大社宮司の強力な提案に端を発した論争。
平田篤胤や千家らが主張してきたように、天照大神および皇孫は「顕露事」を知らすが、大国主神は「幽冥事」を知らす神だから。
ここで、曖昧さと多様性を強く残してきた古来の死生観が大きく現世的な方向に変容していった。引退神・艮(うしとら)の金神の復活を説き「世の建て直し」を提唱した出口なおや出口王仁三郎ら大本の宗教運動は、出雲的なるものの反撃・噴出であったと捕らえることができる。この点を論じたのが原武史「<出雲>という思想」〓
▽248 「大国主がなぜ戦争をしない神様なのか。大国主の国譲りの話は、現在の世界の悲惨を乗り越えるひとつのヒントになるのではないか」(高橋純)
▽「古事記」上巻のなかでもっとも多く和歌が交わされているのが大国主神の段である。(国譲りと歌の親和性?)
▽251 岡田荘司は最新著「古代天皇と神祇の祭祀体系」で、「伊勢と出雲との東西軸の核におかれたのが、大和・大神神社である」と述べている。
▽253 (大国主神は何度も復活するが)万葉人も世が進むにつれて、復活よりも不死、死をへての力よりも死なぬ命を欲するようになった。(折口信夫)
▽260 これはわが執念の書であり、神話について客観的な立場からの研究や解釈を主としてきた宗教学や人類学に対しての挑戦状であり、「古事記」を含む日本文学史を十分に踏まえることなく日本文学に従事してきた文学者たち、作家たちにたいする抗議の書であり、「遺言」でもある。
▽261 キューブラー・ロス 死への過程で起こる5つの段階をモデル化した。
①否認と孤立 ②怒り ③取引 ④抑うつ ⑤受容。重要なことは「否認」から「受容」に到りうるという葛藤の過程があることを広く世に認識せしめた点だ。
「身心変容」という観点からすると、病がもたらす「身心変容」はフィジカル面では不可抗力と言えるが、同時にメンタル面やスピリチュアル面ではそれをひとつの警告とか啓示とかメッセージとして受け止めて、ちがう生き方やあり方に変容させる可能性をもっている。
……(私の場合)告知後もっとも悩ましかったのは、自分自身で受容することよりも、周りの他者、家族や友人にどのように伝えるかであった.告知を受けとることよりも、告知を伝える方がはるかに気を遣い、難しいのだ。
▽266 見田宗介は、日本文化にみられる「汎神論」においては、「日常的な生活や「ありのままの自然」がそのまま価値の彩りをもっていて、罪悪はむしろ局地的・一時的・表面的な「よごれ」にすぎない。……
俳句や詩小説はつねに、生活における「地の部分」としての、日常性をいとおしみ、「さりげない」ことをよろこび、「なんでもないもの」に価値を見出す……
▽270 (手術後の後遺症)病の中にあることの苦がいかなるものであるかをより深く具体的現実的に体験することになり、考えるところが多々あった。
(年末年始の1週間で書き上げた)
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