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「在宅ホスピス」という仕組み〈山崎 章郎〉

■「在宅ホスピス」という仕組み〈山崎 章郎〉新潮選書 20181014

 筆者の経験では、がん末期で在宅ですごす人の4分の1は2週間以内、半分は1カ月以内に亡くなっている。ほかの病気とはちがい、一見まだ大丈夫と思われた患者が急変してしまうのが終末期がんの特徴のひとつだという。
 うちのケースも、在宅ホスピスの医者はそれがわかっていたから、在宅への移行を相談した時、こちらが焦りすぎと思うほど対応が早かったのだ。
 ある日治療の限界が来ていきなり「もうやれることはない」と伝えられる。死の間際まで治療が継続され、「治療の限界=命の限界」という状況が生まれているという。症状悪化を前提にした話に触れられず、治療の話題のみに集中する傾向があるという。
 その点、何度も余命宣告を受けたのはよかった。余命宣告を信じなくなるという面はあるけど、死を正面から見据えて話し合う時間ができた。
 亡くなる2,3週間前には急速に衰弱が進み、移動、食事、排泄、入浴などを他者に頼らざるを得なくなり、自分のことができない情けなさで、絶望してしまう人が多いという。
 たしかに、自力でポータブルに移れなくなったのは3週間ほど前だったろう。その後、介助しても移れなくなり、紙おむつにするしかなくなった。さすがに妻もおむつへの排泄には抵抗したが、それ以外は意外に淡々と受け入れた。私もうんちの介助などを看護師さんといっしょにできてよかった。
 終末期のがんとは「そういうもの」と知っていたら、無理してポータブルトイレに移そうとしたり、自分の手で食べられなくなったことに焦って、手の力を維持させようと妻の手にブドウをもたせて自分で口に持って行かせたり、歯磨きができなくなったのに焦ってなんとかやらせようとしたり、「手足が重い」という訴えを聞いてリハビリを検討したり……しなかったのではないか。いや、知っていても焦って同じことをしたかな。
 食事や水分の摂取量は、本人が欲しなければ、それがその時期の適量と考え、自然にゆだねる方がベターなことが多い。それが、より苦痛の少ない状態で最期を迎えられるように患者さんを守ることになる。経口摂取が減少するから衰弱するのではなく、衰弱の結果として、体が飲食の摂取を求めなくなるのだという。
 これも理解していなかった。医者には「舌の上をスポンジでぬらす程度で」とか言われても、無理して食べさせようとしてしまった。
 医療側は家族に、患者さんの身に今起きていること、これから起こりうることをその予後予測も含めて、随時納得いくまで繰り返し説明する必要がある。それによって、家族は病状認識が甘かったことに気づいて、患者さんとの向き合い方が変化することも少なくない…
 家族はどうしても回復を考えてしまう。そういう説明をされても無意識に受け入れようとしていなかったと、今振り返るとよくわかる。だから「繰り返し」説明する必要があるのだ。
 「患者さん本人から、葬儀に関する話が出てきたら、その話を避けてはいけない」というのは、きちんと対応できた。それどころか、葬儀の手順をすべて自分で決めてくれたから、とても楽だった。
 在宅で亡くなる人の半数近くが幻覚を体験し、幻覚に登場する人物の多くは、この世を去った人だった。死が近づくと、すでにあの世に旅立っている身近な故人が迎えに来るという。たしかに妻も「おじいちゃん、今行くよぉ」って言っていた。本当にお迎えが来てくれるならいいのになあ。自分が死んだときに迎えてくれるということだから。
 この本は、まだ妻が元気なうちに読んでおくべきだった。というか、がんなどの病気になったら早い内から緩和ケアを学んでおくべきだと思った。
 病院にも緩和ケアチームはあり、親身に妻の相談に乗ってくれていたが、あれは症状と精神をなだめているだけだった。穏やかに傾聴してくれるが、病院のなかに閉じているから「生活」にはつながらない。生活者としてのスピリチュアリティを支えることにはならない。入院中から在宅緩和ケアのスタッフと接するようにするべきではないか。
 家は、病院と違って、本人や家族の思いで管理される空間なのである。
 「大切な人との最期の時間を、病院の専門家に任せたのではなく、自分たちが中心になって守ってきたのだという経験は、家族が今後の人生を歩んでいく上で大きな力になるのだと思う。このことは、患者さんが自分の死までのプロセスを通して家族に残した大切な贈り物という見方もできるのである」というのは、本当なのかどうかはこれから見えてくる。そうあってほしいと思う。

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▽身体がぼろぼろになるまで治療を受け続けた患者さんは、ある日、もはや治療の限界であることを伝えられる。死の間際まで治療が継続され、「治療の限界=命の限界」という状況が生まれている。私のクリニックで、在宅療養を開始した終末期がん患者さんの4分の1は2週間以内に、約半数は1カ月以内にこの世を去っている。
▽症状悪化を前提にした話に触れられず、治療の話題のみに集中する傾向がある。そして、治療の限界が来ていきなり…告げられる。
(その点、何度も余命宣告を受けたのはよかった)
▽要介護認定。がんの特徴を知らない審査員では、軽めに認定してしまう。「終末期がん」という病名がついていたら、無条件で介護用ベッドが利用できる「要介護2」以上に認定されるべき。
▽亡くなる2,3週間前になると急速に衰弱が進み、移動、食事、排泄、入浴などが自力でできなくなってくる。他者に頼らざるを得なくなる。(そうだった。自力でトイレに行けなくなったのは何日だったろう。たぶん3週間ぐらい前だった。ポータブルに移れなくなったのは〓)
 自分のことができない情けなさ。「こんな状況では生きる意味がない」と訴える。(チンはおむつの排泄には抵抗感をもっていたが、案外淡々と受け入れていた。うんちの介助なども当たり前にしてあげられたのはよかった。)
▽食事や水分の摂取量は、本人が欲しなければ、その時期の適量と考え、自然にゆだねる方がベターなことが多い。それが、より苦痛の少ない状態で最期を迎えられるように患者さんを守ることになる。(それは知らなかった。無理して食べさせようとして、食べられないと悲観してしまった。知っているべきだった)
 経口摂取が減少するから衰弱するのではなく、衰弱の結果として、体が飲食の摂取を求めなくなるのだ。
▽臨床宗教師 布教を目的としない心のケアをする宗教者。その必要性は3.11をきっかけに語られるようになってきた。
▽患者さん本人から、葬儀に関する話が出てきたら、その話を避けてはいけない。本人にとって大切なことの片がつかなければ、心残りのまま旅だってしまうことになるからである。同時に、残された方も、具体的な場面でどうしてよいかわからず、途方に暮れてしまうからである。
▽在宅で亡くなる患者の半数近くが幻覚を体験している。幻覚に登場する人物の多くは、この世を去った方々であることが判明した。死が近づくと、すでにあの世に旅立っている身近な故人が、患者さんを迎えに来るというのだ。(仙台で在宅ホスピスに取り組んだ岡部健の調査)(おじいちゃん、今行くよぉってチンも言っていた)
▽医療側は家族に、患者さんの身に今起きていること、これから起こりうることをその予後予測も含めて、随時納得いくまで繰り返し説明する必要がある。
▽ホスピス遺族会の取り組み。
▽訪問看護師は、病状が悪化して、亡くなっていくまでの全経過に、そして、その後のいわゆるエンゼルケア(死後の措置)まで、きめ細かく関与する。患者や家族との交流は医師以上に濃密なものになっていくだろう。(〓その通り)
▽…説明すると…家族はそれまでの自分たちの病状認識が甘かったことに気づいて、患者さんとの向き合い方が変化することも少なくない。…
▽大事なことは、在宅療養開始前に家族と面談し、患者さんの病状を共有し、家族の今後の不安を極力解消しておくこと。初診時に本人の、病状認識とそれに基づく今後の療養に対する考えを、家族同席のもとで確認すること。
▽病院側から紹介された在宅医療機関に決定する前に、複数の訪問看護ステーションやケアマネの事業所などに、その在宅医療機関の適否に関して相談したほうがよいかも。
▽家は、病院と違って、本人や家族の思いで管理される空間なのである。
▽大切な人との最期の時間を、病院の専門家に任せたのではなく、自分たちが中心になって守ってきたのだという経験は、家族が今後の人生を歩んでいく上で大きな力になるのだと思う。このことは、患者さんが自分の死までのプロセスを通して家族に残した大切な贈り物という見方もできるのである。
▽宮崎のホームホスピス 空き民家を改修し、一人暮らしが困難になった人々が、5人ほどで共同生活を営む取り組み。…「全国ホームホスピス協会」〓会員施設は2018年1月現在、全国で33軒。
▽患者さんは「身体的、心理的、社会的、スピリチュアルな4つの問題に直面する」。緩和ケアとは、この4つの苦痛に対して、適切に対処すること。
▽スピリチュアルな痛み、とは「真によりどころとなる他者の不在によって生じる状態、すなわち、その状況における自己と他者との関係性のありようが肯定できないことによって生じる苦痛である」
…「真によりどころとなる他者」
▽死とは、大切な人や物、活動との別れのプロセス。それを体験する「死の体験旅行」。大切な人 5人、大切な物 5つ、大切な自然 5つ、大切な活動 5つ。計20個を書き出し、病気を得て、再発して…というたびに1つか2つを「今までありがとう」と感謝しつつ消去していく。臨終間際には、大切な存在が1つ残るようにプログラムされている。…死は自分にとって大切だと思っていた存在との別れのプロセスであることを実感することになる。疑似体験。
▽余命3カ月と宣告され、もっとも大切だと思う人にあてて800字以内の別れの手紙を書きなさい。手紙を書いた後、どのような気持ちになったかを、600字以内で書きなさい。…過去を振り返り、今を見つめ、今を大切に生きることが、悔いのない未来につながることを実感してもらう。
▽在宅緩和ケアの支援プログラムをがん診療連携拠点病院に設置する考えもあるが、病院での緩和ケアの経験しかない関係者には、在宅のことを十分に理解し把握することは困難だろう。(病院の緩和ケアは穏やかに聴いてくれるが、生活にはつながらない。施設のなかで閉じている。生活者のためのスピリチュアルケアにはならない。入院中から在宅緩和ケアのスタッフと接することはできないのか〓)

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