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この国の品質 <佐野眞一>

ビジネス社 20080201

佐野眞一の本は、いつ読んでも刺激にあふれている。彼の言動ひとつひとつが、表面しかとらえる力をもたない今のメディアへの批判である。
東電OL事件のゴビンダは、今も服役している。司法取引にのっていて、再審請求などしなければ、今頃釈放されていただろうが、彼は損としっても無実を訴えつづけている。メディアはそれをいっさい報道しない。
ダイエー破綻の原因は「拡大路線の失敗が原因」とされたが、それも浅薄にすぎるという。あれだけ不良債権にまみれた銀行が残り、ダイエーがつぶれたのはなぜか。銀行を救済するかわりにダイエーをつぶすという国家の意思が働いた。産業再生機構はダイエーを殺すための組織だったと指摘する。そう指摘されると、わかりやすい。
福知山線事故も、かつての信楽高原鉄道事故と結びつけるべきであるのに、そういう歴史的視点をメディアはもとうとしない。
高度成長は「満州の夢」の実現をはかったものであり、新幹線の最高速度は満鉄「あじあ号」の速度と一緒だった。沖縄最大の軍用地主。彼が資金を銀行からひきあげるだけで沖縄経済は崩壊する。沖縄のヤクザは、沖縄社会のなかで差別されつづけた奄美出身者の組織だった……
先入観にとらわれず、深く深く調べて、丹念に記録する迫力は、宮本常一につながる。 町おこしについても、宮本が佐渡で実践したような住民に自信と誇りをもたらす町おこしと、「コールセンター」誘致のような安価な労働市場を提供するだけの町おこしを峻別する。漠然とはその差は感じてきたが、筆者の明快な説明は、もやもやを一気に解消してくれた。
-------覚え書き--------

▽東電OL事件のゴビンダ 「強盗は見逃していいから殺人だけ認めろ」という司法取引にゴビンダがのっていれば、彼は今頃釈放されてネパールに帰れていた。再審請求をやると仮釈放がのびる……
▽中内ダイエーは国家に抹殺された。マスコミは「大きすぎてつぶせない」という、言説をしきりに流布していた。産業再生機構に入れられてとどめをさされる。ダイエーをつぶすための組織。莫大な不良債権をかかえた銀行を救済するかわりにダイエーをつぶすという、国家の意思を帯びた組織。
ダイエーは国家によって殺されたのに、マスコミは、拡大路線の失敗に破綻原因があるとか、近視眼的なことばかり延々と報じていた。
▽高度経済成長を指導したのは岸信介。岸は満州から学び、一種の社会主義経済を日本の中に取り入れる。国鉄総裁の十河信二は元満鉄理事。新幹線のスピードは満鉄の特急アジア号のスピードとまったく同じ。失われた満州を日本の中に取り戻そうじゃないかという思いが、高度経済成長の一番中核にあったパッションだったと思います。
▽沖縄の竹野一郎 沖縄の最大の軍用地主で、黙っていても年間20億の軍用地料が入ってくる。彼が琉球銀行から預金を引き上げた瞬間、沖縄経済は間違いなく破綻する。
▽奄美は昭和28年に返還。山だらけの島で、無用の長物だから返還しただけ。だから貧しい島。沖縄は安い労働力をそこから調達した。土地を買えない、公職につけない、選挙権はない、銀行から金は貸してもらえないという奄美差別。琉球銀行の初代総裁は奄美出身だが、昭和28年に出張にいっている間にクビを切られる。公職にあった奄美出身者は全員首になる。
そういう差別のなかから立ち上がったのが、奄美出身者がつくったヤクザ。密貿易と、米軍基地から物資を盗んで売りさばく。それしか奄美人には食べる道がなかった。
▽人は慣れやすい動物である。その慣れが精神の弛緩を生み、感動する心を摩滅させる。「われら新鮮な旅人」。この清新な気持ちを忘れたとき、どんな世界も光彩を失う。
▽平成の宮本常一 藻谷浩介(1964生まれ)日本政策投資銀行地域企画部 目的地に入る前に、付近の市町村をできるだけ多く訪ね、デジカメやビデオでその土地の風景を撮りまわる。
▽79 スローフード運動がはじまったイタリア北部の村。過疎化に歯止めをかけるため、新しい価値観を導入しようと思った。運動が高まりをみせはじめると、イタリアの農村では、農繁期に都会にでた子供たちが親を手伝うために帰ってくるようになった。
日本は、過疎を防ぐどころか逆行することばかり。最低限のコミュニティを保持してきた町村も市町村合併によって、完全に崩壊する。目先の補助金ほしさに合併を急ぐのは、後世に重大な禍根を残さないか。
▽85 網野善彦 最後の仕事「日本とは何か」〓。「海は人と人をへだてる境界域ではなく、古くから人と人とを結びつけるかけがえのない交通の場だった」
▽104 司馬の「街道をゆく」が、宮本の「私の日本地図」全15巻を下敷きにしたものであることはほとんど知られていない。
▽111 司馬は、土地をあまり歩いてはいない。目の前の風物や、人々の暮らしを書き留めることは少なく、記述はしばしば座学に陥って、歴史的考察に埋没する。司馬得意の「余談」である。
歴史に目を奪われるあまり、目の前に広がる空間や地理を考察することを怠ってきたような……
114 宮本「ビールは日本酒とは違って、大資本でなければ製造できない。この飲料が日本人のなかに入りこむとき、日本人の生活は変わらざるを得ないだろう」(中南米は?〓ビールによって伝統の酒が消えた例は?)
佐渡は町村合併で、1市7町2村だったのが佐渡1市に統合された。もし宮本がいま佐渡を訪れたら、町村合併のメリットとデメリットを知ろうと足を棒にして歩き、見て聞いて回ったことだろう。〓
▽142 思いつきで地名をころころ変える我が国に、歴史が分厚く降り積もろうはずがない。
▽185 「ALWAYS 三丁目の夕日」昭和レトロ礼賛。誰もが明るい未来を信じてひたむきに働いた高度成長の時代は、確かにセピア色の郷愁を呼ぶ。だが、その裏で進行した水俣病などの社会病理を忘れてはならない。
▽193 足立区 就学援助受給率4割、という朝日の記事は赤旗の後追い。弱肉強食の社会へ。「下層社会」
▽224 クローズアップ現代 コールセンター 人件費の安いところに。コールセンターを円滑に運営するため、オペレーターの方言を矯正するのは、かつての「方言札」を思わせる。……各地に生まれつつあるコールセンターは、安価な労働市場を提供するだけではなく、佐渡の柿のように地域の人びとに誇りと自信を本当に与えることができるだろうか。(〓雇用がありさえすればよいのではない)
▽250 日本のマスコミは、福井日銀総裁の村上ファンドへの投資問題を最後まで追及できず、うやむやにさせてしまった。右翼による加藤紘一邸の放火テロを非難する報道も完全に腰がひけていた。06年はジャーナリズムが自らの責任を放棄した年だった。
▽254 著作権延長 相続人全員の共有を原則とする著作権で、保護期間が延長あれれば相続人の範囲はさらに広がって、同意を得る作業は困難になり、死蔵作品が増える可能性が高くなる。創造のサイクルを阻害する。
▽262 ゴビンダ 拘置所での面会は、本人が拒否しない限り、誰でも面会することができるが、刑が確定して服役中の受刑者への面会は原則として親族に限られ、外部との手紙のやりとりも自由にはできない。……2006年5月の監獄法の全面改正によって、面会や手紙のやりとりが以前に比べ、かなり自由にできるようになった。
▽265 ゴビンダの家族 インド国境にはマオイストを名乗る山賊が出没するため、若い女性が暮らせる環境ではない。仕方なくカトマンズに引っ越した。……日本のマスコミは、ネパールの内乱状態をこういう生活感のこもった言葉では決して伝えない〓〓
▽266 新しい仕事にとりかかる前は、決まって、冷たい海かプールに飛び込むような思いにおそわれる。恥ずかしい話だが恐怖心で体が思うように前に進まないのである。
▽266 元国会図書館憲政資料室学芸員の広瀬順皓(駿河大教授)は、司馬遼太郎の小説や、松本清張の「昭和史発掘」の資料集めをしたことで知られる。
▽279 ゴビンダ支援組織を主宰する女性は、殺害現場となった渋谷区円山町の喜寿荘101号室を現場保存のため昨年末から借りている。
▽296 足立区就学援助 2005年に赤旗が報じた記事の焼き直しが朝日に載った。学校選択の自由で、自由を手にできるのは、交通費に不自由しない裕福な家庭だけ。低所得者が居住する地域の生徒「俺たちの学校、バカばかりが集まってんだよ」……
312 テレクラで人妻援助交際 謝礼をはらうことを条件に話を聞きたいと申し込んだが、ラブホテルに誘われた。メンバーズカードのポイントに応じてブランド物のバッグがもらえる。
329 荒川河川敷の青テント
▽332 「読む力」の復活。すぐれたノンフィクションは、現代を語るすぐれた民俗学になる。

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