NHKブックス 20071027
メディア・リテラシー運動が先進国の学校教育に普及するのは1980年代後半からだという。日本では「新聞を学校教育に」という運動はあるが、メディアの批判的読み方をおしえるリテラシー教育はない。その手法さえマスコミの関係者はもちろん、メディア論を教えている教員でさえも知る人はすくない。彼我の差をかんじる。
メディアによってウソをふりまく日米の例を2人の著者はこれでもか、これでもかと列挙する。
記憶に新しいものではイラク問題がある。大量破壊兵器は実は存在しなかったのに、いまだにブッシュ支持者の多くが「存在した」と思いこんでいる。リンチ上等兵救出劇も露骨な演出だった。
日本では人質事件があった。小泉首相は、非難の的を人質たちへとずらし、人質になった人を国家から切り捨て、誘拐犯たちが彼らを殺した場合の政治的打撃を最小限にとどめようとした。一部メディアはそれにのって「自己責任」キャンペーンを展開した。
経済や外交レベルではもっと大がかりな演出がほどこされる。
民か官か。構造改革か抵抗勢力か。といった善悪の二分法とバッシングの手法を組み合わせて、視聴者に「抵抗勢力」=「悪」というイメージを浸透させ、米国一辺倒の外交姿勢と新古典派の経済政策を植えつけていく。
米国以外の先進国には、国営の医療保険制度があるが、医療保険の大部分を民間企業にまかせている米国が、国民1人あたりの医療保険コストが先進諸国でもっとも高い「非効率」な国であることは、知らされない。
ブッシュの宗教原理主義によってバイオ技術研究が規制され、優秀な研究者は英国などに流出していること。NPOに対する資金援助に関して、宗教組織に多くの資金をあたえる一方、市民社会の他の分野に対しては強引な内部調査や会計監査などのいやがらせをし、米国社会の宗教的急進化を促進しているという事実……。国際的なメディアは米国の宗教的急進主義を報道しているが、日本にはほとんど流れない。
露骨な情報のねじまげは、JR福知山線事故でもあらわれた。安全無視の経営や労組対策重視の労務管理などが指摘されたのに、ボウリングや宴会をしていたといった感情的な報道に流れ、問題の根源にある民営化のあり方まで掘り下げる報道はなくなった。この情報操作の絵はいったいだれが描いたのだろう。
メディアがいかに権力者によって利用され、世論をねじ曲げるかという事例がよくわかった。では、メディア内部ではどんな経緯をたどって権力者の情報操作にやすやすとのってしまうのか。リテラシー教育は具体的にどうあるべきなのか、つづけて読みたいと思った。
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▽スピン・ドクター 報道官ら。
▽メディア・リテラシー運動 スピンの根底に潜む利害関係を理解し、そのスピンが利用している手法を見抜く方法を教える。先進国の学校教育に普及するのは1980年代後半から。
▽2001年のアフガン空爆前後が国際政治のターニングポイントだった。単独行動主義をつづけるか、多国間主義にもどるのか、は、慎重で多角的な議論が必要とされた。しかし、現象が複雑さを増すほど、多くの人びとは、奥深く考察する日常的時間をもてない。メディアにこその役割があったが、実際は、二項対立の図式を使って、よりわかりやすい記事や番組をつくるほうへ自然と流されていく。
▽善悪の二分法とバッシングの手法を組み合わせる。鈴木宗男の汚職を彼の容姿や者の言い方に重ねて映像をつくり、断続的にくりかえすと、視聴者に「抵抗勢力」=「悪」というイメージを伝えることに。「構造改革」対「抵抗勢力」という対立軸が浸透しやすくなるだけではなく、……経済外交を重視するグループ、アジアとの平和外交を重視するグループを弱体化させ、米国一辺倒の外交姿勢が正当化されるという側面を見えなくしてしまう。
▽p42 2002年から03年初頭にかけてイラクが世界平和に脅威であると主張した者の多くが、ほんの少し前には、フセインと商取引をして、彼の政権を助けていた。チュイニー、ラムズフェルドも。
▽9.11直後、幾人ものジャーナリストがブッシュ政権の問題点を批判したことで仕事を失った。〓戦争中、レポーターたちは「われわれが」「われわれを」と発言するようになってしまった。
日本でも、「推定無罪」の原則を無視してフセイン自らが証拠を示す必要があると主張したり、意味なく楽観的に国連新決議があると主張したりする政治家・学者たちがテレビを闊歩する。根拠がないとわかると、北朝鮮の脅威を煽り、米国についてゆくしかないといいはじめる。
p50
▽「衝撃と恐怖」攻撃は失敗。イラク戦争中に要人標的部隊を指揮したマーク・ガーラスコ(現在はヒューマン・ライツ・ウオッチ上級軍事アナリスト)のレポートで、リーダーはだれも殺せず、民間人は無数に殺害されたと告発。
▽ジェシカ・リンチ救出 死体や捕虜になった米兵の映像を見せられて悲観的になっていたとき、プロパガンダの価値が飛躍的に増大した。ドキュメンタリー番組や歌、応援するウェブサイトが次々にできた。http://jessica-lynch.com/
リンチは病院で看護されていたのに、米兵たちは銃を発砲し、ドアをわざと襲撃し、貴重な医療設備を破壊したあげくに、リンチはひどい扱いをうけたとほのめかす。……リンチは記憶を失った、と米軍は主張した。
▽米軍による虐待事件。不都合なことがあると、別の大きな問題をことさら大きく報道させる。前大統領のレーガン死去が、延々1週間に及んで継続的に報道された。その間にアブ・グレイブをめぐる記事の勢いは失われてしまった。
日本でも、04年参院選を前にして年金未納問題がでてきたときに、小泉は突然北朝鮮を訪問し、人びとの怒りをそちらにむけることに成功した。
▽p83 メディアリテラシーの欠如 04年9月から10月のPIPAの世論調査……ブッシュ支持者の72%はイラクが実際に大量破壊兵器を所有していたと信じている。・ブッシュ支持者の75%が、イラクはアルカイダに多大な援助を行っていたと信じている。・ブッシュ支持者のわずか31%しか世界の大多数の人びとが米国のイラク戦争に反対であると認識していない……
▽JR福知山線事故 安全無視の経営や労組対策重視の労務管理などが指摘されながら、事故後にボウリングや宴会をしていた、あるいは脱線した電車に乗り合わせていた乗務員に救助活動をさせずに出勤命令を出したなど、JR西日本経営陣のひどさに対する感情的な報道に流れていき、問題の根源にある民営化のあり方まで掘り下げる報道はほとんどなかった。
民営化=改革というすり込み。経済がよくなれば民営化や規制緩和のおかげであり、悪化すれば、民営化や規制緩和が足りないということになる。宗教の呪文にちかい。……古くは旧国鉄の民営化の時にあんパンを口にして運転している運転手を映像にしたり、公営住宅の家賃値上げの時に入居しているやくざが生活保護をうけていることを暴露したり……税金徴収を民間に外部委託したり、刑務所を民営化したりといったとんでもない提案も。米国では民営刑務所で虐待スキャンダルがおきているのに。
▽ファルージャで黒こげにされた米国人の死体。メディアは「民間人」と表現したが、実際は退役した米海軍特殊部隊員で、警備会社に雇われていた。彼らは特殊部隊だった。民間企業兵士。
▽スカンジナビア社会が、経済の競争力、革新性、情報化などでつねに世界のトップランクに位置していることは「市場原理主義者」にとって、永遠に解決できない難問の1つである。世界経済フォーラム(http://www.weforum.org/)や国連の人間性開発指数()
▽NPM(new public management)公共部門への民間の手法導入 PFI(民間資金導入)やPPP(public private partnership)を含む
NPMがもたらす社会コスト 常勤労働者の解雇とパートの増加。日本でも、介護保険導入で多くのベテラン社協ヘルパーがクビを切られた。
民主的コントロールの弱体化や説明責任義務の後退も。
▽米国の信仰心 経済的な不安定さと強い関係がある。ILOが2004年に発行した「より良い世界のための経済安全保障」のなかで7つの安全保障要素(労働市場、雇用、職務、労働安全、技能再生、所得、表現)を元に世界の地域を格付け。先進国のなかではスウェーデンが1位、フィンランド、ノルウェー、デンマークが続いた。日本は18位、米国は25位
▽ブッシュらは、NPOに対する資金援助に関して、宗教組織に多くの資金を与える一方、市民社会の他の分野に対しては強引な内部調査や会計監査などのいやがらせをし、米国社会の宗教的急進化を促進している。国際的なメディアは米国を席巻する宗教的急進主義についておおむね報道しているが、日本ではほとんど沈黙。
▽温暖化問題
▽ピークオイル問題
オイルショック後、80年代から90年代に石油価格が大幅に下がった。これがソビエトを崩壊させる大きな原因となった。エネルギーへのアクセス保障で衛星国を協調させることができなくなった。
石油業界やOPECの産油国は埋蔵量をごまかす。OPEC加盟国は埋蔵量によって生産量を割り当てられ、将来に期待される石油生産からの収入に応じて金を借りることができる。
▽日本人は単なる模倣者であるというステレオタイプと同様に、アジア人は創造性が欠落しているというハナスの議論には、最初からそれを期待している受け手が存在している。……「言語決定論」「言語が思考を形成する」という主張に帰着する。
(……〓サイード オリエンタリズム)
否定的なステレオタイプと肯定的なステレオタイプはたやすくいれかわる。70年代に北米男性はブルースリーの映画をみた後、ほとんどのアジア人男性は格闘技に深く通じていると確信していた。おそらくこのことが、80年代に、日本のサラリーマンが本当に背広を着たサムライであるという話を信じた背景の一部となった。
▽「外集団同質性バイアス」に日本の知識層は陥っている。……欧米人に対して「われわれ日本人」について説明したいという衝動にかられる。……多くの人々は、血液型・星座といった意味のない基準をつかって集団を分類する傾向があるが、知識層も、根拠をもたない国民性などのアイディアを重視する点でそれとさしてレベルはかわらない。
▽戦時中のイメージ操作 日本では「鬼畜米英」。米国でも、からかいの的としての日本人から、恐怖と激しい憎悪の対象へと変化した。残忍な野獣や卑劣な奇襲攻撃のイメージを大量生産した。
▽日本人は欧米人に比べて腸が長い、という俗説。若い女性が電車で化粧するのは、欧米の右脳教育が日本人特有の左脳の知性に逆らったためと主張する本も。日経の記事には、日本人独特の排便習慣のためウォッシュレットが開発されたという主張が載っていた。
▽リップマンとデューイ
▽世界中の都市が、独自の文化的、知的資源を充実させることで創造的階層の獲得をめぐって競争している。……ブッシュ政権は、その軍国主義と信仰心の強さのために米国内外の創造的階層を遠ざけてしまっている。
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