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複眼で見よ<本田靖春>

■複眼で見よ<本田靖春>河出書房新社 20110627
 単行本になっていなかった原稿を集めた遺稿集。
 けんかっ早くて、競馬が大好き。会社をやめて経済的に困窮しながら、「まだまだ捨て切れていない自分」を卑下し、かと思えば「女房がいなくなったら生きていけない」ともらす。女性にもてただろうなあと思う。上層部に文句さえ言えぬメディア人や、外国人労働者らを踏みつけにする庶民に怒りをあらわにする。
 目線を低く保ち、それでいて定型的な「弱者」の視点にしばられない。逆コースを歩む保守政治を徹底的に批判しながらも、護憲を掲げる「革新」自治体の人権侵害を追及する。「西山事件」の西山記者に対しても、秘密文書を記事にする前に政治家に渡したと指摘して「向こう岸でさんざん跳ね回っている派閥記者」と切り捨てる。
 やさぐれた男たちがあつまる競馬を愛する一方で、「たかだか学校に入ったのが1年早いというそれだけの理由で」暴力をふるう高校野球を批判する。
 筆者は、意志の弱い人間だからこそ、欲だけはもつまいと自戒してきたという。自分の視野に限りがあることを知るからこそ、複眼をもちつづける。「わかりやすい」パターンにはまらない。でも複眼だからといって「中立」ではない。彼独自のしなやかなヒューマニズムによって正邪を判断する。
 自らの弱さを自覚するが故のやわらかな感性と、しなやかで力強い抵抗力が魅力だ。読むたびに、今の時代にいないことを残念に思う。

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▽テレビ局の記者の非常識。「ばかもの」
 新聞の誤報・虚報 西山記者ら「派閥記者」への違和感。
▽71 明らかに誤った紙面製作を押し付ける上層部に対して、意見具申をしたものは、ただの1人もいない。批判に立ち上がったとしても左遷がせいぜい。その程度の「社内の敵」に物を言えないのが、かつての軍部のような強大な敵からどうして「表現の自由」を守れるというのだろう。
▽72 岸首相の大家が高峰三枝子。電話でコメントをとると「えらい方にお貸ししたものですわ。岸さん、1日も早くおやめになるのがいいのよ」。人気稼業の女優でも、言うべきときには物を言うのに−−
▽77 国有地の払い下げを受けた新聞社とNHK。新社屋建設のための国有地払い下げ申請で微妙な成り行きにあったとき、「運輸省」という続き物がわずか3回目で突然中止になったこともあった。
▽81 「西山事件」”向こう岸”でさんざん跳ね回ったあげく、足をさらわれたからといって、”こっち岸”に助けを求めにきても、われわれの知ったことではない。なにより例の秘密文書を紙面にのせなかったことは、ノー・エクスキューズである。
▽87 お相手が政治家や財界人の対談やインタビューは原則としてお断りしている。それでなくても力を持っている人たちに、なにもこの私が提灯持ちをする必要はない。
 本田宗一郎 国内産業保護でオートバイ輸入に制限枠を設けていた。これに業界でただ1人猛然とかみついた。「日本の方が遅れているんだから勉強しなきゃならんのを、見本の何もなくて、手探りで方々歩くやつはばかだっていうんです。だから入れろ、といったら問題になっちゃって」。経営上のことではなく、いかによりよい製品をつくるか、という、技術面での研究心であり向上心。本田技研が大をなしてからも研究所に入り浸り、役員会にすら出ようとしなかった。
▽98 高校野球がむかつく たかだか学校に入ったのが1年早いというそれだけの理由でなぜ暴力的に扱うことが許されるのか。 上級生たちによる制裁は、おおむね連帯責任の名の下に行われる。ひとつ間違うとまた全体主義に走りかねない日本人の危うさを、これら少年たちの集団に見る。
 なにが甲子園だ。地元校に寄せる郷土愛は、まあけっこうだが、そんなものに酔っている間にも、「ハンセイ猿」の親方どもは着々と海外派兵の手順を進めているのだぞ。
▽108
▽118 「カンヅメ」をしても原稿ができず……「カンヅメに穴があいて、空気が入っちゃった」と冗談をいいながら、私の心は惨めであった。(不当逮捕)
▽成田離婚 新婚旅行先で自ら失踪した新妻。
▽143 「のぞきの為五郎」京城生まれ 
 家を持たない主義でやってきた。いずれは公共の賃貸住宅が十分に行き渡るようになるだろう。何も自分のエネルギーの大半を持ち家なんぞに費やす必要はない。……私は日本の政治を買いかぶっていたことになる。……私のような異分子は、社会から排除される方向にある。それが現実になっても、私はあわてない。過疎の村の廃屋でも借りて、つましく暮らす。自分の身の回りを見渡すと、ずいぶんよけいなものを抱え込んでいることに気づく。……為さんはいまなお失うものが何一つない。彼との比較で私は負ける。肩書きは返上すれば済むとして、かみさんに逃げられたら、どうにもならない。これが私の最大弱点である……
▽155 (外国人労働者について)わずか40数年前、日本人はみな貧乏であった。アジアやアフリカを旅するとき、いつも自分がかつての「進駐軍」になったようなうしろめたさと居心地の悪さを感じた。……汗水垂らして日本社会の底辺で働いている人たちを蔑視するなど、絶対に許せない。私が同胞に向かっていいたいのは、次の言葉である。「いったいお前は何様なのだ」
▽179 競馬 女子供までもが馬場へくるようになっては、この鉄火場もおしまいである。……(夫婦で競馬場へ)本来、彼女の役割は、彼の競馬場通いにヒスを起こすことではなかったのか。
▽山谷ルポ 189 ヤマでは、酒と煙草をねだられたら、断ってはいけない。しかし山谷にもけじめはある。……「酒飲むゼニがあったら、飯食えばいいじゃないか」とたしなめると男は「酒はいくらでもゴチになれるけど、飯たかるわけにゃいかねえじゃないか。それじゃ乞食だ」
▽191 現闘委 昭和47年ごろから、住み着く。悪徳手配師追放を掲げる。……「手配師が学生におびえて、あまり姿を見せなくなった。求人が減ったのは、そのせいもあるでしょうね。」
▽197 売血。
「損の繰り返しをやってきた連中でしょ。仕事場で肋骨3本も折るような大けがをしているのに、まあまあ、気分直しに飲んでくれといわれたら、ついつい飲んじゃう。帰ってきたら、もう労災もとれませんわね」
▽202 立川 民主主義という名の村八分。自衛隊の住民票を受理しない。……あってはならない差別が、護憲勢力を標榜する革新の首長をいただきながら……いわゆる「革新」の、単純で、幼稚、一面的で一人よがりの口説には、飽き飽きしている……
▽207
▽224 自衛隊を、社会のかげの部分としてその狭隘な場所に「村八分的」に自衛隊員を押し込めることで、反戦・反軍の良心のあかしが容易に得られると考えるとしたら、危険な思い上がりではないのか。……彼らに対する地方自治体あげたの差別が、だれの名において許されると思うのか。
▽むつ小川原のルポ 225 上北の歴史は棄民の歴史……庄内開拓部落 生きるための独裁制。「ただいまから、みなさんの生命と財産を、この私がお預かりします。ご不満な方はいまこの場から退場してください」。全員の実印が佐藤氏のもとに集められた。
▽239 三億円の札束……部落民の多くは、札束を1晩、神棚にあげ、先祖に報告した。
▽241 寺下力三郎村長は開発反対。「理想的開発」とされる鹿島臨海工業地帯に41人の村民を送り込む。……「貧乏人にカネをみせるのだから。そういう弱い地帯をねらって……来期の村長選ですか。……今度はダメでしょうな。赤坂で何億円という交際費を使う政治がある反面、こういう貧乏村がある。交付税をせめて3倍にしてくれれば辺地だってなんとかやれるんですがね」
 芽生えかけた上北の「民主主義」は、札束の前に、あえなく吹き飛ぶこと必定である。……選挙の結果の村民の多数意志であるとして、なんとさびしげな「民主主義」ではあることか。
▽沖縄返還 261 「戦略論より政治論で」戦略論をさけ「日本国民の核兵器ぎらい」で通した。外交交渉は、論理だけで片づくものではないことを物語っている。
 小笠原返還交渉の最大の山場は、なんと、硫黄島の擂鉢山にたつ星条旗をおろすかおろさなかいかだった。……外務省の担当官は、外交交渉に、およそ技術的中身と無縁の非合理的要素がはいることを、驚きながら学んだのである。
▽271 協定文のなかで、尖閣諸島の領有権についての表現をさけた。そのころ、ワシントンでは、すでに米中接近が動き出していて、中国を刺激する表現を避けたということなのだろう。
▽虫眼鏡でのぞいた大東京 278 「内閣改造のたびに、新しい大臣の家はまっさきにおぼえるんですよ」と運転手。訪問客がずば抜けて多いのが通産大臣。銀座での飲みっぷりも、断然、通産官僚が群を抜いている。……銭湯の描写。「方言で話し合う会」
(細かく、地べたのエピソードを並べていく)
▽編集付記 いかなる事態が生じても自分の持ち駒から早々と2項対立に持ち込んで急いで結論をあおる面々。鈍い単眼を、権力と差別と慣例で一丁前に仕立てる面々に、本田作品に通底していた「複眼」が突き刺さることを願う。

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