平凡社新書 20060618
「昭和史発掘」と「日本の黒い霧」をとりあげ、歴史の記録者としての松本清張の姿を描いている。
筆者の作品としては、軽くて力は入っておらず、あまり意外性はない。でも、司馬遼太郎と比較して松本清張を把握するうえでは参考になる。
徹底的に「下」からの視点。たとえば二二六事件は、権力側からも青年将校側からも細かな資料を丹念に検証する。司馬が仮に二.二六をとりあげたとしたら、青年将校か高橋是清を主人公にした人間群像を描いたことだろう。
40代になってから作家デビューしたという遅咲きであるところも共感をおぼえる。
松本清張のことよりも、最近脚光を浴びている筆者自身の歴史の見方がよくわかった。
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▽小林多喜二の死 拷問の場面は綿密であり、・・・
▽自然主義作家にはそれほど惹かれなかった。・・・芥川や菊池寛に興味が惹かれた。同じ私小説の系統でありながら、自然主義作家のものよりずっとおもしろかった。自然主義作家の、あるがままのものをあるがままに書く、という平板なものには退屈でついて行けなかった。
▽二・二六 反乱側とそのシンパの文書だけではなく、鎮圧側の記録も引用、事件に参加した現存の下士官150人からの取材も詰まっています。これが、今までの上層部からだけ事件を見るやり方に一つの批判を示すことになっています。〓松本清張記念館
皇道派の青年将校の歪んだ愛国主義、統制派のゆがんだ高度国防国家構想(陸軍が中心になって国家体制の中枢を担うという体制)
二・二六の反乱軍将校に憤激した天皇も、事件後は軍部の妖怪の前に無力化した。それが天皇制というものの本質である。
▽昭和史は「事実をもって語らしめよ」という理知的な姿勢を持つべきで、それが清張史観の歴史的業績ではなかったか。
二・二六の未解決部分 13カ国の駐在武官は、どのような報告書を本国に送っていたか。国際社会にどう見られていたか。・・・ある国の駐在武官は、日本の偽装された左翼革命という見方を示している。
▽松川事件の容疑者として一審で死刑判決を受けた佐藤一〓は占領史の研究家。松本清張の謀略史観が歴史感覚を狂わせたと批判。
▽見るがいい、「白鳥事件」が起きて、北海道で最も強く、全道の中心だった札幌地区の日共地下組織は、めちゃめちゃに壊滅し去ったではないか。これこそ事件を起こした者が狙った効果ではなかろうか。
▽松本清張氏の史観は、敵とか味方といった二分論で書くまいとしている。史実を可能な限り調べて忠実に浮かびあがらせるという点では日本で初の実証主義ではないか」