幻冬舎新書 20080905
ガソリンの暫定税率期限切れで一斉値下げになったとき、新聞は一斉に「混乱へ」と報じた。値下げで混乱するのは、政治家や官僚、一部のガソリン業者だけなのに。いつの間にか、記者が政治家の立場でモノを見ていた。
「インド洋での給油活動がストップすれば国際的信用力は低下する」「日銀総裁が空席になったら国際的信頼性が損なわれる」と書いたが、それもウソだった。存在しない危機を勝手に作りだし、政府の意見を補完するだけだった。
洞爺湖サミットでは、直接取材できるのは記者クラブ員だけ。遠くアフリカからきた記者は会場から遠く離れた部屋に閉じこめてビデオ放送だけ見させていた。日本の記者クラブ員たちはその特権を当たり前のように享受していた。
そう、記者クラブの記者たちはいつのまにか権力者の側につき、「ジャーナリスト」としての節度を忘れ、ミイラ取りがミイラになっているのだ。
節度を忘れた、という意味では、「経営と報道の分離」も危機に瀕している。
米国の新聞社では、どんな立派も、経営に口を挟むことはできない。逆に経営陣が編集部門に口を出すこともできない。「仮に経営陣が編集現場に何らかの指示を与えたとする。その瞬間……記者たちはみな抗議をして辞めてやまうだろう」と言う。
日本にもタテマエとしての「報道と経営の分離」は存在した。だが、記者が出世して経営トップに居座るという構図のなか、両者の境界はどんどんあいまいになり、会社が後援する行事を大きくあつかうようになり、「報道と経営の分離」というタテマエは忘れ去られ、「販売と編集の連携」を現場レベルでも当たり前に唱えるようになってきている。ジャーナリズムとしての節度などは、底辺レベルからも消えてしまった。
そのことが、アメリカジャーナリズムと比較することで浮き彫りになっている。
「署名記事」のあり方も、彼我の格差は大きい。日本では毎日新聞が署名記事化しているが、これは、なんちゃって署名記事、にすぎないという。
NYタイムズでは、原稿を編集主幹などの上司がチェックするが、明白な事実関係の間違いがあったとしても、原則として原稿に手を入れず、修正すべき箇所を知らせ、アドバイスするだけだ。文章の削除は編集局の権限で行えるが、後ろのパラグラフから順に削除するという事前了解ができているという。
日本の新聞の「署名記事」は上司の手がはいるどころか、大きく改変される。商品だから品質向上をはかるのはしかたないが、それ以上に、上司の趣味によって改変することも少なくない。日本のメディアでは記者は会社に従属するものでしかないのだ。
イラク大量破壊兵器は発見されず、戦争の大義がなかったとわかったとき、タイムズは自らの過ちを1面トップで宣言し、対テロ戦争支持をやめ反イラク戦争の急先鋒に立ったという。自らの誤りを認めるいさぎよさも、日本のメディアにはなかろう。
NYタイムズをはじめとするアメリカジャーナリズムと比較しながら日本のメディアのあり方を批判していてとても面白い。でも一方で、アメリカ的「権力監視」「政治報道」がすべてであるかのような論調には多少の違和感も覚えた。
================覚え書き・抜粋==================
▽21 NYタイムズ 発生したばかりの事件・事故の第一報は通信社の仕事であり新聞の仕事ではない。……事件・事故の現場に向かうのは1人か2人だ。メディアスクラムという現象も起こりにくい。ホワイトハウス担当も1社につき1人か2人ていど。全政府機関を合わせても10名に満たない。新聞社と通信社の仕事を完全に峻別しているから。
▽34 ガソリンの暫定税率の期限切れで全国一斉値下げ。新聞は一斉に「混乱へ」と報じている。値下げで混乱なんか起きようがないのに。混乱するのは、政治家や官僚、一部のガソリン業者だけ。政府のプロパガンダにひっかかる新聞。
▽51 ブログの効用。何気なく書きためたものが証拠として残る。個人ブログを武器として使用する。NYタイムズでは記者やコラムニストがブログをもち、読者からのコメントに答えている。日本では産経の阿比留記者のブログが有名。
▽56 NYタイムズは世界中から訴訟を受けている。年間400件近い。だから日本のメディアのように裁判を恐れない。
▽67 米国の新聞社では、どんな立派な記者でも、経営方針に口を挟むことはできない。逆に経営陣が編集部門に口を出すこともできない。「仮に経営陣が編集現場に何らかの指示を与えたとする。その瞬間……記者たちはみな抗議をして辞めてやまうだろう」
▽87 新聞は、インド洋での給油活動がストップすれば国際的信用力は低下すると書いたが、そうはならなかった。日銀総裁人事でも、空席になったら国際的信頼性が損なわれると野党を責め立てたがそうはならなかった。存在しない危機を勝手に作りだし、政府の言い分を補完する役割を自ら担ったに過ぎなかった。
▽98
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▽138 「たとえ厳しい論調の記事になろうと、書かれた相手への尊敬の念を忘れてはならない。だから相手の名前を明らかにしながら、自分だけが匿名の世界に逃げるようなことは決してあってはならない」
▽145 NYタイムズでは、原稿を入稿した後、編集主幹などの上司のチェックがはいる。仮に明白な事実関係の間違いがあったとしても、上司は、原則として原稿に手を入れることはできない。修正すべき箇所を知らせ、アドバイスできるのみ。文章の削除だけは編集局の権限で行えるが、後ろのパラグラフから順に削除していくという事前了解ができている。
▽172 記者クラブ略史 ……戦後、「親睦社交を目的として組織するものとし、取材上の問題には一切関与せぬこととする」として再結成される。これは米国のプレスの精神を体現している。だが1978年、「見解」を変更して性質は一変する。「日常の取材活動を通じて相互の啓発と親睦をはかる」。この文言によって、親睦団体から取材拠点へとかわった。
▽182
▽193 ニューヨークでNYタイムズ記者だと知られたら、レストランではドリンクがサービスになり、ジャズ・バーでは特等席に案内され、ホテルの部屋はアップグレードされてしまう。
▽203 1970年代以降、NYタイムズやワシントン・ポストは「訂正欄」を充実させてきた。毎日1ページにわたって、過去記事の誤報について仔細に検証する。
▽205 イラク大量破壊兵器は発見されず、戦争の大義がなかったとわかったとき、NYは自らの過ちを1面トップで宣言し、検証キャンペーンを始めることを告知。これを境に、対テロ戦争を支持していたタイムズは一転、反イラク戦争の急先鋒に立った。
▽219
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