■産学社 20200127
トランプが当選した時、そんなバカな、と思った。メディアの報道も「まさか」という内容がほとんどだった。
米国のメディアとそれとつながる日本のメディアや政官界は、共和・民主両党の主流派としかつながりがなかったと筆者は指摘する。共和党保守派と関係を築いてきた筆者から見ると、トランプの当選可能性は予測できたし、今後の動きも予測しうると説く。
トランプ自身は特定のイデオロギーはない。トランプ支持者の中核は、ラストベルトの失業者などではなく、共和党支持の一般的な小金持ちだった。選挙に勝つために組織力をもつ共和党保守派と手を結び、当選後は、オバマケアを見直し、減税し、国境の壁を築き…保守派の望む政策課題を実現していった。中国と関税を巡って激しく応酬するのも、選挙を見すえたものだった。中国が強気に出れば保守派の意欲が高まり、中国が屈すれば政治的な得点になるからだ。
ただし「北朝鮮と開戦」というのはブラフだという。安倍政権はトランプの強気の姿勢を信じてそれに追随したが、アメリカにとっては中東問題問題の方が重要だから、北朝鮮とは簡単に妥協した。米国は国際情勢を平面でとらえる。日本は2国間の直線でしか考えていないから、はしごをはずされたという。
2018年の中間選挙前に出版されているが、上院は共和党が勝ち、下院は民主が勝つ可能性が高いと予測し、その通りになった。上院の共和党は主流派が強いから、トランプの政策も主流派寄りに変化するだろうと予想している。
トランプにはイデオロギーはなく、選挙に勝つことだけをめざす。その行動はきわめて合理的で、十分予測可能なのだという。
筆者は共和党保守派と価値観を共有する。その価値観と私の価値観はかなり異なるが、同じ価値観があるからこそ、相手の行動を理解し予測することができるし、多種多様なイデオロギーをもつ人間をワシントンに送り込み、人脈を築くことが重要だという主張は説得力がある。
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▽日本には、米国のエスタブリッシュメント系の人々のパイプは政界・官界とも十分に存在しているが、急速に台頭する共和党・民主党内の非エスタブリッシュメント系との関係および彼らへのまともな分析は皆無に等しい。
□2016
▽米系メディアの人々は、共和党、とくに同党の選挙の主力を担う保守派との接点はきわめて少なく、ましてトランプという共和党からも逸脱したアウトサイダーについて、敵対的な党派色を抑えた報道がなされるインセンティブがなかった。それらの情報を鵜呑みにした日本のメディアは、ヒラリー勝利を既成事実かのように報道していた…
▽トランプ支持層=「白人・低所得・低学歴・男性」という図式のうそ。
…トランプの支持者の実像は、共和党支持者という「黄金持ちのやや保守的な傾向がある人たち」と大きな解離はない。
大衆に支持されるテレビスターとしての人気を持っており、共和党内のイデオロギー色の強くない一定割合の人に素朴に支持されているだけの候補者だった。
▽共和党主流派からは、過激なイスラム別紙や移民政策などで問題視されており、保守派からは、奔放な結婚遍歴を含めたニューヨークの金持ちへの違和感をもたれつづけていた。
▽敵失 ヒラリーが「きわめて人気がない」候補者だった
▽トランプは、共和党保守派の資金提供者ロバート・マーサーに接近。保守派の支持を得る。保守派は、豊富な選挙運動力をもつネットワーク化された集団であり…。
保守派の政策を丸呑みして手を組むことによって、逆転勝利を狙った。
▽トランプの選挙戦には、イデオロギー的なこだわりがなく、主流派と保守派の双方と組もうとした痕跡がある。「必要なときに必要な勢力と組んで、相手をハックする」
…政治的信条はほとんどなく「勝利」という信念が存在しているだけ。もともとトランプは共和党員ではなく、政党への所属をコロコロと都合に合わせて変えてきた人物である。
▽36 米国では右派である保守派の人々が護憲派。彼らの原理原則とは「愛国心」。合衆国憲法、とくに「自由」について定められた修正条項は、保守派の死守すべき価値観といえる。財産権の保障=減税政策・規制廃止、武装する権利=銃規制反対、信教の自由=キリスト教的価値観の擁護。政府からの自由が絶対視されるため、「小さな政府」を求める政策を推進する。
主流派は、教条主義的な保守派の政治的主張に対して、民主党寄りの中道的な主張を行う傾向がある有力議員たちである。
▽まとめ
・トランプ当選の理由は「ヒラリーの不人気」「共和党保守派がトランプに選挙協力を行う方向で舵を切った」から
・2016年大統領選は、民主党から共和党への交代だけでなく、共和党内での主流派から保守派への政権交代でもあった。
・トランプの動機は権力の維持・拡大であるという基本的な傾向を理解することによって、その臨機応変な態度変更を予測することは可能である。
□2017
▽ロシアゲートなどで自らの立場が窮地に陥りかねないスキャンダルが発生すると、ほぼ確実に保守派寄りの過激な言動を行うことで党内から支持をつないできている。
▽トランプ政権の主要なアジェンダの優先順位は共和党保守派が設定したものであった。オバマケア見直し、減税政策などが優先された。
▽バノンとクシュナーを表面上の代理人とした保守派と主流派・リベラルの政治闘争であった。政権の生き残りにとって重要な「政策実現を通じた保守派大統領としての地位確立」という大目標は、それらを隠れ蓑にして粛々と達成されていった。
▽新たな規制1本につき22本の規制を廃止するという成果を生み出した。2017年中に計画されていた1579本の規制について、635本を撤回し、244本が活動停止、700本が延期され、それらの効果によって同年だけで連邦政府機関は、将来にわたる約1兆円弱の経済損失を削減することに成功している。
□2018
▽1990年代までは労組・人種団体を主力とする民主党の組織動員力により、共和党は下院で過半数を40年間奪うことができない万年議会野党になっていた。94年に保守派の草の根団体が大同団結し、民主党から議会多数を奪う「保守革命」を起こして以来、連邦議会選挙における動員力は両者が拮抗、または共和党優位の状況となっている。
…上院は選挙区が広範囲に及ぶため、どぶ板選挙の影響力が限定されており、イメージ戦略が重要となり、保守派のイデオロギー的に偏りがある運動力の影響に限界がある。
▽日本では、政治的動機を理解する際に経済的動機を過度に重視する傾向がある。マルクス主義とは対極的なイデオロギーで運営されている自由主義的憲法の護憲派である共和党の政策的傾向を経済的動機のみで分析することはナンセンスである。
…共和党という小さな政府を志向する政党が存在して機能している理由は経済的動機だけで十分に説明することはできない。
▽ティーパーティーは、基本的に自由貿易支持の立場だが、TPPのような多国間協定に自国の主権を明け渡すことへの拒否感が強い。
▽中国を脅威として演出して、中国側が激しく反応してきた場合は支持者の志気が高まり、屈服してきた場合は政治的な手柄となるという意味では、短期的には負けのないゲームと言える。
▽米国は世界最大のオイル・ガスの埋蔵量を有するエネルギー大国となっている。中国は実はグリーン産業の育成に関して潤沢な補助金を支出する国家となっている。ソーラーパネルの膨大な生産量、電気自動車や蓄電池などのハイテク技術、世界最大級の排出権取引所。
▽鉄鋼・アルミなどの追加関税、中国向けの巨額の貿易戦争と比べて、日本、欧州、カナダ、メキシコをターゲットとした自動車及び自動車部品に関する関税の検討からは本気度が感じられない。
▽米国人は世界を面でとらえる傾向がある。個別の事象の意思決定に関しても他地域への影響を踏まえて実行されていることは明白だ。
2017年から18年春までに日本で喧伝された「米朝開戦論」は、二国間関係で物事が決すると理解している酷さ常識が欠落したガラパゴス的な思考の産物にすぎない。
▽米国の外交政策・安全保障の重点は常に中東情勢及びその背後に存在するロシア・欧州情勢にある。
▽共和党保守派の関心は東アジア情勢ではなく、中東情勢、とくに対イラン政策とイスラエルへの支持である。
▽エルサレムの首都認定と大使館移転 共和党・民主党も含めたほぼ全会一致で求める状況になっていた(トランプの独断専行ではない)
▽まとめ
・共和党支持者をまとめるには「外交・安全保障」(通商政策を含む)で成果をあげることが重要である。
・共和党支持者の政治的な理念は「愛国心」のイデオロギーによって形成されているため、政治的な動機を軽視して経済的な動機だけで同党支持者の行動を説明することはできない。
・共和党保守派は「自由貿易協定」を国家主権の侵害として反対してきた。自由貿易自体を否定したわけではない。
・米国は世界戦略を「面」としてとらえて優先順位をつける傾向があり、2国間関係の「線」でとらえがちな日本人の思考とは異なる。中東はもっとも優先順位が高い地域である。
□2019−20
(中間選挙で上院勝利・下院敗北を予想)
・保守派の影響が低下し、主流派の影響が高まる。諸外国への強硬な外交政策を転換する可能性。政治的中間層からの支持回復。保守派は政治的不満を募らせるが、逆に2020年選挙へのモチベーション強化につながる可能性。
▽まとめ
・長期景気回復が終わりに向かうことで、財政政策によるてこ入れや上院選挙区事情による農産物・エネルギーの輸出拡大などが政策上の重要事項となる。
□日本の対米外交戦略
▽米朝間の緊張の高まりを受けて、日本は北朝鮮への圧力強化を主張し、トランプ政権に歩調を合わせてきた。…最終的に日本政府が東アジア情勢ではしごをはずされることになるのは当然だった。
…中国・ロシアなどが世界的な視野をもって北朝鮮問題を扱っていたのに比べ、外交戦略のお粗末さが目立つことになってしまった。韓国や北朝鮮にすら相手にされない状況となっており、トランプと安倍首相のあいだに良好な関係があったことが裏目に出ている。
▽日本政府の外交チャンネルが少なすぎた。共和党保守派との関係はほとんど有しておらず…
▽「生きた」ネットワークとは、イデオロギーを共有する人脈のことである。専門性も重要であるが、人脈づくりには細かく分類されたイデオロギー上の調整がきわめて重要である。
…多種多様なイデオロギーを体得した人間を数多く育て上げて現地に送り込むことが必須。
▽21世紀は「自由主義vs権威主義」に対立の構造が移りつつある。
「権威主義体制に与しない大国」「真の自由主義と民主主義が行われる国」という位置づけをすることは、多くのアジアの未来を背負う人材を引きつける魅力ある国となる重要な要素となるだろう。
▽東京には、志が高い人材を引きつける「大義」と「仕組み」がない。…世界の有力シンクタンクや外国の大学の東京支部開設を行い、自由主義陣営側の世界・東アジアの情報が集中する政治都市に。
▽東アジア地域の「軍縮」に関する取り組みを日本がリードするべき。そのため、逆説的であるが、従来までにはない攻撃力を備えた独自の戦力をもつ必要がある。軍縮は敵対国からの攻撃による被害の懸念があるからこそ進むものだから。
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