2014年、ウクライナでヤヌコヴィチ政権たおすマイダン革命(政変)が起こると、これに反対する急進派がドンバス地方のドネツク州とルガンスク州で州庁舎を占拠して「人民共和国」を名乗り、ウクライナからの分離を求めて住民投票を実施した。ウクライナと戦争になったが、軍事境界線が引かれ、両州の総面積の3分の1が人民共和国の実効支配下に入った。
この映画はそんな状況下の2018年につくられた。今回のロシアによる全面的な侵略がなければ、この映画は日本人の私たちには理解することさえ難しかったろう。
映画は、「ウクライナ軍による虐殺」の目撃者を俳優たちに演じさせてフェイクニュースをつくる場面からはじまる。
親露派は、マイダン革命で親露派大統領を追い出したウクライナ政府を「ファシスト」と呼んだ。「ファシストによる市民虐殺」というフェイクニュースを流布することで、ウクライナ兵捕虜に対する親露派住民によるリンチがひきおこされ、住民は「新しいロシア」に熱狂する。
「ファシストから守ってやる」という軍の高官は、中立的な市民のマイカーを没収し、多額の寄付を強要する。
親露派カップルの結婚式では、ウクライナ軍捕虜に暴行を加えた若者や軍人らがつどい、「新しいロシア」を合唱する。
「ウクライナによる虐殺」というフェイクニュース、「ファシズムからの防衛」という旗印は、2022年の侵略時のロシアの主張と変わらない。
ロシア軍によるウクライナの首都キーウ近郊での住民虐殺も、ロシアは「ウクライナ特務機関によるフェイクニュース」と主張した。
2022年におきていることをこの映画は4年前に予見している。フィクションなのに、事実を描くドキュメンタリーではないかと錯覚してしまう。
ただ注意する必要がある。「フィクション」であるこの映画で、ウクライナの現状を判断してはいけない。
フェイクニュースをでっちあげ、住民をあおるのは、ロシア側だけではなくウクライナ側もおそらくやっている。
2022年の戦争はどう見てもロシアが「悪」だが、2014年の2州の「人民共和国」樹立は、かならずしもロシアが強要したとは言い切れず、そこに住む人々が求めたという可能性も捨てきれない。だとしたら、ウクライナ政府によるドネツク住民への弾圧があったのかもしれない。
この映画の監督は、ロシアがウクライナ侵略を開始すると、プーチンを激しく批判した。でも同時にロシア国内の戦争反対の声にも耳を傾けるべきだと主張して、ウクライナの映画団体から除名されたという。
たぶん彼の撮る作品は信頼できる。でも、それを盲信してはいけないと思う。
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