岩波新書 20060528
「生活安全条例」「自警団組織」「共謀罪」、マスコミの右傾化……具体的な事実をもとに、憲法をめぐって今起きていること、今後起きようとしていることを描く。緻密で広範なデータの収集と分析が筆者らしい。
住基ネットが成立するとき、「法で規定した以外の行政分野や民間に使わせることなどあり得ない」とさんざん政府側は答弁したのに、すでに民間に利用させることが検討されている。「強制はしない」と約束したはずの「国旗国歌」はみごとに強制されている。
一度、法という枠組みができてしまえば、口約束や答弁なぞは5年10年もたてば忘れられてしまう。約束を違えても、さらりと流されてしまう。
沖縄の下地島は、「軍事利用はさせない」と約束してできたはずだったのに、「その時点での約束にすぎない」などと主張する人々が力をつけ、米軍は「緊急着陸」をくり返しているという。
与党がつくった国民投票法案は、「虚偽の報道」「公正を害すること」を禁じている。だがいっただれが「虚偽」と判断するのか。たぶん法を通すときは「報道の自由を束縛するものではない」とか何とか約束するのだろう。だが5年もすれば忘れられ、法律の条文だけが残ってしまう。治安維持法もそうだった。最初は「共産党」だけを対象としていたはずが、適用範囲がどんどん広げられた。
公務員や教育者が「その地位を利用して国民投票運動をしてはいけない」としている。たとえば大学教授が「護憲」を訴えたらどうなるのだろうか。
9条を改憲するときも、「侵略戦争はいけないに決まってます」とでも答弁し、付帯決議くらいするかもしれない、あるいは侵略禁止法なんて法律を同時につくるかもしれない。だがそんなものは忘れられる。喉元過ぎたころ、与党が絶対多数になったころをみはからって法律を改正すればよいだけだ。
平和憲法という「建前」を一度失ってしまえば、その影響は何年もかけてボディブローのように浸透し、民主主義のエネルギーを奪ってしまうことになる。
歴史を忘れやすい国民性、「ウソツキ」が決定的な汚点にならない国民性だからなおさら、おそろしい。
-------抜粋・要約--------
▽防衛研究所長までつとめた新潟県加茂市の小池清彦市長 改憲潮流に警鐘乱打。
▽「生活安全条例」は警察庁生活安全局が唱導し、職員の派遣までして制定を急がせた。この条例には、多くの場合、自警団の結成を示唆する条文が含まれていた。
▽NPO栃木自警
▽痛みを押しつけられた人々、つもりつもった憤懣は、多様性や虐げられている人々への寛容を失わせ、異端と見なされた存在に対する牙ばかり尖らせていく。「外国人労働者受け入れに関する世論調査」によると、不法就労を「よくない」とした回答は70%……解決のためには「すべて強制送還する」が62%……
▽改正住民基本台帳法案が99年の国会で審議された際、法案を提出した自治省も与党政治家も、住民票コードを法で規定した以外の行政分野や民間に使わせることなどあり得ない、反対派の懸念は的外れだと強調していたのが、何もかもが嘘だった。
▽9条の会・石川ネットを立ち上げようとした男性は、実家に置いたままの住民票で取得、更新した運転免許証でレンタカーを借りて「免状不実記載およい同行使」で逮捕。
▽共謀罪 「労働組合が、長時間に及ぶ徹夜団交も辞さないと執行委員会で決定した」組織的監禁罪の共謀罪
「マンション建設反対で、資材搬入をとめるため現場に座りこむことを決定」組織的威力業務妨害の共謀罪
▽小林節 改憲派を代表する論客 自民民主読売経済同友会などでブレーンをつとめてきた。が、今、改憲の動きにストップをかけようとしている。「小泉政治の傲慢さと軽さに耐えられなくなった」「自民党の二世、三世議員たちというのは、1億3千万人の国民が残るなら3千人の部隊の消耗は必要コストのうちという感覚があるんだよ。間違って侵略戦争をする方が、侵略されて滅びるよりはいい、とね。どこまでも自分は死なない。ゲーム感覚なんですね」
▽ワイマール憲法下でナチスは合法的に権力を握り、憲法を停止して独裁体制を築いた。ナチス以前の政権政党に支持されていなかったことがワイマール憲法が崩れていった理由のひとつ。
▽百地章「立憲主義の前提である、憲法は権力制限規範であるという側面は確かに重要です。しかし、新しい憲法観もある。国民の積極的な、能動的な役割だってあり得るのではないか」
▽重慶爆撃 無差別「戦略爆撃」 戦闘員と非戦闘員を区別せず、空から大量の爆弾を落とし、都市ごと壊滅させる。ゲルニカ爆撃が戦略爆撃の始まりとされるが、重慶大爆撃は、規模も期間も桁が違っていた。
▽台湾の遺族 靖国合祀取り消し訴訟 せめて魂を持ち帰る伝統的な儀式をしようとしたが、バスは機動隊に阻まれ、約100人もの右翼関係者に包囲あれ、断念を余儀なくされた。……これほどの出来事も、日本のマスコミで大きく取り上げられなかった。
自民党の新憲法草案は、「社会的儀礼……の宗教的活動」を認め、首相の靖国参拝が違憲という根拠そのものを消滅させようとしている。
▽9条第2項を改変させて交戦権を認めてしまえば用語の定義次第で歯止めはなくなる。多国籍企業が好き勝手に振る舞える状態を「正義」「秩序」「平和」と呼び習わし、それらを妨げる勢力は、「テロリズム」として扱ってしまえばよいことに……
▽国民投票法案 「そもそも公職選挙法がベースという根拠は? 人を相手にする選挙と、憲法改正の議論は本質的に違うのでは」「虚偽の報道だとだれが決めるのか」
公正を害してはならないというが、たとえば表現の自由を定めた21条が変えられようとして、反対キャンペーンをしたら「不公正だから処罰だ」とならない保障はない。
報道を規制する一方で、広告の出稿には制約がない。
公務員や教育者が「その地位を利用して国民投票運動をしてはいけない」としている。……教育者というカテゴリーには、大学教授も含まれてしまう。
外国人による国民投票運動も禁じている。
▽バブル崩壊や雇用環境の変化が、利己的で拝金主義的な世相をもたらした。加害責任などよりも、関心は明日の米に向かった。震災と地下鉄サリン事件がとどめをさした。加害者としての歴史を忘れ、被害者意識の塊になっていく。
▽95年の「良心的兵役拒否国家」というのは中馬主幹が書いたのですが、絵空事じゃないかという声がすぐに社内から出てきた。あのへんから、論説委員室、社会全体の空気も変わってきたのかな。若宮君はその急先鋒だったけどね。
▽米軍再編という言葉は、誤解を与える役割を果たしてきた。大部分のマスコミ報道は、事を沖縄の普天間基地移設問題や海兵隊員のグアムへの移転費用問題ばかりに矮小化してしまう。天田絵r専守防衛の理念を大幅に踏みだし、米軍と自衛隊は解釈次第でいつでもどこでも、何でも、一緒に行動することが可能ということになりかねない。米軍再編とは、米軍の世界戦略の一部分に自衛隊が完全に組み込まれることに他ならない。
▽宮古島市長選2005 大接戦の末に反自公連合推薦の前平良市長が当選。下地島に自衛隊誘致を求める動き。伊良部町議会が誘致の緊急動議を可決していた。……01年から05年の間に、米軍機が下地島空港に強行着陸した件数は、72回にも達した。
下地島や宮古島が軍事化されれば、米軍と自衛隊が共同使用するのは間違いない。中国をにらんだ前方展開へ……