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実戦・日本語の作文技術 <本多勝一>

朝日文庫 20080110

ずっと以前に「日本語の作文技術」を読んで、読点の打ち方をまなんだ。本書の前半はその内容のおさらいになっている。いま改めて読むと、これだけの論理的なルールを、忙しい新聞記者の仕事をこなしながら、40歳になるかならないかでなぜ解明できたのか。その能力に脱帽する。文法書やらなんやらをどれだけ読み、どれだけ取材したのだろう。
後半は、日本語をめぐる評論やエッセーだ。
小学校教育で「綴り方」の時間さえなくなって「読書感想文」を強制することを「作文というより理解力テストみたいなもので、おかげで読書も嫌いになる」と批判する。本来あるべき「作文教育」の対極にあり、要領よく理解しまとめるという支配層に都合のよい能力をやしなうのに役だつのが「読書感想文」だという。なるほど、と思う。私も小学生のころ読書感想文が大嫌いだったが、それには理由があったわけだ。
国語学や国文学から「方言」が除外されることにも怒り、方言をふくめた「日本語辞書」をつくるべきだと主張する。
方言では正当な用語を「乱れた日本語」と決めつけている、という指摘は新鮮だ。たとえば伊那弁では、「見られる」「見れる」はまったく別の言葉であって、前者は受け身で、後者は可能をあらわす。「ら抜き言葉」が乱れた言葉だというのは、東京中心の帝国主義的な言語観だという。
イギリス語の乱用への警鐘はさらに頭が痛い。「ミーティング」は「よりあい」でよいし、「トレー」は「盆」、「スプーン」は「匙」でよい。「キャンパス」は「大学構内」で十分だし、「バブル経済」よりも「あぶく経済」のほうがぴったりくる。「シルバーシート」なんて愚の骨頂。「トラブル」などという言葉が使われるのも70年前後ごろから……。きっと50年前の日本人が今の新聞を読んだらさっぱり理解できないことだろう。
しかも最近は、日本語を守り育てるべき新聞社の部署名までが外来語になりつつある。社会部が「社会セクション」とかなんとか……。滑稽だなあとは思っていたが、たぶんもっと根深い問題をはらんでいるのではないかとこの本を読みながら思った。

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