■クラウド増殖する悪意<森達也>dAERO 20150404
厳罰化を求める風潮が強まり、死刑囚を弁護するとバッシングされる。
そこには、犯罪者は自分とはまったく関係のない怪物のような人間だ、という考え方がある。
実は凡庸な人間が集団になったときに「朝鮮人は殺せ」などと叫ぶ。「在特会」の若者も一人になるとふつうの市民だ。オウムの若者だってそうだった。極悪人ではなく、ふつうの若者が何十人もの人間を平気で殺すからおそろしいのだ。アンナ・ハーレントの描くアイヒマンは凡庸な小心者だったし、ルドルフ・ヘスは誰よりも妻子を愛する男だった。
欧米で、看守役と受刑者約にわけられた10人ずつの大学生が2週間いっしょに暮らす実験をしたら、看守役から受刑者役への暴行が激しくなり、6日で中止された。回答者が回答できなかったら体に電流を流すというクイズ番組の収録をした(回答者は苦しむ演技をする)ら、市民の多くは司会者に従い、観客という場の圧力におされ、81%が死んでもおかしくない電圧を押し続けた。
ごく普通の人が閉鎖された環境におかれたとき、明らかに人を死に追いやる可能性がある指示にさえ従ってしまうことを示した。洗脳といった高度な技術ではなく、権威からの指示と集団による同調圧力であっさりと人殺しをしてしまうのだ。
メディアが、自ら意識しないままに偏見や憎悪を生みだす様子も紹介する。
「北朝鮮のミサイル」騒ぎが起きたとき、飛行ルート下にある県では「危機管理室」などが中心に大がかりな「対策会議」が何度も開かれた。たしかに偶然落下する危険はあるが、確率は自動車事故よりもよっぽど低い。でもそう言える雰囲気はなかった。「みんなで危機感をもて」という目に見えない同化圧力があった。
さらに海外メディアは「ロケット」と呼んでいたのに、日本のメディアは「事実上のミサイル」と報じた。安保理事会が出した北朝鮮非難決議の議長声明文に記述されていた「rocket launch」を外務省は「ミサイル発射」と翻訳し、メディアも追随した。ちなみに09年の打ち上げ時には日本政府やNHKは「ミサイル」ではなく「飛翔体」と呼んでいた。
「将軍さま」という用語は、北朝鮮社会の異常性のシンボルになっているが、韓国でも目上の人には「さま」(ニム)をつけ、「社長さま」などという。日本語に訳すときは通常「さま」をはずすのに、金正日の場合だけ「ニム」をつけて翻訳する。おそらく「ニム」が普通の用法なのだとは知らずに使っているのだろう。少なくとも私は知らなかった。
ルペンのことは「極右」というのに、石原のことを「極右政治家」と書かないのも、言われてみればおかしい。
大災害時の集団心理や同化圧力の典型は、関東大震災時の「朝鮮人狩り」だが、東日本大震災でも「不謹慎」の感覚が日本中を覆った。鉢呂元経産相は「死の町」発言が不謹慎だとして辞任させられた。遺族や被害者の立場に立つことは大切だが、最近この傾向が暴走し、聖域化する場合があまりに多いと指摘する。
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▽19 水俣。もっと早く来るべきだったと後悔した。大きな惨劇や過ちがあった場所は、とても強い場の力を発している。
原田正純医師の存在感。
▽29 死刑が確定した久間さんは犯人ではないと主張しつづけた。だが2008年、再審請求の準備をしていた08年に処刑された。
▽71 笑うときに顔の前で手をたたく学生たち。実はこれは、大仰なリアクションが要求されるバラエティ番組の影響だ。メディアの影響力
▽89 看守役と受刑者約にわけられた10人ずつの大学生が2週間いっしょに暮らす実験をしたら、看守役から受刑者役への暴行が激しくなり、6日で中止された。
回答者が質問に答えられなかったら体に電流を流すというクイズ番組の収録をした。回答者は苦しむ演技をすることになっていた。このときも市民の多くは司会者に従属し、観客という場の圧力におされ、81%の人が死んでもおかしくない電圧を押し続けた。
▽94 福島県の白坂駅近くのアウシュビッツ平和博物館〓。
▽101 北朝鮮の「将軍さま」というが、韓国でも目上の人には「さま」(ニム)をつける。「社長さま」となる。ふつうは日本語に訳すときは「さま」をはずすのに、金正日の場合だけ、日本のメディアの多くはなぜか「ニム」をはずさずに翻訳する。
テレビの現場ではそれがルーチンワークになっているのだろう。
▽108 「フランスのル・ペンについて日本の新聞は極右政治家と書くのに、なぜ石原についてはそう書かないのか…メディアのカメラに向かって日常的に敬礼する政治化など、おそらく世界で石原一人だけです」
▽112 北朝鮮のロケット打ち上げについて、多くのメディアは「事実上のミサイル」などと呼称した。でも09年の打ち上げ時に日本政府やNHKは「ミサイル」ではなく「飛翔体」と呼んでいた。海外メディアのほとんどは前回も今回も「ロケット」という呼称を使っている。安保理事会が出した北朝鮮非難決議の議長声明文に記述されていた「rocket launch」を外務省は「ミサイル発射」と翻訳した。すべてのメディアはこれに追随した。
▽118 北海道の学校には塀がない。「昔は日本中のどの学校もそうだったんです」
▽134 ウェルテル効果 連鎖自殺。WHOは2000年に、写真や遺書、自殺の手段を公表しないなどの「自殺を予防するための、メディアに対する自殺報道のあり方」を提言した。ところが日本の報道はこのガイドラインを知ってもいない。
▽136 関東大震災後の朝鮮人虐殺。伝聞情報が紙面を覆い、「東京全域が壊滅」「政府首脳の全滅」などの見出しとともに、朝鮮人が「暴徒化した」「井戸に毒を投げ入れている」などの記事が掲載された。当時の日本人は、朝鮮から来ている彼らは、自分たちを憎悪しているという意識があった。後めたかった。だから「やられる前にやれ」的な意識が立ちあがる。
▽140 2011年、ノルウェーの銃乱射で77人殺戮。77人殺したが禁固21年。首相「これほどの暴力であるからこそ、より人道的で民主主義的な回答を示さねばならない」「私たちは自分たちの持つ価値観を決して放棄してはなりません。相手をもっと思いやることが暴力に対する答えだということを示さなければなりません。…死刑復活を唱えた人はほとんどいなかった。
…「犯罪者に対する矯正やリハビリという手法をとりながら、犯罪が減ってきている」
…刑期が満了しても、帰る家があり、仕事がなければ出所できない。だから国家が家と仕事を斡旋する。翻って日本では、刑務作業報奨金はほんのわずかで、帰る家もない。社会復帰したくてもできるはずがない。だから再犯は増え続ける。要するに、本気で犯罪の少ない社会をつくろうとはしていない。むしろ彼らを犯罪の領域に追い込んでいる。悪と規定した標的やその家族、ネットとメディアが追い込むように。
▽159 震災後、多くの日本人は強い後ろめたさに襲われた。何かをしなければという気分になる。「生き残ったが故の罪責感」。その後ろめたさから目をそらすために「絆」や「日本はひとつ」などのフレーズにすがりはじめる。
大きな災害が起きたとき、人々は結束しようとする。…群は時として暴走する。抑制が効かなくなる。関東大震災の朝鮮人狩り。
…日本中を襲った「不謹慎」なる感覚。鉢呂元経産相は「死の町」などの発言が不謹慎だったとして辞任を余儀なくされた。…遺族や被害者の立場に立って考えることは大切だが、最近の日本はこの傾向が暴走する場合があまりに多い。被害者や遺族の存在が聖域になりかけている。その帰結として自由にものが言えなくなるなら、抵抗はしておきたい。
▽161 「不謹慎」の本質は同調圧力…
…放送禁止歌のように、存在しない規制がいつのまにか実体化し、原発安全神話のような虚構が、当然の前提として何十年も存続する。「やっぱりこれは変だ」などの声をもう少し多くの人が発していたならば、こんな状況にはなっていなかったはずだ。
▽166 2012年の自民党の憲法改正草案。21条表現の自由には「前項の規定にかかわらず、公益および公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは認められない」と付記され、さらに基本的人権をうたう97条はまるまる削除され、代替草案はどこにもない。13条や29条における「公共の福祉」はすべて「公益および公の秩序」に差し替えられ、「憲法尊重擁護義務」として「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と記されている。つまり国民主権という概念が消えている。
▽176 70年代、短髪の若者などさがすことが難しい。高校時代のクラスの男子の半分近くが長髪だった。
▽185 靖国の現在をテーマにしたドキュメンタリー「靖国YASUKUNI」。国会議員向けの試写会が開かれた。稲田朋美らが試写を求めた。
…まずは週刊新潮が書き、次に政治化や右翼が動く…パターン。
▽190 ドキュメンタリーは肖像権やプライバシー権とは折り合えないジャンルだ。被写体の了解を取らないと上映できないのであれば、原一男やマイケルムーアの作品だけではなく、ほとんどのドキュメンタリーは成立しなくなる。
監督は、政治家や右翼勢力からの干渉を黙殺するべきだった。もしくは「答える必要などない」と突き放すべきだった。
▽244 オウムの「A」について「被害者の視点も入れて、改めて作り直してください」という発言。それに対して「直しません」。「本気ですか」「もちろん」
▽255 蓮池透との対談 「制裁」『制裁」と言ってどんどん時間が経ってしまっている。制裁以外の方法は考えようともしない、それは思考が停止していると思うんです。
▽266 北朝鮮の体制をゆるがすには、情報を入れればよい。多くの人が出入りすればよい。状況は劇的に変わるはず。少なくとも2002年の小泉訪朝までは、日本政府もそう考えていた。だから、国交正常化と経済援助を約束して、金正日の謝罪を引き出した。でもこれ以降は、国交正常化など口にしたら、非国民などと罵倒されるような状態になってしまった。
▽271 家族を取り戻したいという家族の純粋な思いが、運動や政治に徹底的に利用され、骨身をしゃぶられて、これほどに膠着してしまった。
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