■ノンフィクションは死なない<佐野眞一>イースト新書 20141223
心配だった。どうなっているのか。週刊朝日の橋下徹のルポはなぜあんな形で生まれ、1回で切り捨てられたのか。盗作問題はいったい?
その疑問にひとつひとつ答えている。
沈黙するあいだ、睡眠薬や酒に頼るほど追い詰められていたという。
ぱくり問題は主に「引用」のありかたの問題だった。雑誌掲載時は引用を記さないが、単行本になったときに列挙していた。文章の読みやすさと引用の厳格な〓のあいだで揺れていることがわかる。さらに、組織的な背景ができないほどの大規模かつ執拗な批判が集中した背景には、創価学会問題があることが見えてきたという。
それでも書いていく、と決意する。その強さ。
ノンフィクションの劣化とその原因は〓〓、校閲機能や編集機能がなくなり、ブログを書くような本が大量生産される。手間と金のかかるノンフィクションは、フリーの記者が活躍できなくなっている。最近の良作は、大鹿〓ら会社ジャーナリストばかりだ。
ではネットによって出版社の存在基盤さえゆらぐなかで必要なものは何か。
現場を歩くこととネット検索のちがい。その違いを出せない程度のライターが増えている。
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ノンフィクション復活には?
▽6 ネット上のバッシング。名前も知らない人間からの攻撃ほど恐ろしく、神経を疲れさせるものはない。ところが、それらの批判が有名人の「集合的無意識」の連鎖によるものらしいことがわかった。…いままで不安にさいなまれ、仕事も何も手につかなかった情けない自分をあらためて恥じた。
▽29 橋下連載。連載開始までに60〜70人の取材を完了していた。2012年6月にはデータマンとして記者2人を投入して取材をはじめていた。
▽31 朝日新聞と週刊朝日は独立した編集権をもつ。橋下に取材拒否された朝日新聞の記者もこれに抵抗した。これはジャーナリズムにとって当然の原則である
…会見への出入り禁止は、大手メディアの痛いところを突いたのでは。…私が危惧していた橋下に対するマスコミのタブー意識、独裁的な手法が見事に露出した瞬間だった。「編集長なんて小物は相手にしない。最高責任者である社長を出せ」というやり口だった。記事をつくった親分は「朝日新聞社」だという世論を誘導する、弁護士出身らしい、虚をつく手法に見えた。
…この騒動を大きくしたのは、「ミヤネ屋」などのワイドショー番組だった
…「週刊朝日」が謝罪した事実を知ったのは、TBSと共同通信からだった。筆者の私は完全にのけ者にされた。
…連載中止問題について、当時の政治状況との関連で語られたものはほとんどなかった。そこに大手メディアの取材力の圧倒的低下を感じた。
…取材拒否をされ、多くの講義を受けた親会社の朝日新聞社が介入し、事態収拾のため、謝罪方針へと舵を切った。
▽40 従軍慰安婦や吉田証言問題。他紙や週刊誌から総バッシングを受けることに。これ以降の朝日の記事が、誤りを恐れてのことだろう、毒にも薬にもならないような記事だらけになった。
▽51 最もショックだったのは、地名を出して地域の歴史的背景を説明することは絶対にダメだと社内で議論されていたこと。朝日新聞出版の基準では地名をだすことはNGだったのだが、私がそれを知ったのは「人権委員会」での検証の過程で聞いた後のことだった。どんな理由があっても地名を出すことは問答無用でご法度だという。
▽64 ノンフィクション雑誌がどんどん廃刊。月刊「現代」「諸君」「宝石」「論座」。とくに「現代」はノンフィクション界では大切な媒体だった。かわって、年4回ほどの「g2」が創刊された。これが唯一といっていい本格的ノンフィクションを標榜する雑誌となっている。
▽66 ノンフィクション賞の受賞作に大手新聞記者やNHK記者による作品が目立ちはじめた。大鹿靖明「メルトダウン ドキュメント福島第一原発」など。
…テレビ局員による組織ノンフィクション作品は、できの悪い卒業論文みたいなものが多い。
▽77 戦後ルポルタージュの傑作といえば、今でも開高健の「ずばり東京」を挙げる。〓
▽84 網野善彦に「佐野君、君は本当にいいテーマを持ってるね」と言われた。「平安から鎌倉に時代が移るとき、日本が大きく変わっていった。新しい宗教家が生まれ、文化も政治も激動する。それに匹敵する時代は高度経済成長期だと思う。このテーマを手放さずにやれば、きっといい仕事になるはずだ」
▽86 「原色怪獣怪人大百科」(1971)を企画した。120万部。
▽93 若手でノンフィクションの勉強会「番屋会」。高野孟、吉岡忍、足立倫行、山根一真、花田紀凱。番屋会ではじめて先輩ジャーナリストの本田靖春に出会った。彼は38歳で読売を退社し…。
…本田の「誘拐」は、たんなる犯罪ノンフィクションの枠を超え、日本を、東京を、農村をどうとらえているのかを問うものだった。高度経済成長からこぼれ落ちた人間に対して、日本がいかに無慈悲な国家かを描いた作品であった。
…本田は、「自分のこと」を織り交ぜながら作品を書くことが多かった。自分自身とリンクするテーマを選んでいた。「私ノンフィクション」
▽107
▽110 創価学会をテーマにした「化城の人」〓
▽123 竹中労 高く評価していない。「聞書アラカン一代」〓は評価しているが、沖縄については、軍用地料について一行も書いていないし、二大暴力団のことも書いていない。
▽130 東北の震災は、戦後においても最大級のテーマになる。いまは「行って、見て、書いた」というだけの火事場泥棒的なノンフィクションばかりが目立つ。三陸に行って「復興はまだまだですね」とため息をついて帰ってくるだけの薄っペらなレポートがその代表例だ。
船橋と大鹿の作品は目にとまった。
▽133 役所はつぶれ、図書館はない。登記も参考資料もとれない。宿泊先も確保できない。人脈をたどるにも、連絡のとりようがなかった。
▽138 災害現場に一番先にたどり着くことは、アドバンテージが高くなるのは当然のこと。何をおいても現場に行く。現場を見て自分のなかで感じる。人々から話を聞く。私はこれを阪神…の現場で実践しようとした。
…ラジオ関西の友人を訪ねるという構成。
▽146 大メディアが報じない異質な雰囲気。「怪しいやつは殺す」「とっとと神戸から出ていけ」という落書き。…美談ばかりがノンフィクションではない。
▽148 NYの9.11も。取材期間は3日だけ。
▽158 「いい本」とは、その本のなかで世界が完結せず、外に向かって膨らんでいく本。読んだあとに誰かに話したくなる本。こうした本にはすぐれた「編集力」が潜んでいる。…ノンフィクションは自分のなかに最低3人の人間が必要だ。一番目は作家、二番目が読者、最後に編集者の目。作品を客観的に批評できる目。
ノンフィクションは、じつは相当の体力と知力を要する格闘技である。…
取材できる若いライターは少ないし、育てるシステムも完全に崩れている。そんななかでも安田浩一の「ネットと愛国」はよかった。
▽173 尼崎連続虐待死事件をいっさい追わなかった週刊誌があったという。「ワイドショーが膨大な時間放映しているし、出張費がもったいない」。…もし、いまオウム真理教のような大事件が起きても、それを取材できる力のある週刊誌記者はひとりもいないのではないか。
▽175 沢木耕太郎 「私」を前面に押し出した「深夜特急」を、佐高信が「軽いハイキングだ」と評していた。
▽188 講談社の若者が2012年に設立した「コルク」というエージェント。コルクと契約している作家に仕事を依頼する場合、出版社や電子書店はエージェントの「コルク」と交渉する。電子書籍時代を見据えたもの。だがノンフィクションは無視されている。
▽192 元木昌彦が「eーノンフィクション文庫」を創刊した。電子書店。ワンテーマ30分ほどで読める分量で、既刊本をデジタル化したものも多い。
▽199 再販制度に守られたうえ、契約書などはほとんど交わさない。事前に原稿料さえも伝えないという前近代的な体質を引きずりつづけているのが日本の出版業界。
作家が、アマゾンとの個別契約に応じて従来より有利な契約ができるようになれば、出版社からアマゾンに乗り換える作家が出現することは十分に考えられる。
▽208 電子信号系言語はなんと荒々しい言語空間になってしまうのか。直接会うか電話で話をすれば相手を殺すところまでエスカレートすることは少ない。
▽210 ネットの検索は、ミサイルのようにすぐに「着弾」してしまう。情報を探すときにいちばん大切なのは、ミサイルではなくヘリコプターのように自分が求めようとしている情報の上空でホバリングし、見えるもののなかで自分が本当にほしい情報は何か、なぜその情報を求めているかを自問自答することである。本屋に行けば、目的の本の周辺に、まだ知らない、別の本があるかもしれない。(本屋と新聞の一覧性。余分なものも目に入る。〓)
▽213 神の王様が渡辺恒雄ならば、電波の王様は氏家である。網野善彦は歴史学の王様で、流通の王様は堤清二。いずれも東大の共産党人脈。
▽230 猪瀬 西麻布にプール付きの豪華な個人オフィスを構え…何人もの女性をスタッフとして雇う。…
「我、拗ね者として生涯を閉ず」には、猪瀬の変節と傲慢さについて容赦ない筆致で書かれている。
▽241 ノンフィクション作品が書籍化されたとき、巻末に膨大な参考文献を掲載してきた。週刊誌の連載の際には、読者にうるさく感じられるのを怖れて載せなかった。…この問題の最大の不幸はは「化城の人」の連載が終わっていない段階で起きたことだ。いまにして思えば、連載途中でも引用文献の注釈を最低限つけておけばよかったと悔やまれてならない。
…機械的にカギ括弧による引用だけでは、ノンフィクション作品な成り立たない。…
▽264 いまが人生最大の試練の時だと思っている。この逆風のなかでこそ書き続ける。それが私の精神を強靱にすることだと確信している。(〓強い)
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