朝日新聞社 1070707
プリンシプルに従って行動する人とそうでない人がいる。積極的な悪人や有徳の士は前者に属し、その他多くの「普通は善人だが、気が弱いためにいざという時に道徳的に腰抜けになってしまう人」は後者に属する。筆者は後者を「消極的悪人」とよび、「もっとも嫌悪するタイプ」と断じる。
京大経済学部が戦後一挙に左傾化したのは、強力なマルクス主義者がいたからではなく、非マルクス主義者たちが「消極的悪人」だったからだという。
蜷川虎三のことは、右翼から左翼転向した風見鶏の典型として描いている。蜷川側の人が書いた本では、清廉潔白な政治家・学者という書き方だから、正反対の評価になっているのが興味深い。
マルクス主義が跋扈する京大経済学部がいやで阪大に移る。
だがここでも、「プリンシプル=理」をつらぬき論争をしかける筆者と、「和」もとめる周囲はぶつかる。
たとえば講座増設のためには、文部省の役人にへいこらと頭を下げ、官官接待をしなければならない。「私が社研の所長になったら、こんな野郎に管理されてたまるものかと、拳を振るって挑みかかり、情けによって死一等を減じられ、依願退職を仰せつけられるに違いないと私は思った。そこには、助教授のそれとは全く違った教授の世界があることを知った」と筆者は記す。
けっきょく阪大を追われて英国に渡ることになる。
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▽経済学に国境はない。が、戦前・戦中の京大では、そういう世界共通の理論を教えたのは、高田教授と青山助教授くらい。そのほかは「日本経済論理」「新体制の指導原理」といった、日本よがりに問題を論じていた。
教授たちには、経済学の通説を偏らずに教えねばならないという義務--職業義務がある。経済理論の教授は、嫌でもケインズやマーシャルを読んで教えねばならない。・・・英米では、講義では正統と見られている学説を教えなければならない義務がある。
「職業としての学問」 マルクス主義蔓延。一切の世界観やイデオロギーを大学の講義からしめだすことを主張。
▽京大 虚弱体質の多くの教授陣を、ごく数人のマルクス主義者が蹴散らして、あっという間に追従者をはびこらせてしまった。非マルクス派の教授や助教授はあまりにも腰抜けで保身的でありすぎた。非マルクス派が多数だったのに、「世論」に迎合した。
▽高田保馬 青山先生の講義は自分のためのものではなく、学生のためのものであった。だから、自分の政治的・思想的な主張をアピールしようとはしなかった。講義とは、学生に通説を理解させることであった。平易な講義案が何年もして完成したら教科書として出版された。
▽結婚の描写。おもしろい。新婚旅行が終わる頃には、津田さんと呼んでいた私は彼女をお前と呼ぶようになっていた。私にとって2人の家庭が男女差別極大の家庭であることを意味する。社会的搾取を憎んだマルクスは、家庭内搾取家であったが、私はこの両面においてマルクスに似ている。
▽(湯川博士の妻のことも糞味噌。返す刀で大使に対しても)「大使館は高名な人だけの世話をせずに、無名の人、若い人にもサービスしなければいけない。日本大使館が日本人を不公平に取り扱っていることを、新聞に書きますがよろしいですか」と。翌朝ホテルの受付にいくと大使から「これは高価なものです」と書き添えてバチカンの古い切手が届けられていた。もちろん返却した
ある大使の妻「生意気ね。留学生なんでしょ。そんな身分で奥さんを連れてくるなんて生意気じゃありませんか」
▽「君たちはどう生きるか」「世間には、悪い人ではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が決して少なくない。人類の進歩と結びつかない英雄的精神も空しいが、英雄的な気迫を欠いた善良さも、同じように空しいことが多いのだ」
▽西欧人は個人的に親しくない限り、物を他の人にプレゼントすることはない。日本人は「お見知りおきのために」と称して初めて会う人にしばしば物を贈呈する。贈賄の下心があるからである(と西欧人は考える)。「日本人が贈答文化から脱却できない限り、彼らは本当の近代人になれない」
▽戦争で生き残った罪悪感「私は幸運にも戦争を生き延びた。日本はもっともっと外国との関係をよくしなければならない。そしてそういうことは平和な常日頃からしておかねばならないことだ。戦争に生き残った自分たちこそは、そのような努力をすべきだ。自分たちがぬくぬくと生きることは間違っている」と、外国行きへ。
▽和は、特に小社会ではプリンシプルにしてはならない徳目である。所長が和を貫こうとすれば、暴れん坊の畠中の言う通りに二階堂がなり、所長は空白にしていた自分の意見を多数の意見(畠中の言いなり)に一致させ、全会一致……これが和の原理である。
社研紛争は、いわば「西欧」対「日本」だった。戦後精神のなかでも、日本人特有の和の精神--強い者へ自分を屈服させて自分は和を貴んだのだと自己満足する弱者の精神--は頑強に生き延びつづけた。
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