MENU

分類の発想 <中尾佐助>

■分類の発想 <中尾佐助> 朝日選書 201101

 植物は、特定の品種としか受粉しない、ということは受粉できる相手とできない相手を「分類」している--。自然界の動植物の「分類」から説き起こす。きっちり分類する(受粉は同じ種だけの)植物もあれば、ほかの種と受粉してしまう種もある。本来自家受粉なのに、ほかと受粉してしまう稲はその典型だ。人間の同性愛なども「分類の錯誤」だという。
 人間の分類学のはじまりは、薬草の種類と効能に関する体系「本草学」であり、ニューギニア原住民の文化にもそうした体系がある。「本草学」が「博物学」となり、さらに生物分類学として発展するという。
 ヨーロッパの本草学は中世のあいだは停滞しつづけ、分類学のシステムが芽を吹くのは18世紀のリンネの生物分類学まで待たなければならなかった。
 分類とは事象を切り分けるであり、事象の切り分けによって専門分化がおこり、それが近代の科学を発展させたと想像できる。逆に現代という時代は切り分け過ぎた「専門分化」が限界に来ており、統合化が必要とされていると言えるのでないか。
 分類の単位を「タクソン」と呼ぶ。
 何かを比較する際には、同レベルのパラレルタクソンの間で比べなければならない。そういう基本的なルールを無視しているのが「日本文化」論や「国学」だという。
 日本文化というタクソンと比較するべき同等のタクソンは、朝鮮文化やベトナム文化であるべきなのに、西洋文化というレベルがはるかに上位のタクソンと比べるという誤りをおかしている。国学も、洋学・漢学という上位レベルの対象と比較するという愚を犯している。客観的な対照を欠いて主観的に論じると、ときにとんでもない結論が出ることになる、と批判する。
 獲得形質が遺伝する、という、スターリン時代に一世を風靡したルイセンコ遺伝学説も、パラレルタクソンを考えることもなく、対照区法も考慮しない例だという。
 宗教を土着宗教、経典宗教、新興宗教と分類するのは普通だが、それらに加えて科学宗教(マルキシズム、エコロジー)というタクソンを設ける視点もおもしろい。
 マルクス主義は、教祖があり、経典があり、献身的な信者がいて、マルクス・レーニンの尊像をかざり、その下で儀式的な会議をやる……から宗教そのものだという。エコロジーも「無農薬運動は、危険性は現実にはほとんど起こっていない。……科学をつまみ食いした心情の力が大きい」と指摘する。左翼が強かった時代だから猛烈な反発があったことだろう。
 サルから人間に「進化した」という「価値観」の伴う表現を批判し、進化ではなく「変化」と言うべきだという。
 まさにあらゆる分野の専門家を「分類」という視点から遠慮なくぶった切る。すごい知性だと思う。

 中国では、同姓であると結婚できず心中する例もあるのに比べ、日本は戦死した兄の嫁と独身の弟が結婚する例があり、従兄弟結婚も制約がない。日本は、結婚に関して解放度がきわめて高い社会だという指摘もおもしろい。
 分類してパラレルタクソンを設定し、比較することによって、自らの立ち位置の特異性が浮かびあがるのだ。逆に、分類は根本的には相対的・恣意的なものであり、絶対的な分類など不可能であることもよくわかった。

=======================

▽9 ナシの二十世紀は、日本中にあるすべてが1本しかない。自花不和合性だから、何本かに1本の割りで別の品種を植えるか、人工授粉する。
 ソメイヨシノも自花……だから、サクランボはほとんどできない。
 自花不和合性は、一番高等な被子植物だけにアイデンティティの存在が認められる。
▽19 小麦、稲は、自花受粉植物だが、交雑をするとたいへんな増収になることも。
▽21 金魚は稚魚をたべてしまう。稚魚を同種個体と認識する能力が欠けているようだ。
▽23 雀は、成鳥になると慣れないが、カラスやハトは慣れる。いったん獲得したアイデンティティを修正できる。
 同性愛という錯誤。
▽27 ホトトギスは渡り鳥。故郷というアイデンティティ。
▽35 分類単位=タクソン ニューギニア原住民の文化の中で、薬草の種類と効能に関する体系は予想外に豊富。中国でも同じ。「本草学」が博物学となり、さらに生物分類学として進展する。
▽36 植物図鑑という分類学の本は、牧野博士の発明品で、外国にはない。
▽50 
▽52 マルクスの発展段階説は、最終的にはひとつの極相になるというモノクライマックス説のひどく単純素朴なものだが、分類の論理ということに認識を欠いた人間社会で、大きな影響力をもったのは面白い。
▽57 文字や数字を組み合わせた記号=コード 十干十二支。60年で循環する循環コード。
▽60 品種 
 図書分類 
▽66 HRAFのコード。人間の使用する道具、行為、思想など有形無形のもののすべてを属というレベルのタクソンに分解し、それにコードナンバーをつけるという分類法。
 ムチレーション(身体を傷つける割礼など) 日本は入れ墨などのムチレーションがある文化。中国中南部や台湾も。オセアニアやアイヌも。南西亜細亜は割礼があり、アフリカ黒人も。……ユーラシア大陸北部の牧畜民や遊牧民ではまれ。ヨーロッパでも中国でもムチレーションは刑罰が中心。
 割礼というテーマからHRAFのコードを見ると、割礼はムチレーションの一つにすぎないことに気づき、バランスのよい考察ができる。人間関係のほとんどすべての項目に資料があるということは、人文・社会学のほとんどすべての場合に役立つ。
 論文を書くならばHRAFを参照するべき。〓
▽80 類型分類 規格分類 系譜分類 動的分類の4大タクソン。最初に類型が登場した。
「類型」は、境界が不明瞭であるという欠点がある。
▽91 ディオスコリデス以後、ヨーロッパの本草学は中世の停滞期に入り、新しい分類学のシステム、方法などの発達は滞る。それを一挙に打ち破ったのが、、18世紀に入ってからの生物分類学の父といわれるリンネによる分類システムである。
▽99 万葉集の時代は野生の野菜が主に使用されていた。その後栽培野菜が増加すると、蔬菜という区分ができた。
 野生の野菜は、春夏は多いが、秋冬は非常に少ない。中国や日本では蔬菜の栽培は秋、冬に収穫される冬野菜の栽培がさかんになる。地中海気候の地域に原生していた大根、青菜、ネギなどを導入して栽培することで達成された。
 夏野菜は茄子、キュウリなど熱帯原産の果菜類があり、葉菜は少ない。ここに、冬野菜・夏野菜という類型区分が生まれた。生活に密着した類型分類。

▽103 ホウレンソウは17世紀に伝来したが、明治以後西洋から入ったホウレンソウとはやや異なる。白菜も、実は、明治以後に中国から渡来した。洋菜と日本野菜の区別も境界不明確という類型分類の特性があらわれている。

▽105 木菜と草菜 日本は木菜をよくつかう。ほとんどは野生の利用。東アジアからオセアニアにわたる、世界の一部にだけある文化。
 シダ類を食べるのは、世界では非常にまれ。
▽109 クライテリオンの設定いかんによっては、いかに異なった分類結果が成立するか。
▽111……
▽127 「日本文化」を論じ、比較する場合、同じレベルのパラレルタクソンの間でしなければならない。文化のパラレル…タクソンには、メガ(大)文化、ユニ(単一)文化、メタ(包括)文化、ミニ(小)文化の4類型がパラレルに存在する。日本文化の比較相手は、朝鮮ユニ文化、ベトナム・ユニ文化であり、中国メガ文化、ヨーロッパ・メガ文化などとの比較は慎重でなければならない。日本文化を孤立タクソン的に把握する(主観性)のは、分類以前の発想・手法である。孤立タクソンの論理は分類学を欠いており、論理そのものが大きく欠陥をもつ。客観的な対照を欠いていて、主観的にできているおり、ときにとんでもない結論が出る。〓
 国学も孤立タクソン的手法。比較する「外国」は、パラレル・タクソンか否かも吟味することなく、主観的に外国を選んで比較したりする。日本では、国学は、洋学、漢学とパラレル・タクソンになっている。
 ……文化論では、世界のすべての民族文化、一定のシステムに従ってパラレル・タクソンに分解し、整理して分類体系をつくりあげる必要がある。大変な作業だ。
 しかし、客観性を増すための簡便法はありうる。それが「対照区法」だ。
▽134 ルイセンコ遺伝学説 孤立タクソン的手法ではじめて、パラレル・タクソンを考えることもなく、対照区法も考慮しない例。
 ロシア革命後、バビロフは世界に探検隊を派遣し、栽培植物を収集。分類して遺伝しの地理的分布を考察し、遺伝子中心地説を説く。
 ところが、品種改良による大増産はうまくいかない。
 スターリン強権下で、ルイセンコが力をもち、獲得形質は遺伝するという説が幅をきかす。ついにバビロフは逮捕され、刑務所で栄養失調で死亡する。
 ……ルイセンコは、自己の農業新技術の効果測定について、配下の試験場へのアンケート方式を用いた。迎合的な報告を集めて、新技術の効果とした。
▽142 正統派の遺伝学者とルイセンコがソ連農業科学アカデミーで議論した際、ルイセンコは「党中央委員会はわたくしの報告を検討し、それを是認した」と演説。正統派は自説を撤回し、変節、改宗することを表明した。……小麦の分枝が環境の影響でライ麦や大麦に返歌するなどという珍説もでてくるようになった。
 ……誤りをチェックする対照区法の重要性を認識できれば、ルイセンコ遺伝学がはびこることはなかった。
▽158 宗教の分類
 土着宗教(アニミズム、神道、ギリシャ神話) 経典宗教(ヒンズー、仏教、ユダヤ教、キリスト教、道教……) 新興宗教(太平道、天理教、モルモン教) 科学宗教(マルキシズム、エコロジー)
 儒教 「怪力乱神を語らず」という孔子の言葉は、「怪力乱神」が普通だった時代への文化大革命を意味したのだろう。
 祖先神宗教は神道が典型。実在の人物が生存中から、あるいは死後まもなく神になりやすい。乃木神社のように。日本神道と中国道教の一致点は多い。台湾には蒋介石の廟ができている。双方とも教理に関心がにぶく、現世利益を求めて、雑多な神を便宜的に選んで信仰している。日中両国はこの点で、世界に例のない特色が共通している。
▽162 ギリシャのパンテオンの神々は、西アジア各地や、諸民族の土着の神をギリシャ人がとけこんで、習合させて自分たちの神として完成させたものと見られる。
 美の女神アフロディテは、もともとは石器時代の地母神に由来すると見られる。
▽163 ヒンズーは多神教。ゾロアスターは、はっきりした一神教ではないが、多神教から一神教への進化の中間段階の存在とみたい。
 一神教のユダヤ、キリスト、イスラムは、兄弟のようなタクソン。一神の神はあるが、それが具象化された彫刻・絵画はほとんどない。神への捧げ物をすることもほとんどない。しかし神のかわりのイエスやムハンマドは尊敬される。イスラムでは、メッカに向かう方向は示されるが、祭壇らしき設備はない。一神教の神は不思議にも実在不明な神である。(〓=他者)
▽167 中国の歴史の3つの大反乱宗教。黄巾の乱と、白蓮教の乱と、太平天国。共通しているのは、都ではなく地方農村部で力を蓄えたこと。中国共産党は第4の反乱宗教ともいえる。

▽169 マルクス主義は、教祖があり、経典があり、献身的な信者がいて、布教に熱心で、マルクス・レーニンの尊像をかざり、その下で儀式的な会議をやる。まさに宗教そのもの。科学宗教の第一号。
 次の科学宗教はエコロジー教。心情が科学の一部を、いわば「つまみ食い」し、それを栄養源として胎児を育てはじめた。ルイセンコ遺伝学と同様、エコロジーによろめく学者はたくさん出るだろう。
 残留農薬の被害はほとんど見あたらないのに、無農薬運動は、被害が見えている農村ではなく、都市が主導した。危険性は心情的には理解できるが、現実にはほとんど起こっていない。……無農薬有機運動は、やっぱり科学をつまみ食いした心情の力が大きい。この心情が過大成長すれば、信念となって宗教に近づく。
 エコロジー教では子孫の幸福、人類の未来といったことが主張される。マルキシズムでは、未来の理想社会を描いている。科学宗教は、未来学の宗教である。

▽176
▽181 元号による紀年法は中国の漢の武帝による建元元年が最初とされる。現在では日本にのみ残っている。
▽183 日本のメートル法は、私が小学生のとき。「キロキロと、ヘクト、デカけてメートルが、デシを取られて、センチ、ミリミリ」という語呂合わせ。尺貫法の目盛りの機具をつくれば刑事罰が科された。1間が6尺、1間四方が1坪、300坪で1段、段2石なら2人1年分の米。1坪の稲で2人の1日分。5人家に5段あれば生きられる。
▽188 
▽201 バナナ 発生地は東南アジア インドまたは東南アジアから、キリスト誕生のころに東アフリカに到着し、陸路西アフリカに伝播した。スペイン人がバナナを新大陸に導入した。
 栽培バナナの起源は、ムサ・アクミナータ種と、ムサ・バルビシアーナ種の2種。沖縄のイトバショウは、バルビシアーナ種。
▽216 メソポタミア、エジプト、インド、中国の古代帝国はことごとくオオムギがつくりあげた。いずれも文字のある歴史時代にコムギ時代へと転換した。
 オオムギはコムギより土壌の変化への適応力がすぐれ、早熟で、病害もすくなかった。
 コムギにとって変わったのは食味の問題。コムギは水を加えてこねると粘りが出て、パンやうどんにできるが、オオムギからは、せいぜいケーキ状のパンまがいのものしかつくれない。
 世界でオオムギが主作になっているのは、世界でチベットだけで、ツァンパ(麦こがし)となる。
▽228 3原色を感知する人間の目
▽234 系譜分類 過去の系譜・因縁がどうであったかが、分類の唯一のクライテリオン。
▽240 
 便の大きさのおよそ3分の1はバクテリア。バクテリアは普通細胞の10分の1以下。重量では千分の1、万分の1。このことがバクテリアの活動力を生みだした。小さくなるということは、重量に対して表面積の比率が飛躍的に増大する。バクテリアは繁殖が迅速で、化学物質の分解、合成が能率的なことは、細胞が小さいことからよく理解できる。
 ……ウイルスは、DNAまたはRNAのかたまりの上にタンパク質の服を着たようなもの。
 ▽244 人間は「価値観」から解放されない。だから科学者も、サルから人間に「変化した」と言わず、「進化した」と言う。「進化」は科学用語ではなく、心情用語だ。〓
 ▽251 家系。父系原理の典型は古代ギリシャ・ローマにみられ、コーカソイド系のヨーロッパ、インド、中国は父系原理。日本は双系とされる。
姓名と氏名。家系の家族名は、古い文明地帯ではたいてい存立しているが、後進社会では家族名を知らない民衆が膨大に存在手居る。戦時中の朝鮮人への創氏は……(日本の民衆も江戸時代までは姓がなかったのでは?)
 ▽252 中国 同姓であると結婚できず心中する例も。日本は戦死した兄の嫁と独身の弟が結婚する例があった。中国人にとっては「人倫にもとる」。日本は、妻の死後に妻の妹などと結婚することも可能で、結婚に関して解放度がきわめて高い。いとこ結婚にも制約がない。婿入り婚も。日本は結婚に関しては自由度がきわめて高い社会。〓

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次