角川学芸出版 20091125
民の立場から官に立ち向かう
「平熱の思想家」という位置づけがさすが、と思う。封建制度を人一倍憎み、熱狂的な時代に一人冷静で、〓〓より金儲けのほうがよっぽどよい、と説く。一見「拝金」主義にみえるが、そうではなく、おかしな〓〓をやるよりも豊かになればよいではないか、という独特のプラグマティズムだった。
森鴎外ならの東大エリートに排除されかけた北里柴三郎を助け、自由民権の急先鋒で〓でアメリカで客死した〓をひそかに支える。本人は「平熱」だが、先端をすすむ一種過激な人間をもささえた。
では「脱亜入欧」といい、中国や朝鮮半島をさげすんだのはなぜか。この部分が進歩派から批判される部分だ。実は中国や朝鮮をさげすんだ文章は福沢が書いたのではないのではないか、という。たしかに脱亜は説いているが、それは、封建的な権力の排除を説いているのであり、朝鮮/中国をさげすんでいたわけではない。その証拠に、独立運動をした金〓〓を物心両面で支援した。
熱い心をもち、生活態度は野放図で変人だけど、時代に流されず、冷徹な目でみながら、現実主義を徹底したプラグマティスト。単なる中庸ではなく、暗殺される危険をもおかす人でもあった。そんな姿をさまざまな人の目を通して浮き彫りにしている。
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▽17 松下竜一のユーモア 「アハハ……敗けた、敗けた」という垂れ幕。一番怒ったのは法曹界の人だった。応援していた民法学者から絶縁状を送りつけられた。松下は「われわれがコケにしたのではない裁判所がわれわれをコケにしたのだ。最終弁論さえ許さずに裁判を打ち切った不真面目な裁判所の恐れ入る必要はない」
▽54 人民同権を唱える者の多くが士族であることに批判的。秩序を乱す者への不信感があった。
▽89 人間を欲望が社会の進歩に役立つとする功利主義に諭吉は肯定的で、ベンサムを評価。。兆民は否定的。ルソー派。
▽118 田中王堂という哲学者は、福沢諭吉や二宮尊徳の思想に日本的プラグマティズムを見だした。善悪についての相対主義的認識を賞賛。
▽129 脚気が菌によるものと主張する先輩を批判する論を主張して北里は東大一派に嫌われる。森鴎外も北里が先輩の論を批判したことを非難する。
▽135
▽197 電力の鬼と呼ばれた松永安左衛門 「官僚という別の人種がいるのではないんだ。人間が権力を持ったときに示す自己保存、権力誇示の本能の表現、それが官僚意識というもんだ」。電力の国家管理にも反対した。
▽214 「行ってらっしゃい」「お帰りなさい」と玄関まで迎えられるのが大嫌いで、家族に禁じていた。嫁入りでもっていく物に「福澤家」と書いたら、それを見つけ「家の字はよろしくない」と、家を消した。何々家というのは威張る感じでイヤだというのである。
▽240 弟子の池田成彬 三井のリーダーに。暗殺の脅威にさらされていた。警戒のため、北一輝に資金を提供していた。
▽247 犬養毅 尾崎行雄も弟子。……石に齧りついてでも遣り遂げると言ったら、石や砂が米になるものではないからそんなことを言ってはいけない、と諭されたとか。
▽258 「世間の識者に見せるため」と尾崎が言うと、「バカものめ! 猿に見せるつもりで書け。オレなどはいつも、猿に見せるつもりで書いてるが、世の中はそれでちょうどいいんだ」
▽260 尾崎が衆院選に勝利すると、「道楽に発端し、有志と称す 馬鹿の骨頂、議員となり 売りつくす先祖伝来の田 勝ち得たり1年800円」という文言を尾崎の鼻先に突きつけた。……尾崎は軍国主義下でも節を曲げない数少ない政治家となった。三国同盟に反対し、昭和17年には不敬罪で巣鴨拘置所に放り込まれている。80代半ばだった。
▽270 犬養暗殺。9発の弾丸を浴びながら、「いまの若いモン。話して聞かせることがある」とそばの者に命じた。
「シナのものはシナへ返せ」と主張する犬飼と、軍部とは水と油の対立関係だった。
インターナショナリズムとユニヴァーサリズムこそ、犬養が福澤から受け継いだものだった。尾崎もそれを継承し、晩年は世界連邦運動に力を入れることになる。
▽278 慶応では教育勅語を読まず、君が代を歌うこともなかった。型式ばったことが嫌いだった。
▽289 石河幹明 福沢像を歪める。福沢とはゆかりもない緒論説を福沢の指示によると称して書いた……
▽305 金玉均 朝鮮の独立と開化をもとめた。それを支援したが、暗殺される。「脱亜論」でいう「悪友」とは朝鮮の政府要人や李鴻章である。
▽309 諭吉の孫の福沢進太郎はスペイン戦争に市民軍兵士として参加した唯一の日本人だった。
▽310 時代がどんなに異常で高熱になっても、平熱を保ちつづけようとした。その困難さはたえず暗殺の恐怖がつきまとったことだけでもわかるだろう。
馬場辰猪がラディカルな民権家になっても支持しつづけた。
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