■集英社 20240124
「人新世」の危機が深まれば、市場は効率的だという新自由主義の楽観的な考えは終わりを告げる。コロナ禍でのロックダウンのように、慢性的な緊急事態に対処するため、大きな政治権力が要請され「戦時経済」が生まれ、政治がトップダウン型に傾いて民主主義の危機も引き起こす。今はそんな時代になっている。
それを克服する道として「自治」と「コモン」を提示する。
□白井聡 大学における「自治」の危機
1968年は世界的の若者が立ちあがったが、日本の若者は、自分は革命を語るに足る人間なのかといった自己批判をつきつめる雰囲気が強かった。そのなかから連合赤軍事件の「総括」が生まれてくる。
大学紛争を機に学生の自主管理は抑圧される。抑圧の対象は、無党派だが声をあげるようになったノンセクト・ラジカルの学生と、強固な組織をもつ共産党だった。両者をおさえるため、日大では体育会、早稲田では革マルを利用し、多くの大学で原理研の活動が容認された。「秩序」をとりもどすため、左右のカルトを利用した。
管理が強化されるなか、大学からたまり場がなくなり、オンラインなどの「孤立のテクノロジー」が導入される。かつては人間関係によって情報を集めて単位をとったが、今は授業にでるよう管理され、、大学側が情報を提供する。立命館大学の学生食堂のプリペイドカードは、学生がなにを食べたかのデータが親のもとに届くそうだ。
大学紛争の反動として、カルト支配とレジャーランド化の時代が生まれ、レジャーランド化への批判として、消費者の論理にもとづいて管理の要求が高まった。
大学は「安全安心」な場所へと無菌化され、学生たちがカルト宗教や政治セクトに勧誘される危険性はなくなったが、あらゆるリスクを排除した結果、学生から市民的成熟はおろか、民主主義社会における主権者としての最低限の精神態度すら奪ってしまった。
□松村圭一郎
小規模な財産所有者はマルクス主義では「プチ・ブルジョワジー」と蔑視されたが、独立自営業者や小農民は、「他人から指図されることなく、自らが働く日やその内容をコントロールしている」「そのことが生み出す自由と自尊心の感覚への欲望」「小規模自作農と商店主が幅をきかせている社会は、今までに考案された他のいかなる経済システムよりも、平等性と生産手段の大衆所有制にいちばん近づいている」といった評価が高まっている。小さな生産手段をもっていることが、個人の自律と自立を支えるのだ。
□岸本聡子
水道民営化によって設備更新がとどこおり、料金が大幅に値上げされ、水道をとめられる貧困世帯が出てくる。
また運営の仕方や経理は「私企業」だから秘密にされる。経営が不透明だから水道を住民のものとして積極的に管理することはできず、「自治」の力をつぶす。
それに対抗するため、スペインでは「バルセロナ・イン・コモン」という地域政党がうまれ、コモンの拡充をはかる女性市長が2015年に誕生した。
パリでは、水道事業運営に市民も参加できる「市民営化」という水道事業の仕組みが、2009年に水道再公営化を果たした後に誕生した。
EUで公立小学校で提供される給食の食材は、競争入札が義務づけられたが、グルノーブル市は、食材がどこからくるかを学ぶ農場見学をカリキュラムに入れたので、近隣の農場でなければならない、という理由で押し切り、「食」の決定権をEUから奪い返した。これらの都市を「フィアレス・シティ(恐れぬ自治体)」という。
チリのサンティアゴのレコルタ区は、2012年から左派が区長をつとめ、薬局の公営化を実現した。月々の薬代が7割やすくなった世帯もある。
チリがめざす国民皆ケア・システムでは、「ケアを仕事として認めること」「有償・無償にかかわらず、ケアに従事する人の権利、すべての人のケアされる権利を確立すること」を出発点に。家庭で無償でおこなわれているケアの一部をプロフェッショナル化して国家が支援することをもとめている。
市民の声が反映された予算が執行され、成果が地域に還元されるようにする必要がある。その手段のひとつが、市民が使い道を決めることのできる参加型予算だ。南米ではじまり、バルセロナでは年間の投資予算のうち2020年には113億円が参加型予算になった。日本でも導入している自治体がいくつかあり、杉並区も2024年度にスタートさせる。
□木村あや
市民が健康や環境について自らデータをとり、知識と情報を集めるのは大切だが、市民にアウトソースしているという観点で考えると、学術研究への助成の削減や、行政による網羅的な規制・モニタリングの縮小につながってしまう可能性もある。
ひとつのデータをとるということは、ほかのデータをとらないということをも意味する。データには、市民のまなざしを誘導したり、一定方向に向けさせる機能がある。
データをとることが自己目的化してはいけない。
□松本卓也
1968年的な革命運動のなかで「反精神医学」がもりあがり、学会も解体された。その後の「ポスト68年」では、権力構造の転覆よりも、当事者同士の横のつながりを重視した。既存の医学に対しては「半分借りる」といった態度をとる。
浦河町の「べてるの家」の「幻覚&妄想大会」は、一番すごい幻覚や妄想を発表した人が優勝する。精神医学が患者に押しつける基準とはまったく異なる基準を当事者たちがつくり、イベントにまでしている。当事者グループの「自治」だ。
「べてるの家」では「自分のことは自分で決める」ではなく、「自分のことは自分だけで決めない」と強調される。よく似た困りごとを抱えた仲間とグループで研究することによって、自分の語りを取り戻すことができると考える。
「反省」「批判」ではなく、自分に起こっていることを「共同で研究する」ことが大事にされる。このへんも、「自己批判」が重視されたありかたとは異なる「ポスト68年」的だ。
(北九州の野宿者支援NPO法人「抱樸」)
□藤原辰史
農村の「自治」について柳田国男は、近世村落に起源をもつ「郷党」の結束を基盤に、近代資本主義にも対応できる協同組合(産業組合)をつくることに希望を見いだした。村落自治の伝統に、近代的な協同組合の「相互主義」を重ねようと考えた。
農業経済学者の斎藤仁は、日本では国家主導の近代化がすすむなかでも共同体が粘り強く残存し、それが変化しながら近代化を支えたとみる。柳田と同様、産業組合も村落自治が発達したところで一層発展する傾向があると考えた。
権藤成卿は、資本主義や近代化に完全に対抗するものとして民衆の「自治」を考える農本主義的思想家だ。多くの農本主義者は反資本主義的かつ封建主義的な色彩を帯びる傾向があった。
丸山真男は、日本には、天皇を中心とした絶対主義的国家権力を強化しようというファシズムと、日本という観念の中心を国家ではなく郷土的なものに置こうとするファシズムがあると主張した。村落共同体的なものが、お上に唯々諾々と従う非主体的な人間をつくってきたと考え、そういう姿勢こそがファシズムの土台だったと考えた。
丸山らのように村落共同体をファシズムの温床として否定するのでもなく、柳田や斎藤のように近代化の培養地として評価するのでもなく、共同体の完結性と自立性を訴えるのが権藤の自治論だった。
(1932年からはじまる農林省の農山漁村経済更生運動。各村に更生の計画を立てさせ、優れた申請に補助金をつけるという「選択と集中」をもとめるものだった。)
梁瀬義亮にはじまり、槌田たかしらにつながる有機農業は、自治的な人間関係が原点だったが「現代の有機農業から、そんな意識が薄くなっている」と槌田らは危機感を感じている。「オーガニック」というコトバが、消費を促す記号となり、有機農業が挑戦していた資本主義社会の弊害の克服というよりは、資本主義を補強し「自治」とは異なるものになってしまっている。
自治としての有機農業を再生するためにも、放射能汚染とたたかった福島の有機農家の歩みをたどる意味があるのではないか、と思った。
□斎藤幸平
近世では、コミュニティの「自治」で実行できたことがたくさんあった一方で、封建的な因習や男女差別、しがらみがあった。だからこそ、貨幣でなんでも買える商品社会の到来は「解放」でもあった。
だが資本主義が広まりモノをつくる工程を分業化すると、熟練労働者は不要になる。労働者は命令を「実行」するだけの受動的な存在になっていく。労働者の自発性は奪われ、なにをどれだけつくるのか「構想」するのは資本の側になる。
資本主義的コスパ思考は、リベラルの側にも影響をあたえている。コスパの悪い「自治」やデモなどでなく、コスパのよい「魔法の杖」に頼ろうとする。そのひとつが金融緩和やベーシック・インカムなどの反緊縮派の主張だ。「上から」制度や政策を変えさえすれば社会も変わるという「政治主義」「制度主義」の発想だ。 2010年代以降の社会運動のスローガン「選挙に行こう」「野党共闘」も、政治主義的改革の道しか思い描けなくなっている現状を示しているという。
トップダウン型では「構想」と「実行」は分離されたままで、民主主義や「自治」に必要な私たちの能力は回復しない。「上からの改革」を効率よく進めるため、自由や平等が今よりも失われる危険性もある。
コスパ思考は社会運動も保守化させてしまう。「対立を恐れず、社会を変える」モデルをあきらめたNPOが「行政の下請化」している。ソーシャル・ビジネスに夢中になる流れも強まっている。社会運動が権力の補完勢力に成り下がっていく。
マルクスは、トップダウン型の法制度改革を「法学的幻想」と批判し、「自治」を育むボトムアップ型の組織「アソシエーション」を広げることが社会を変えていく基盤だと考えた。
ソ連は、労働者たちの「自治」はなく、国民は、管理対象の「モノ」だ。社会民主主義の福祉国家体制でも、官僚制が肥大化して市民の側は非効率なサービスを享受するだけの受動的な存在になってしまった。労働組合も官僚的組織になって労働者の自治組織は失われた。
20世紀の左派の社会変革構想は、垂直的で中央集権的な組織原理を前提にしていた。
社会主義や福祉国家への批判を利用して、新自由主義が官僚制からの「自由」や「民営化」を打ち出すが、それによってコミュニティは解体され、市民の「自治」の能力が奪われた。
20世紀型の民主集中制では、平等な社会はつくれない。トップダウンではない運動としては、ウオール街占拠運動が生まれたが、「水平的ネットワーク」だけでは素朴政治になり、ばらけてしまう。
スペインのポデモスは政権をとったが、自らを支えてきた社会運動を切り離し、政党自身で決定する仕組みに転じる傾向が出てきた。これでは市民による「自治」は育たない。
ならば、まずはローカルな自治体を変えようと、「ミュニシバリズム」が国際的なネットワークを形成するようになってきた。
自治をとりもどすには「構想と実行の再統一」を実現し、自主性をとりもどす必要がある。アントレプレナーシップを育むには、政治ではなく、広義の生産の次元を変えなければならない。コモンによる経済の民主化が政治の民主化につながる。コモンの領域が変わることで政治も変わり、「自治」も取り戻すことになる。
労働組合や都市住民が推進した1970年代の革新自治体とのちがいは、変革の主体として、小さな生産手段を所有する小農民や商店主らを重視していることにあるようだ。
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