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老化も進化<仲代達矢>

■講談社α新書 20201210

 仲代達矢は脚本家で演出家だった奥さんをがんで亡くしている。「立ち直るまで」を描いた本人が言っている。死別を経験して「立ち直り」を前面に出す人は珍しい。
 「死」だけでなく、子どもを死産で亡くしているところまで僕らと同じで驚いた。
 下積みから苦労してきた人だけど、今までの人生で一番の試練は奥さんの死だという。
 すい臓がんの手術を受けて成功して「あと2年は大丈夫」と言われたと思ったら、がんが血液に飛び、4カ月で肝臓に転移し、半年で亡くなってしまった。「原因は私にもあるのでは?」という思いを払拭できなかった。
 奥さんは、飲んだ薬の名や量、体調や療法を克明にメモしていた。僕の妻も、B6判のノートに薬や食べたものを細かくメモしていた。最後に体調が急速に悪化すると、ミミズの這ったような文字になっていった。
 筆者の奥さんは「がんはとってもいい病気ね。…意識もしっかりしているし、何カ月か、最後の準備期間があるから、がんはがんで悪くないと思うの」と言った。最後まで美しく死にたいと願い、毅然としていた。遺書には「これからの願いは、あなたが幸福に人生をまっとうしてほしいことだけです」と記されていた。これもまたそっくりだ。
 死後、テレビ番組で長い旅に出る。それでじょじょに癒やされる。
「かけがえのない人を失った悲しみは、今まで気づかなかったささやかな喜びを見つけるパワーを与えてくれた……人はだれもがいつかは愛する人を失う悲しみを味わいます。そして、人はどんなに絶望しても、命ある限り生きつづけなければなりません」
「ささやかな喜び」は死者からの贈り物、と感じていたのは僕だけではなかったんだ。
 そして筆者は「私が失った大切な人たちは、私に「生きる」という仕事を遺したのではないか、かつてともにした魂を新しく出会った人たちに伝えるために……、かけがえのない人たちと別れた深い悲しみが私にそのことを気づかせてくれました。今、決して強がりではなく、私は、私の人生を幸せに全うしたいと思っています」と記す。
 幸せに全うするという境地に達するものなのだろうか。そこはまだ僕にはわからない。
「人は老人になるほど怒ったような顔になります。…身だしなみも手を抜き、社会にも興味を失い、…。「人にどう思われてもいい」なんて、思ってはいけません。イライラすると顔に険が出て、さらに老け込んだ感じになります。腹立たしいことがあってもにっこり笑って「しあわせです」という顔をする。そうすることによって、幸せに少し近づけます」
 心の中は不幸でも、顔だけは笑っていよう。その大切さは少しずつ僕もわかってきた。

 生い立ちや役者人生についての独白も興味深かった。空襲を経験し、明日のことなど考えられない日々を送ったのに加え、終戦後に豹変する大人たちを見ていたから、悪しき体制に対しては、反骨精神を忘れずに平和を唱えるという。
 フランス映画が好きで、ハリウッド映画はハッピーエンドで程度が低いと思っていた、というのも仲代達矢らしいと思った。

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▽30 なくなる2カ月前の39回目の結婚記念日、仲代にプレゼントした色紙には「おいしい人生をありがとう これからもずっとずっとよろしく」と書かれていた。
▽64 黒澤監督に打ちのめされる。たった5秒のシーンのため「歩き方がなってない」と朝から午後3時まで延々とやり直しをさせられる。「黒澤作品には二度と出るもんか」と思った。……その後「用心棒」で「あの時の君を覚えていたから使うのだ」と言われたときは感激した。
▽70 1955年には日本の映画制作数は423本に達し、世界最高に。
▽111 新劇は、歌舞伎、新派など伝統的なものや商業演劇への反逆で、明治のころに、市川左団次屋小山内薫らが新しい芸術運動として起こした。…新劇が充実してくると、新しい波がが怒る。そのひとつが60年代のアングラ演劇で唐十郎さん、寺山修司さんらの活動。70年代になると、つかこうへいさんや野田秀樹さんらが活躍。
……新劇に生き残る道があるとしたら、悪しき体制に対しては、反骨精神を忘れずに平和を唱え、基本的には人間の生き方を問いつづけることだと思います。
▽132 ただ漫然と観光するのではなく、旅に何かひとつテーマをもって出かけることをおすすめします。
▽140 死後、多額の借金が残されていることを知って愕然としました。
……40年近くの結婚生活でしたが、ケンカはまったくありませんでした。
……遺書にも再婚について書いてあった。ただし厳しい条件付き。「一人でいるのは大変だから再婚してください。ただ、あなたが保ってきた役者としてのプライドを傷つけるような人はやめてください」…結局は「やめろということじゃないか」と苦笑いさせられましたけど。
▽151 「あなたは強い人です。これを言えるのは私しかいないから言います。強いからこそ一流なのですが、孤独になります。歳をとったら優しくなるのがいいのです」
▽166 役所広司 塾にいたころは素朴でね。フォークソングをやりたくて上京したせいか、歌もうまいですよ。どんなに売れっ子になってもそれを感じさせず、いつも飄々としてあらわれる。
▽184 人は老人になるほど怒ったような顔になります。…身だしなみも手を抜き、社会にも興味を失い、…。「人にどう思われてもいい」なんて、思ってはいけません。イライラすると顔に険が出て、さらに老け込んだ感じになります。しかも、歳をとると腹立たしいことが日常的に無数にあります。それでもにっこり笑って「しあわせです」という顔をする。そうすることによって、幸せに少し近づけます。…歳を重ねるほどに、笑顔が必要です。(笑顔で生きる。幸せに生きることが幸せをもたらす)
▽195 宇津井健も王貞治も星野仙一も長嶋茂雄も…奥さんに先立たれた。
 妻に先立たれた男はみじめですよ。自分の始末さえできずに、身のまわりもおろそかになり、だんだん悲劇的な顔になってきます。
…過去にどんなにいい仕事をしてきても、今の、そのままの自分が本物かどうかということが大切。……実は今日しかない。今しかない。未来はわからない。 

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