■トランスビュー 201902
愛媛の友人に著者の名を聞き、死者は単なる思い出ではなく実在する、という主張にひかれた。
「記憶にある限り死者は生きている」とはよく聞く。だがそれでは、生きている私のなぐさめにはなっても、死者の幸せにはならない。死者は、単なる思い出としてではなく実在すると筆者は説き、デカルト、柳宗悦、吉本バナナ、内村鑑三、矢内原忠夫、小林秀雄、チェーホフ、遠藤周作……と、死者を感じながら生きていた人たちを紹介する。
それを実感できたら、どれだけすばらしいか。
「死者は考え、語り、そして行動する。彼らは助言することも、意欲することも、同意することも、非難することもできる。しかし、それには、耳を傾けることが必要である。……あなたの内部で生きようと欲している。彼らの欲したものをあなたの生命が豊かに展開することを、死者たちは欲している」(アラン「幸福論」)という言葉は、死者は単なる「思い出」ではないことを示す。死者に支えられなければ、生者は一瞬たりとも生きられないという。
死者の願いは、単に思い出してもらうことではなく、生者が死者と協同しながら、充実した生を生きることらしい。でもどうやって死者を感じ、協同できるのか。
悲しみは、死者が生者の魂にふれる合図であり、悲しむほどに大きな幸せがあったあかしであり、慰めと希望を伴う「恩寵」であるという。
妹を失った柳宗悦は「悲しみとは、慰めに満ちた、輝くような経験ではないだろうか。苦難がいつも希望を伴い、懊悩が常に歓喜を友とするように、悲しみは慰めを引き連れ、顕れる」と書いた。
「私は…妻を喪ったときにはじめて、自分が満たされていたことを知りました。悲しむことでその人の重みを知った」と筆者は記す。そして、「死者は私たちのそばにいる、ときに私たち自身よりも近くに存在している」「…死者に出会うため、私たちが最初になすべきは、『死』の呪縛から離れること。むしろ、避けようとしてきた悲しみこそが、生者と死者の間にある死の壁を溶かすのではないでしょうか」と記す。
いかに自分が満たされていたかはたしかに実感させられる。悲しみが慰めを伴うというのもわかる気もする。でも「ときに私たち自身よりも近くに存在している」という感覚はわからない。
もともと死者は身近だった。「ご先祖」は子孫を見守り、お盆には家に帰ってきた。死者が、生者を超える世界とこの世界とを縦横無尽に行き来するというのは「常識」で、死者との関係を望むことは人間の本能だった。それが失われつつあるのが近現代だという。
震災の際の多くの宗教は、死者と新たな関係を切り結ぶことが遺族の願いのはずなのに、死者の言葉に耳を傾ける前に彼らを別な次元に追いやることで決着をつけようとした、と筆者は批判する。
筆者自身も妻を喪ったとき、自分はもう本当に人を愛することができず、「孤独界」から逃れられないと思った。その感覚はよくわかる。愛されないのではなく、もう愛せないと思ってしまうものだ。
死者がそばにいて共に生きていると実感できるならば、ほかの恋人をもつ必要はない。と思ったら、矢内原忠夫は妻を喪って1年後に再婚した。終生、亡き前妻とともに生きていたという。再婚をだれよりも望んだのは亡き妻だった。
「先立つというのは、もっとも深き愛の営みだと、今は思います。なぜならば、遺された者は死への恐怖から解放され、孤独になることはないからです。…悲しみのあまり身が壊れそうになったことは何度もありました。しかし…いつも不可視な死者を、どこかで感じていたのではないか。私の悲しみは孤独による悲哀ではなく、言葉をもってからだをもってふれ得ないことへの悲しみではなかったか」とつづった。
矢内原にとって、死者と共にあるということは、与えられた生命をその極みまで生き抜くだったという。
「死者からの愛を経験した者は、それ以前とは違った形で他者を愛することを学ぶ。死者から愛を受けた生者は、それを死者に返すのではなく、目の前の他者に注ぐことを促される…死者との協同を感じている人とは、死者と共に何かを実践する人」と筆者は説く。そんな愛の在り方もあるのだろうか。
(「じーちゃん、今行くよぉ」。薬を飲まそうとしたら「もう病気じゃない!」といやがった。それは向こうの世界が見えていたからなのかも。それが正常だったのかも)
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▽19 大震災であれだけの死者が生まれたのにもかかわらず、誰もそれを真剣に語らない…鎮魂を言う人びとの発言からは、魂とは何かがいっこうに感じられない。宗教者でさえも、生者を思う死者の言葉に耳を傾ける前に、彼らを別な次元に追いやることで決着をつけようとした、と見受けられた。…遺族の願いは、死者の魂の安息を知ることだけでなく、新しい関係を死者と切り結ぶことだったのではないでしょうか。
…死者との関係を望むことは、人間の本能です。それが本能でなくなりつつあるのが現代です。
…愛する人を喪い、呻く、その嗚咽こそ、相聞歌の起源であり、もっとも切実なる愛野表現だと白川静さんは考えます。「相聞歌は挽歌誕生以前の慟哭に始まる」
…よしもとばななは、「キッチン」以来、死者を小説の主題としてきた。震災後「スウィート・ヒアアフター」という作品で死者の実在を描き出しました。
仏教哲学者の末木文美士さんは、死者の哲学の復権を唱えてきた。
▽21 「幽霊でもいいから出てきてほしい」
▽24 石牟礼道子 死者は「死民」となって自分たちと一緒に闘っているというのです。死民は亡くなった人の思い出ではありません。死者は、生者が自分の都合で変えることができない実在です。
▽25 死者なんかいない。だからこんなに悲しいんじゃないか、そう思い込む。私もそうでした。でも…死者は私たちのそばにいる、ときに私たち自身よりも近くに存在している、と今は感じています。(〓どうやって)
…死者の臨在をもっとも強く実感させるのは「悲しみ」です。死者を巡る悲しみは、死者が生者の魂にふれる合図です。悲しみは、いつも慰めと希望を伴って訪れる「恩寵」でもある。…それほどまでに悲しめる人と出会えた人生は、素晴らしいではありませんか。悲しいということは、それだけ自分の人生に大きなものがもたらされていたことの証であるのです。…私は…妻を喪ったときにはじめて、自分が満たされていたことを知りました。悲しむことでその人の重みを知った。
▽31 死者を語ることが封印された近代で、無条件に公然と死者の実在を語れるのは、宗教者もしくは文学者をふくむ芸術家です。彼らは遺族のかたわらにあって、死者の実在を真顔で語らなければならなかった。
…宗教とは、生者と死者がともに超越と不可分の関係にあることを示す契機であり、伝統であり、生きる道です。生者と死者が協同できなくてはなりません。
…死者を基盤にすえない道徳はもろく、死者を視野に入れない生命倫理はいつも科学の傀儡になってしまいます。
▽32 死者は、生者を超える世界とこの世界とを縦横無尽に行き来しながら生きている。宗教がこの「常識」を説くことをやめてしまうなら、存在する意味はないのです。
宗教の使命とは、生者と死者の協同の媒介となること。…死者の王とは「キリスト」の異名でもある。
▽37 妻の最期は…やせ細って、痛ましい姿でした。その記憶をたよりに彼女をさがしている間、私はその姿を見出せず相当苦労しました。…死者は、生者が想像するよりも光に充ちています。
…彼女が亡くなったとき…「孤独界」からもう逃れられないと思いました。自分は誰からも愛されないという感覚ではなく、むしろ、自分はもう本当に人を愛することができないという、烙印を捺された感じなのです。
▽41 「亡骸」は、現代がつくりだした、すべての終焉である「死」の偶像です。…死者に出会うため、私たちが最初になすべきは、「死」の呪縛から離れること。むしろ、避けようとしてきた悲しみこそが、生者と死者の間にある「死」の壁を溶かすのではないでしょうか。
▽47 デカルトは心身二元論を説いたというのは、皮相的見方です。彼はむしろ、宗教から自由な場所で、魂の存在を明言した人です。「肉体」と「魂」は、生きている間は不可分である、といったに過ぎません。
▽49 長く読み継がれてきた、作者が死者である文章を読む。これは、自分に向けて書かれた文章にちがいないと感じる経験があると思います。そのとき私たちはもう死者と出会っているのです。
▽51 柳宗悦 早くにお父さんを亡くし、妹、姪、愛息を喪う。彼の思想の根本にあるのは死者との交通です。「民芸」もまた、死者との交わりの先に産まれています。無名の死者との対話が「民芸」の発見へと結実していきます。
妹が亡くなったときに書かれた「妹の死」。
「悲みに於て妹に逢い得るならば、せめても私は悲みを傍ら近くに呼ぼう」
愛する人を亡くして悲しむ人に、悲しむのをやめなさいというほど、残酷なことはありません。…励ますのをやめろと言いたい。私をすくいあげてくれたのは、安易に励ます人ではなく、寄り添う人でした。
「涙よ、尊き涙よ、吾れ御身に感謝す。吾をして再び妹に逢わしむるものは御身の力である」。悲しみや涙は、生者と死者の間を取り持つ、いのちある存在となるのです。
…悲しみとは、悲惨なものではない、もっと慰めに満ちた、輝くような経験ではないだろうか。苦難がいつも希望を伴い、懊悩が常に歓喜を友とするように、悲しみは慰めを引き連れ、顕れるというのです。
▽61 「小林秀雄–越知保夫全作品」(慶応大学出版会) 越知さんは、近代日本の批評家のなかで、もっとも鮮烈に死者を論じた人物。
私の「神秘の夜の旅」に越知保夫の死者論を論じた…
▽68 死者はさまざまな瞬間に自らを顕す。ある言葉を読んだとき、ある光景を見たとき、芸術にふれたとき…死者の来訪は、喜びだけでなく、悲しみを通じていっそう深く経験されることもある。突然、私たちの日常に介入することもある。
死者を経験することは、けっして困難ではない。むしろ、現代に生きるわれわれにとって難しいのは、自らの経験を信じることではないだろうか。
▽小林秀雄 全作品
リルケ「ドゥイノの悲歌」 美しいまでの死者への献身の記録
アラン「幸福論」
チェーホフ「かもめ」 チェーホフも「神なき神秘家」。「世界に偏在する一つの霊魂」を信じていた。人間もまたその霊魂の一部である。死は新生の異名である。
「神秘の夜の旅」若松英輔〓
「あたりまえなことばかり」「リマーク」池田晶子 死者…つまり異界の者の思い為すこと、それが物語である 死者の思い為しを生者は生きている 死者に思われて生者は生きている したがって、生存とはそのような物語なのである
「基督信徒のなぐさめ」内村鑑三。不敬事件のあと、内村は事件の渦中にあって彼を支えつづけた妻を喪う。…妻は亡くなったが、いまも生きている、そればかりかいまも自分を支えてくれている。だから自分はキリスト者として立つ。魂の独立を宣言する信仰告白の書。
「内村鑑三をよむ」若松英輔 悲しみはいつもその彼方に、私たちを照らす光をたずさえている。
「モオツァルト・無常という事」小林秀雄 モオツァルトは、母親の死に伴う自己の「悲しみ」の経験を昇華させた作品。
「柳宗悦コレクション1〜3」(ちくま学芸文庫)〓
「民芸40年」(岩波文庫) 「木喰上人発見の縁起」「妹の死」…死者との再会を媒介するものが「悲み」であるなら、それは嘆きの出来事ではなく、むしろ恩寵であると語る。
「死の哲学–田辺元哲学選㈿」(岩波文庫)〓
「神谷美恵子コレクション『生きがいについて』」(みすず書房) 若き日に「恋人」を病で失う。生きがいとは、死者との関係を回復することだった(〓どういうことだろう)
「深い河」遠藤周作(講談社文庫)〓 彼が信じたカトリックにおける「復活」とは、死を経て、死者として新生することである。…第1章には、がんに罹患し、やがて「死者」となった妻を探す男が登場する。私の妻の病も同じだった。私も「死者」となった彼女を探した。…生者が死者の姿を見失ったと感じたとしても、死者のまなざしが、生者の魂から決して離れないことを感じたのである。
「渡辺京二コレクション1・2」(ちくま学芸文庫)
▽死は存在しない。存在するのは死者だけである。
▽132 死者が自分よりも自分に近いというのは、生者が自分の魂を見失ったときも、死者のまなざしは、そこから決して離れることがないからです。
▽155 矢内原さんは29歳で妻を亡くし、再婚しますが、生涯にわたって亡くなった奥様との協同を感じていました。
ゑんどうの芽は伸びて
うぐひすは来り啼く
死にし者また活くと
このよきおとづれを
(ウグイスやエンドウに死者の復活を見る。ウグイスは確かに)
妻の没後35年たって晩年に「春三月」を書く。
わが愛する者の召されたのは、
我を力強く生かせるためであった。
先立つというのは、もっとも深き愛の営みだと、今は思います。なぜならば、遺された者は死への恐怖から解放され、孤独になることはないからです。…悲しみのあまり身が壊れそうになったことは何度もありました。しかし…いつも不可視な死者を、どこかで感じていたのではないか。私の悲しみは孤独による悲哀ではなく、かつてのように、言葉をもってからだをもってふれ得ないことへの悲しみではなかったか。
…矢内原さんにとって、死者と共にあるということは、与えられた生命をその極みまで生き抜くことでした。
妻を喪った翌年、矢内原さんは再婚します。…彼に新しい伴侶との出会いを願ってやまなかったのは、亡くなった彼女ではなかったでしょうか。…死者への愛、あるいは死者からの愛を経験した者は、それ以前とは違った形で他者を愛することを学ぶ。死者から愛を受けた生者は、それを死者に返すのではなく、目の前の他者に注ぐことを促されるのです。
▽169 死者との協同を感じている人とは、死者と共に何かを実践する人です。…持続する無視の実践に、いっそう感銘を覚えます。
▽180 終末期医療の現場。患者を見ることなく、病状を診ることだけに専念する医師。…生命とは何か、魂とは何かをほとんど理解しない者が危機を司る。そこに悲劇が起こる。
▽182 魂が、からだの中にあるのではありません。魂がからだを、存在を包んでいるのです。
…彼女が「見えざる世界」に移ったことで、その世界があることが、いっそうはっきりと感じられるようになったというのです。…死者とは、信じる対象ではなく、「感じる」隣人である。
▽188 柿本人麻呂は、死者から「死」の相を振り払い、その新生を静かに告げる…死が姿を現すのは死者と生者の生きたつながりが断ち切られる時である。…死者を語らずに「死」を語ることは、生者と死者とのあいだにある「生きたつながり」を断ち切ることだというのです。
▽191 マルセルもまた、自伝「道程」で、死者である妻と遭遇した日にふれて、…あのような瞬間が人生に1回でもあれば、生きることの意味に疑いを抱いたりはしないだろうと書いています。
▽あとがき
妻を喪ってから五カ月ほど経ったある日、東北へ向かった。遠野で有機栽培をする農業家に会うというのが表向きの目的だったが、本当の理由が別にあることは、はっきりと感じていた。なんであるかは分からない…
夜、遠野の道を数時間歩いた。…どこからともなくやってくる、寂漠とした呼びかけを感じていた。だが、聞き逃すまいと立ち止まると、その「声」を見失ってしまう。何を告げられているか、とらえきることはできなかったが、このままで十分だと感じられた。…
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