■没イチ パートナーを亡くしてからの生き方<小谷みどり> 新潮社20181216
何か参考になることはないかと思って手に取った。筆者は死にまつわるさまざまなことを第一生命の研究所で研究してきたが、2011年に当時42歳だった夫を突然死で亡くした。
その経験をもとに、講師を務める立教セカンドステージ大学のシニア学生とともに「没イチの会」をつくった。「死んだ配偶者の分も、2倍人生を楽しむ」という趣旨だという。
筆者は夫を亡くしたことを実感できないまま、仕事や講義に追われた。「あなたを無駄死にさせないからね」という気力で動いているという。強いな。あまり共感できない。
彼女の体験よりも妻を亡くした男性に共感した。子供がおらず一人になった庄司信明さんは、働く意味も見失って新聞社を早期退職し、妻についての本を出版した。「本を書いているうちに気持ちの整理がついてきた気がする」という。彼の絶望感のほうが共感できる。
別の受講生は、相手ががんになって、まわりの景色の色がなくなって見えたという。同じ経験をした。でもその女性は、「3年ぐらいたったころ、ああ、主人はもういないんだ、と冷静に考えられるようになって…」というが、本当にそうなるんだろうか。
配偶者を亡くすと、①ショック②虚脱③閉じこもり④適応、という段階を経るという。故人を思い起こして悲しみにくれたりするのは②だ。③では、孤独感におそわれたり、怒ったり、泣いたりと感情の起伏が激しくなるらしい。自分は②か③かな。不眠にさいなまれたり、おいしい食事をした時に「相手には二度と経験させてあげられない」と申し訳ない思いにかられるというのも同じだ。上智大学のアルフォンス・デーケンさんが指摘する、罪意識や精神的混乱、ものごとへの無関心という部分もあてはまる。そのあと、あきらめと受容があり、新しい希望やユーモアを再発見し、最終的には、「苦痛に満ちた悲嘆のプロセスを経て、より成熟した人格者として生まれ変わる」という。そんな調子よく生まれ変われるとは思えないけど。
没イチになって、生活に困ったり、支障を来したりすることがなかったのは「よかった」と筆者は言う。私の場合は、支障をきたさないように考えた妻に家事の基本を仕込まれた。それはよかった。たしかに助かっている。
「悲しくてもつらくても、同じ思いを配偶者に味あわせなくてよかった、と思うしかないというのが、自分の経験から学んだ納得の方法でした」というのは、そうかもしれない。倉嶋厚さんの本でその言葉を見て、ちょっとだけ肩の荷が軽くなったのを思い出した。
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▽そのうち、はあり得ない。特に夫婦二人、元気にできるうちに何事もやっておく。思ったときにやっておかないと、そのときは二度と来ない。
▽遺品の整理。…一人になってしまっても、できるだけ早く外を向いて、・・つらいからと家にこもってしまう時間が長いほど、外に出て行きにくくなる。「面倒くさいな」と思っても出かけてみれば、プラスになりこそすれマイナスにはならない。
▽一人で、彼女の席と向き合う自分の席に座っていると、話す相手がいないなと改めて感じます。夜帰宅して酒を飲みながら彼女と話したのが、一番親密な時間だったと思いますから
▽二人で行ったり、経験したことは、一人になってもやろうという気持ちになります。(本当? 二人で行ったところを訪ねるのはつらくないか?)
▽どうにかしなくちゃという思いで、本はいっぱい読みました。城山三郎さんの「そうか、君はもういないのか」
▽鬱状態を治すには、とにかく外に出ること。
▽かいがいしく夫の世話をする妻は、実は夫の自立を妨げていると気づくべきです。定年退職をした男性が、外出をするときにどんな服装をすればよいかわからず、現役時代のスーツやゴルフウェアを着る人は多い。
▽将来の夢を列挙してみることで、残りの人生でなにが大切なのか、誰を大切にしたいのかが見えてきます。死ぬまでにしたいことは何かという観点で考えることができるからです。
▽夫と死別してからは「そのうちにしよう」「そのうち行きたい」という言葉を口にしないようにしています。したいことがあるなら、すぐに始めようと。
▽判断能力があるうちは「任意代理契約」、低下してきたら「任意後見契約」と二段がまえで同時に契約して備えておく。
訃報を知らせてもらう相手の連絡リストを自分でつくっておく
▽49日の納骨は、火葬になってからの習慣にすぎない。
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