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せいめいのはなし<福岡伸一>

■せいめいのはなし<福岡伸一>新潮文庫 20180606

 4人との対談集。それを構成する要素が、絶え間なく消長、交換、変化しているのにもかかわらず、全体として恒常性が保たれているシステムを意味する「動的平衡」の考え方で、文学や美術、文化人類学などの分野まで踏み込んでいく。科学を突き詰めることが哲学や文学にもつながることがわかり、刺激的だ。
 「生物は、細胞を先回りして自ら壊して、どんどんバトンタッチする。エントロピー増大が追ってくる一歩先を常に一生懸命走っている。エントロピー増大の法則に追いつかれたときが個体の死…でも私を通り抜けた分子は、その時すでにこの地球上のどこかほかの秩序にバトンタッチされている。それが38億年ずっとつづいているのが生命現象です」なんて説明は「死」の乗り越える哲学の領域に近づき、手塚治虫の「火の鳥」や仏教の世界観と同じだ。 「こうして生きている間にも毎日、私たちと外の世界は入れ替わっている」という考え方は、重い病気にかかったときにある種の救いになる。
 原子の構造は、太陽系や銀河の構造に似ていると思ってきたが、「極小の世界から極大の世界まで、同一の構造がサイズを変えて反復されるというのは、さまざまな宗教的神秘主義に共通する考え方。極小も極大の世界も、人間の等身大で理解できるモデルを適用することでしか理解できないんだから。等身大スケールで見えるのと『同じ構造』が見えることを人間は「理解」という言葉で言っているのではないか」という指摘は目からうろこだった。客観的な構造があるのではなく、人間がそういう形でしか認識できない、ということなのか。
 「人間は、闘争せずにいられる子ども時代が長いから、さまざまなことを学べて技術も習熟できる。楽しい子ども時代が長いことが、ヒトをヒトたらしめた…大人がファンタジーを子供だましというけれど、騙されているのは子どもではなく大人の方…怖れる、逃げるのではなく、まず接近してみることを選ぶ子どもっぽい行為が、文化を生んだと考えられる。戦うことより遊ぶことを考えるほうが知性的だといえるのです」。ファンタジーと迷信、宗教は同じことだろう。そういったものを頭から排除するのではなく、まずは真正面から見つめてみる。そういう感性を取りもどす必要があるのかもしれない。

 今の学校は作文という「情報化作業」、つまり言葉になっていく状況を体験せず、もっぱら既成の言葉を使っているから、言葉をつくりだす過程があることを忘れてしまう。言葉より事実が優先するという前提が崩れてきている。「生物多様性」を唱える危険性は、いろいろな状況がそれぞれにあるということが、きれいに抜けてしまうから。言葉が一人歩きすることで、ものごとが単純化、固定化されてしまう。歴史を必然として因果関係で語るようになってしまう。
  「ことば」で表現しようとすると、「情報」を集め、因果関係を求めてしまいがちだ。因果関係に収斂させない書き方を考えないといけないのだけど、一般の記事や報告文には許されない。小説だけがその可能性をもっているのかもしれない。
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▽内田樹
・ある遺伝子が欠如していても、ほかの細胞がその欠落を補うというのは、「レヴィ=ストロースの言うところのブリコラージュ」。
・「無価値な装飾品がグルグルまわるシステム」を通じて島の人たちが人間的に成長し共同体を存立させるであるクラ貿易は「動的平衡」に近い。
・経済活動は、「価値あるもの」をやりとりするために始まったのではなく、「交換する主体」となることで人間を成熟させるための装置だった。
・「回しているシステムこそが生命活動で、回す結び目が多いほど地球の動的平衡は安定する。だからこそ、生物多様性が重要になる」
・生命現象は、細胞を頑丈につくるのをやめて、ユルユル、ヤワヤワにつくってぐるぐる回す方向を選んでいく。…先回りして自ら壊して、どんどんバトンタッチしている。エントロピー増大が追ってくる一歩先を常に一生懸命走っている。エントロピー増大の法則に追いつかれたときが個体の死。…でも私を通り抜けた分子は、その時すでにこの地球上のどこかほかの秩序にバトンタッチされている。それが38億年ずっとつづいているのが生命現象です。
・ 「どれだけ多くの人と固有名においてつながっているか。どれだけ多くの人を支援したり保護したりする責任を負っているか。…そういう市民的成熟が問題なんです。問題は、貝殻をもつことではなく、どうやってパスするかということであって、パスのしかたによってのみその人のアイデンティティは示される…ラグビーと同じ。ボールをもらったラワンタッチでパスしなければいけない。だから、パスをもらってから「次、どうしようかな」と考えたら間に合わない。ふだんから考えていなくちゃいけない。
 …退蔵してはいけない。ぐるぐる回していかなければ経済活動もまた死んでしまう。
 …「生きている」ということは、いちばん必要としている受取手を過たずに見つけて、そこにピンポイントで「パス」を送り込んでいくこと。過たずにレシーバーを選びそこにパスを送る能力こそ、生きる力ではないか。
 ・自分探し=永遠の旅人。前後左右の細胞とコミュニケーションがとれなくなった細胞がES細胞やがん細胞。自分では何にもなれずに永遠に増え続けるしかない。
 ・蔵書が少ない。「これだけしか本読まないで、お前は本を書いているのか!」って。……アウトプットに忙しくて、本を読んでるひまがない。…とにかく退蔵するのが嫌なんです。記憶の中にあるものは全部出したい。
 ・抗ヒスタミン剤をのめば花粉症の症状はやわらぐが、飲めば飲むほど花粉に過敏な体質に導かれてしまう。動的平衡で考えると、因果関係が逆転してしまう。
 ・カウンセリング 「毒」をきちんと受けとめてあげないといけない。でも、毒を受け入れる人には、受け入れて、そのまま「出す」能力が必要になる。右の耳から入れて左の耳から流す。
 ・極小の世界から極大の世界まで、同一の構造がサイズを変えて反復されるというのは、さまざまな宗教的神秘主義に共通する考え方。極小も極大の世界も、人間の等身大で理解できるモデルを適用することでしか理解できないんだから。等身大スケールで見えるのと「同じ構造」が見えることを人間は「理解」という言葉で言っているのではないか。

▽川上弘美
 ・生物学も、文学も、宗教も、結局のところ、人間とはなんなのか、生きているとはどういうことか、世界はどういう風に成り立っているのかを知りたいというところからはじまったものだと思うんです。
 ・世界は混沌としているから、それをありのままに書こうとするんだけど、言葉によって規定すると言うことは、どうしても整理してしまう。だから、混沌とした世界をいかにそのまま差し出せるかで、小説を書く人間は心を砕く。
 ・がん細胞というのは、いったんは内臓の細胞などになったのに、あるとき、自分自身を忘れて逆戻りして無個性になって、無目的に増え続けて、全体の仕組みを乱してしまう存在です。
「…ES細胞やがん細胞は、ものすごく孤独なように思えます」永遠の孤独を生き続ける細胞。「もし永遠に生きたら、自分ががん化していることになるわけか」

▽朝吹真理子
 ・顕微鏡で細胞を見ても、不確かなものでしかなくて、何が描かれているかは「見え」ない。核、ミトコンドリア、ゴルジ体…部分ごとに名づければ、そのときはじめて「見えます」という感じで描けるようになる。ものが見えるというのはものすごく人為的なプロセスなんです。
 ・現在では、この世界は多元的なもので、因果関係は本当にはなく、ミクロの世界に往くほど、原因と結果を結ぶ因果律のようなものはどんどん失われていく。
 何かを選び取ることは、平行する別の可能性をすべて壊すこと。だから本当の因果律は存在しない。すべてが同時的に並行的にあること、これが本当の「自由」だと思いますが、人間は自由が怖いのです。
 ・ウーパールーパーは、大人になることを拒否し、鰓呼吸のままで、顔はいつも微笑しているみたい。子どもの姿のまま性的には成熟した。…子どもの可塑性や柔軟性を持っているので、身体のどんな部分が損傷を受けてもすぐ治ってしまう。脳が取られても。

▽養老孟司
 ・昔の学校は作文を書かせて「情報化作業」を教えていた。今は作文をあまりやらせないから、ネットのつまみ食いになる。言葉になっていく状況を見ていないから、言葉というものは現実に付け加えるもので、言葉に事実が優先するという前提が崩れてきてる。……もっぱら既成の言葉を使っているから、言葉をつくりだす過程があることを忘れてしまう。
 ・ピラミッドは、時間を止めて情報化したくてつくられたものじゃなかったっか。…土木建築というのは、古代ではいわば文字と対立するものです。ピラミッドが建てられなくなって、歴史が書かれる。…文字の代わりに時間が止まった歴史情報として万里の長城をつくる。
…現代社会もピラミッドと同じようにシステムを固定しよう、固定しようという方向に行きたがる。それが情報化社会です。
 ・ネットは、言葉がすべてを支配する世界になっています。「プルーストとイカ」という本を著者が書いた根本は、文字文化への不信なんです。ソクラテスの考えを紹介しながらプラトンをやり玉にあげて、文字言語は信用ならないという。
 …今はちょうど、プラトンの時代と同じ状況にあるんじゃないか。
 …炎上を内田樹さんは「呪いの言葉」だと分析している。今は「呪いの時代」になっている。言葉では死なないはずなのに、実際は死ぬ人がいる。ちゃんと呪いが効いている。古代的な言葉が生き返る時代になっているんですよ。
 ・「そういうことが起こるべくして起きた」と語ることが、歴史家の文体になっている。(MDの発生原因の説明もその罠にはまっているのか?〓)

▽福岡一人
 ・UFOが見えだしたのは戦後になってから。米ソの冷戦構造が激化してから、急にUFOというものが目撃されはじめる。…オカルトなものを、どうして人の心は求めてしまうのかというのには、それなりに理由がある。それを考えることこそ文学的な想像力なんですが、科学的にも解明できることです。…そういったものを断定によって排除してしまうことは科学的ではない。

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