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生物と無生物のあいだ<福岡伸一>

■生物と無生物のあいだ<福岡伸一>講談社現代新書 20171006

 福岡氏の説く「動的平衡」とは何を意味するのか知りたくて、読んでみた。
 推理小説を思わせる達意の文章で、分子生物学の最先端の歩みをしろうとにもわかりやすく紹介している。
 細菌に汚染された水でも、素焼きの陶板でこせば無害になる。それは素焼きの目の大きさが細菌よりも小さいからだ。
 野口英世は黄熱病や狂犬病などの病原体を突き止めたと言われたが、今ではすべて否定された。それらの病気のもとは、細菌よりはるかに小さくて、電子顕微鏡がない当時は観察できなかったウイルスだった。大腸菌をラグビーボールとすれば、ウイルスはピンポン球かパチンコ玉のサイズという。
 細菌は生物だが、ウイルスは拡大すると鉱物の結晶のような形をしており、呼吸もせず、栄養も摂取もしない。だが、単なる物質から一線を画す唯一の特性が自己複製能力だった。この能力は、タンパク質の内部にある核酸=DNAもしくはRNAによって担われていた。
 野口英世を巡るエピソードだけでも引き込まれてしまう。

 ATCGというわずか4種類しかないDNA=核酸の二重らせん構造が解明されたことで、生物とは自己複製をおこなうシステムである、という定義が生まれた。でもそれではウイルスも生物になってしまう。筆者はウイルスを生物とは認めない立場だ。

 では、生物であるためには、自己複製以外にどんな条件が必要なのか。

 筆者は若いころアメリカで、無数のマウスやカエルを殺しては細胞を研究してきた。
 消化酵素を分泌する膵臓の細胞のなかには小胞体という風船のようなものがある。そこから分離した小さな風船が細胞膜にくっつくと膜に穴が開いて、風船のなかにある消化酵素を細胞外に供給していた。細胞膜を直接開くのでは、リスクが大きすぎるから、複雑なメカニズムをつくっていた。
 「風船」が細胞膜をオープンさせるのは、Aというタンパク質が作用していた。
 そのタンパク質がないマウスを育てたら、消化能力がないマウスが育つはずだ。
 ところが、実際そんなマウスをつくったら、問題なく育ってしまった。
 一方、わざと欠落させたAタンパク質を加えるとマウスは発病するという。
 もともと何もなければ、周囲のほかの細胞が協力して、同じような役割を果たす回路をつくってしまう。部品が足りないテレビはどこかに異常が出るが、生物は時間をかけることで平衡状態を取り戻してしまうのだ。「時間」がひとつのキーワードだった。
 こうした経験を経て、生物とは動的平衡にあるものである……と考えるようになったという。

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▽148 生命は、通常の無生物的な反応系がエントロピー最大の状態になるよりもずっと長いあいだ、熱力学的平衡状態にはまり込んでしまうことがない。成長し、自己を複製し、けがや病気から回復し、生き続ける。
▽ 生き続けてゆくための唯一の方法は、周囲の環境から負のエントロピー=秩序を取り入れることである。負のエントロピーを「食べる」ことによって生きている。
▽164 生物が生きている限り、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物とともに変化して止まない。生命とは代謝の持続的変化であり、この辺かこそが生命の真の姿である。
 … 新しい生命観の誕生。「生命とは動的平衡にある流れである」
 …やがては崩壊する構成成分をあえて先回りして分解し、乱雑さが蓄積する速度よりはやく常に再構築をおこなうことができれば、その仕組みは、増大するエントロピーを系の外に捨てていることになる。
▽262 私たちが見落としていたのは、「時間」だった。
 動的な平衡状態は、その欠落をできるだけ埋めるようにその平衡点を移動し、調節をおこなおうとするだろう。…ある遺伝子をノックアウトしたのに、問題がおきなかったのは、動的平衡が、その途上でピースの欠落を補完し…
 …平衡はあらゆる部分で常に分解と合成を繰り返しながら、状況に順応するだけの滑らかさとやわらかさを発揮するのだ。
▽267 部分的に改変されたパズルのピースを故意に挿入すると、ピースが完全に存在しないとき以上に大きな影響が生命にもたらされる。
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 がんの分子標的薬(ビーラフ阻害剤など)は、がんを「つくれ」という情報を遮断する機能がある。でも動的平衡の力が働くから、がん細胞は命令を伝達する別の経路をつくってしまう。だからこの手の薬は長く効かない。免疫を強化する薬のほうが、劇的な力はないにしても長く効くことが多いというのは、動的平衡が作用しているからなのだろう。

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