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楡家の人びと第三部<北杜夫>

■楡家の人びと第三部<北杜夫>新潮文庫 20160518
 戦争が進んでも、「不治の病だ」と称して病院の農場でのんびり過ごしていた米国(よねくに)にも赤紙が届く。職員のほとんどがいなくなり、医者も軍医として動員される。二代目院長の徹吉と龍子の長男峻一も軍医となりウェーク島へ。その友人で、峻一の妹・藍子と恋仲になった城木は空母の軍医に。
 戦争が深まると精神病院は成り立たなくなり、楡病院は国に接収される。
 頻繁に空襲があり、徹吉は勤労奉仕がある次男周二や長女藍子を東京に残して、本や膨大な資料とともに山形に疎開する。疎開先で研究をまとめようと考えていたが、発送したはずの荷はすべて焼け、生きる意欲を失ってしまう。
 藍子の恋人・城木は、本土にもどるという手紙を残して戦死する。快活だった藍子は表情を失い、さらに空襲で顔にひどいやけどを負ってしまう。
 その弟で末っ子の周二は、学徒動員で工場で働いている。兄弟のなかでもっともできの悪い弟。彼こそが筆者のモデルなのだ。
 東京は焼け野原になり、楡病院も焼ける。多くの人の生活を破滅させてしまった焼け野原に、周二はある種の開放感を感じる。大きな家だと思っていたのが、焼けてみたらほんのわずかの土地でしかない。こういう巨大な破壊と死はある意味で平等なのだ。
 周二は、長い長い生の果てに死があるのではなく、死が根本であり、生がその上に薄くかぶさっているというのが真相ではないかと考える。生は仮の姿で、死が本来の姿なのだ。そう考えると、今まで感じてきた劣等感なんてばからしい、と考え、自由になった気がしたという。そんな思い、なんとなくわかる気がする。
 すべてを失いながらも、なぜかどこかに空虚ゆえのぽっかりした明るさがある。なんだか不思議な結末だった。

 戦争の描写も印象的だった。連合艦隊は連戦連勝で当初は損害はほとんどなかった。次第に未帰還機が増え、行動を共にしてきた空母が大破し、ミッドウェーで大半の空母が撃沈される。空母に乗り組むパイロットの質もどんどん下がっていく。そういう経緯が城木の眼を通して描かれる。
 台湾沖で空母13隻を撃沈したという大戦果が発表された。米国には空母は残っていないはずなのに、空襲はいっこうに衰えない。負けるとは思わないまでも、しだいに現実をつきつけられていく様子もリアルだった。
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▽ 徹吉(斎藤茂吉がモデル)「何のために生きてきたんだろう」という自答。…あれだけあくせくと無駄な勉強をし、そのくせわずかの批判精神もなく馬車馬のようにこの短からぬ歳月を送ってきたにすぎないのではないか。…そう思うのだろうか。
▽みんながかつての繁栄していた楡病院、基一郎がすべてを支配していた楡病院を追憶する。
▽敗戦直後の荒廃した世情のなかでかろうじて生きている日本人の心にはじめて憩いを与えてくれた「りんごの歌」。(そういう位置づけだった)
▽「一体、歳月とは何なのか? その中で愚かに笑い、或いは悩み苦しみ、或いは惰性的暮らしてゆく人間とは何なのか?」 こういうもの悲しい問いつめるような調べはこの作品全編のなかに聞きとれる。

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