MENU

楡家の人びと第二部<北杜夫>

■楡家の人びと第二部<北杜夫>新潮文庫20160516
 第2部を読んでいて、この物語には主人公がいないことに気づいた。広大な病院を築きあげた楡基一郎は、火災で焼失した病院再建を果たそうと郊外の土地の購入を決めたところで死んでしまった。狂言回しと思われた基一郎の末娘桃子は医師の夫を亡くしたあと、貧しい教師といっしょになって舞台から消えた。
 院長には長女竜子の夫の徹吉が就任したが、彼は二代目としては器が小さく、うちに閉じこもって研究生活をつづける。徹吉夫婦には2人の息子と娘が1人いて飛行機マニアの長男は医者になった。
 登場人物一人ひとりの視点からその思いや生き方を描いていく。だからだれが主人公なのかわからない。当初から第二部の終わりまで存在感を示しているのは、基一郎時代の栄華を懐かしむ院代(院長代理)だけではなかろうか。
 登場人物それぞれの立場から描いていく手法はサルトルに似ている。いつのまにかガルシア・マルケスの魔術的な世界からは離れている。
 鉄条網で片っ端から自爆する「肉弾三勇士」ごっこが子どものなかで流行する。昭和8年にヒトラーが政権を奪取すると、国際連盟をとおに脱退したドイツへの愛着を深める。「華美な服装は慎みましょう」となり、「焼夷弾は隣組で消せ」と精神主義が台頭する。筆者の実父の斉藤茂吉の国粋主義的な句を紹介するのは北杜夫らしい諧謔だ。
 中国との戦争が泥沼に陥っても、国民全体を巻き込む戦争になるとは信じない。一見ふつうの生活がつづく。真珠湾に向かう空母に乗った青年軍医は、攻撃直前まで「アメリカとことをかまえるなど、まさか」という気持ちを捨てられない。
 戦争の暗雲がしだいに覆い、破滅が近づいているのに、その可能性を見ようとしない。「正常性バイアス」が国全体を覆っていた。あの時代の空気を、あの時代の感覚で描いている。すごい描写力と取材力だ。
 今後、再建を果たした病院は空襲で焼け、登場人物の何人かは死ぬだろう。主人公はおそらく「楡家」なのだが、その家の破滅に向かう歴史を通して何を描きあげるのだろうか。最終の第三部が楽しみだ。

===============
▽早発性痴呆は「分裂病」という名に。フロイトは、ドイツでは極端な誹謗と排斥の対象とされてきた。…ヒトラーの台頭で、彼の著書は焼かれ…。オーストリア併合でウィーンを追放されてロンドンへ。
▽大正9年に明治神宮が完成したことが、青山界隈の発展と結びついてるようだ…。楡病院のあった青山は街になる。東京の拡大の様子がわかる。
▽昭和8年 「ヒトラー氏、遂に政権を掌握す」敗戦後の疲弊し混乱した独逸、あのような国を立て直すには、こうした人物でなければ駄目だとも思った。(混乱するほど独裁が人気に)
▽国際連盟脱退。まさか戦争につながるとは思わない。
▽早発性痴呆は「分裂病」という名に。フロイトは、ドイツでは極端な誹謗と排斥の対象とされてきた。…ヒトラーの台頭で、彼の著書は焼かれ…。オーストリア併合でウィーンを追放されてロンドンへ。
▽下田のばあやの最後。がんに苦しんで…。大人たちは、一刻も早く下田のばあやを苦痛から解放してくれ、自分たちもこの面倒事から解放されうことを願った(冷たいけど、リアリズム〓死は孤独)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次