■楡家の人びと 第一部<北杜夫>新潮文庫 20160429
舞台は大正時代の東京郊外の私立の精神病院。院長の楡基一郎は、ふるさとの東北では平凡な名前だったが、東京に出て成功して巨大な病院の主となって名前を変え、政友会の代議士にもなった。西洋の宮殿を模したような派手な建物は、大理石に見える柱は木材の上に人造石を薄くはりつけており、サンゴを敷き詰めたと言っている部屋の床も模造品。見た目ばかりきらびやかな世界をつくりだしている。
基一郎の長女は父を崇め、父の言うとおり、優秀な医者と結婚して跡継ぎとした。病院内でも王妃のようにふるまう。次女は美貌に恵まれたが、貧乏教師と駆け落ちする。三女はやんちゃな娘だが、恋愛は父母に阻まれ、医師と結婚させられる。彼女はこの物語の狂言回しのような役割を演じている。
ハリボテのような建築は、この家の繁栄がはかないことを暗示している。それはまたハリボテのように肥大化した帝国日本の未来をも示している。この描き方は、ガルシア=マルケスの「百年の孤独」にどこか似ている。
永遠につづくかに見えた繁栄は、関東大震災と、その後の火災によって破れてしまう。無数の建物がひしめいていた病院は荒れ野にもどった。次女の聖子は駆け落ちした教師とうまくいかず、結核で死んだ。そして基一郎も死ぬ。
これから戦争に向かう。その世相と、それに翻弄される楡家をどう描くのか楽しみだ。
関東大震災で朝鮮人をおそれる人びと。青年団の若者たちに刃物で殺された死体。ユダヤ人を差別する日本人。第一次大戦後のドイツのハイパーインフレとヒトラーの台頭。かつての社会主義者があっという間に軍国主義者にかわる様子。そうした描写のひとつひとつが現実感をもって伝わってくる。
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