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サバイバル宗教論<佐藤優>

■サバイバル宗教論<佐藤優>文春新書 20151201
相国寺での僧侶を対象にした講演をまとめた。
宗教やさまざまな思想がどんな流れ・系譜の中で生まれてきたか、わかりやすく説明されている。
フランス革命以後の世界は基本的に理性を信頼し、合理的な思考で科学技術と経済を発展させた。そこでは啓蒙主義が支配的な思想になった。啓蒙とは光が闇を照らすことを意味する。光が増えるほどに世界が広がっていくイメージだ。この時代、宗教は時代遅れと見なされていた。
一方、光が強まるほど影も強まることに注目したのがロマン主義だった。啓蒙主義だけでは人間の問題は解決しないと考え、森の生活とか中世とか「あのころのほうがよかったんじゃないか」と発想した。
第一次大戦の惨禍によって、人間の合理性に対して根源的な疑念を抱かせるようになった。啓蒙主義の行き詰まりで、宗教復権のきっかけにもなったらしい。

当たり前と思っていることが、実はある時代につくられたものだという指摘も新鮮だ。
たとえば、約束を守るというのは、ローマ法の約束事だという。人情を重視して約束を違えるというのは、そんな異常なことではない。約束を守る、というのは宗教的な価値観なのだろう。さらに、源氏物語などで怨霊を怖れているように、夢と現実は同格だった。だから妖怪が生きていた。
戦前の共産主義者の講座派と労農派の対立が今につながっているという指摘も新鮮だ。共産党だった講座派は日本特殊論に流れていく。網野善彦も講座派で、日本の知識人のほとんどは講座派の流れらしい。一方、TPPに賛成しているのは労農派的な人間が多いという。
イランは自らが滅びるとしても核ミサイルを使う可能性がある、と、宗教から分析した筆者は言う。
「中間団体」についての論もおもしろかった。フランス革命当時、人々の職業をしばる中間団体は封建的な存在とみなされ、つぶされていった。ところが中間団体がなくなると国家が個人を直接管理するようになる。
ファシズムと民主主義は相性がよいところがある。一方「おれにさわるな」という自由主義はファシズムとは背反している。おれにさわるな、という権利を愚行権と呼び、近代法では「幸福追求権」と呼ばれている。幸福追求権は「平等」からきた概念ではなく、「自由」から来ているらしい。そして、ファシズムになだれこむ時代の最後の砦は、国家から独立して自立している、宗教団体をはじめとした中間団体だという。

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▽28 通常の学問とちがって、神学論争では常に論理的に弱い方、無茶なことをいう方が勝つ。その勝ち方は軍隊が介入して弾圧を加えるとか、政治的圧力を加えるという形で問題を解決する。つまり神学は非常に強く政治に結びついている。さらに、神学的思考は積みかさね方式ではなく、論争はまったく進歩がない。
勝った方はちょっと後ろめたいことをしたと思っていて、負けた方は政治的に負けただけで、われわれの方が正しいと思っているから、両方合わせるとだいたいバランスがとれる。
「父、子、聖霊という神がいる」。しかし、「神はひとつだ」という。三で一だというのはよくわからない論理。しかし、わからないから神秘だという。1700年ぐらい論争している。
イエスは人間なのか神様なのか 1600年ほど論争しているが結論が出ていない。
▽31 ヨーロッパの総合大学には神学部がなければならない。
▽37 一神教は不寛容、は本当か? エルサレムはユダヤ、イスラム、キリスト教があり、…ここで宗教的な紛争が起きたのは1948年のイスラエル独立以降。それまではみんな併存していた。一神教の人たちは、自分と神様との関係にしか関心がないからです。
重要なのは、相互理解の前提として、相手の側の内在的な論理をつかむこと。
▽40 西ヨーロッパをつくっている根本原理。ユダヤ・キリスト教の原理、ギリシャ古典哲学の原理、ローマ法の原理。この3つが合わさってひとつの文化をつくっていて、この体系は中世に確立。いまだに続いている。EUやNATOというのは、この三つの価値観によって結びつけられている有機体。
…合意したことは守る、というのは当たり前のように思っているが、これはローマ法の約束事。ローマ法というのは単なる法律であるというよりも宗教なんです。約束をしても、人情を重視するというのは、そんな異常なことではない。
…捕まえないと教会側は約束したのに、フスは捕まえられて火刑にされた。教会側の理屈は「捕まえないと約束したが、約束を守るとは約束しなかった」という。
…ローマ法の「合意は拘束する」という原則も、いざとなると適用されない。約束はしたが「約束を守る」とは約束しなかったというメタ論理が出てくる。(〓政治家の約束 TPP 橋下の2万%)
▽47 イエスの復活。近代より前の人たちの世界像は、素朴実在論の立場に立っている。夢で見たこと、座禅をしているときに体験したことと、現実に起こっていることとの間に差異がない。権利的に同格。「源氏物語」でも、なぜ六条御息所の怨霊をみんなあんなに恐れるのか。実際に六条御息所が出てくるのと同じことだからです。夢のなかで見ることと現実とは同格なのです。
この二つが別れたのは近代に入ってから。だが19世紀末から20世紀になるとフロイトやユングの心理学が生まれて、夢の権利を回復しようとしている。(近代以前の見直し〓 宗教も)
▽50 イランの十二イマーム派は核戦争を恐れない。危機が来て、この夜の終わりになったときに、お隠れになったイマームがあらわれて、正しいイスラム教徒、すなわり十二イマーム派の人たちを守るという教義。
▽54 北朝鮮は世界に冠たる地下壕の技術をもっている。リビアのカダフィが逃げるのに使った地下壕は北朝鮮製。独裁者の地下の快適な住宅や、地下の核開発工場の施設などを供与し、外貨収入源になっている。
▽57 朝日新聞東京本社のビル ニューヨークタイムズの国際版「インターナショナル・ニューヨークタイムズ」〓。ニュースの扱いが日本の新聞とぜんぜんちがう。
▽59 2011年12月、イランのミサイル基地試験施設で事故があり、5人の北朝鮮技師が死亡した。イギリスやイスラエル、アメリカ、フランス、ドイツによる暗殺や破壊の秘密行動。西側が連合して、イランで殺人や破壊活動をやっている。核開発の阻止が至上命題だから、正しいことだと西側は信じている。
…ホテルを留守にしたすきにパソコンにウイルスをしかける。外から来る標的型メールよりも、中国に出張に行ったときに、自分のコンピューターにウイルスをしかけられるほうがずっと危険なんです。
▽67 アラブの春は「フェイスブック革命」ではない。フェイスを読んでいる層は新聞を読める一握りの層。字を読めないような大衆が繰り出してくるには、アルジャジーラやアラビーアといった衛星放送が重要。(テレビが力をもつ〓)
▽68 ソ連崩壊 ミサイル技術の流出を防ぐため、モスクワに国際科学技術センターをつくって、みんなにお金を配った。民営化用の研究プロジェクトもたくさんつくった。そうやってロシアから核技術が流出しないようにした。カザフスタンとタジキスタンとキルギスが参加した。ウクライナはこれに参加しなかったから、流出がおきた。
▽73 スンニ派 4つの法学派のいずれかに必ず属する。そのうち、ハンバリという法学派があり、ここから、原理主義やテロ運動の9割5分が出ている。ハンバリ法学派のひとつにワッハーブ派があり、サウジアラビアの国教。聖人崇拝をしないし、墓参りもしない。アルカイダはこのワッハーブのなかの武装グループ。
…論理構成から見て、ワッハーブ派に近いキリスト教はカルバン派。禁欲的な考え方は非常に近い。神の言葉だけを重視するという論理構成が非常に似ている。ただ、カルバン派が世俗内禁欲で、資本主義形成に向かったのに対して、ワッハーブ派は別の流れをつくった。
▽75 コーランには酒を飲んではいけないと書いてあるが、サウジの王族はウイスキーを飲んでいる。コーランで禁止されているのは、ブドウからできたアルコール飲料だから問題ないという。
売春は死刑に当たる罪だが、ロンドンではサウジの客がエスコートクラブに行っている。あれは実は「結婚斡旋所」。「この娘は結婚時間2時間、慰謝料は3万円」と「時間結婚」。イスラムでは4人まで結婚できるから、金持ちが3人と結婚して、4人目はあけておいて、時間結婚をする。600回結婚したという人がたくさんいる。
…サウジは国会もなく国政選挙もない。国が国民の生活の面倒を全部見てくれる。汚い仕事は、すべてイエメン人やパキスタン人にやらせて、サウジ人は高級官僚になる。
▽80 ユニテリアン(父と子と聖霊の三位一体論を否定し、神の唯一性を強調)がアメリカ的なキリスト教。アメリカ大統領は「神にかけて」とはいうが「キリストにかけて」とはいわない。キリストは偉大な教師という考え方。
▽91 宗教というのは必ず物語の形で語られる。いま、再び物語りの時代を迎えている。この物語をどのように回復していくか。キリスト教というのは明らかに救済の物語をつくっていく宗教。

▽93 〓ワシリー・グロスマン「人生と運命」 ソルジェニーツィン「収容所群島」をはるかにしのぐおもしろさ。多声的な構成。ロシアの長編小説のおもしろさはこの多声的な構成にある。ひとつの物語をいくつもの物語として読むことができる。このことを強調してドストエフスキーの読みときをしたのが亀山郁夫さんの翻訳。
▽97 日本人が物事を真剣に考えていくと、最終的には必ず西田幾多郎、田辺元をはじめとする京都学派の発想になってきます。
革マル派の黒田寛一ら。殺人を理由づける思想。人を殺す思想というのは本物の思想。キリスト教には人殺しをさせる力がある。仏教も。とくに、大量殺人とか怨みがないのに実行する殺人というのは、自分の命を捨てる覚悟がないとできない。そのような知性を変容させることができる思想は、危険であるがゆえに重要だ。
黒田寛一は、最終的には和歌の世界に入っていき、日本論に行き着き…その論理は明らかに京都学派の構成。
▽102 啓蒙 光を少しずつ増やせば見えなかったものが見えるようになるという考え方。光がさせば必ず影ができる。その影の部分に関心を持ったのがロマン主義者。
▽105 なぜ啓蒙が野蛮にはしったのか。光の領域を増やしすぎたからです。光の領域に対応して、必ず闇の領域も増えることになり、どこかで決算をつけないといけなくなる。それがナチズムのような形にあらわれたという考え。「啓蒙の弁証法」
▽106 キリスト教における最大の難問は、神様は正しいのなら、なぜこの世の中に悪があるのかという問題。ひとつめは悪は善の欠如だという考え方。この発想でいくと、禁欲して悪を犯さないようにすれば、善なる社会の実現は可能だという方向に行く。
ふたつめは、東方正教会やアラブ諸国のキリスト教の考え方。悪は自立して存在するが、神に責任はない。「人類は悪魔の人質になっていて、その身代金としてイエスの命を差しだしたので、われわれ把握から解放されたのだ」という物語で説明する。
…神は宇宙全体に充ち満ちていたが、気まぐれで収縮してしまった。それによってできた隙間がわれわれの世界で、その隙間には神の力は直接及んでいない。そこで、人間と人間の関係のなかから悪が生まれてくる。
▽111 講座派と労農派。前者が共産党系。まずブルジョワ革命が必要だと考えるから、資本家と手を握って天皇制を打倒せよ、主張した。だから治安維持法違反となり徹底的に弾圧される。労農派は、天皇よりも資本家を打倒するべきだと主張したから、最初、弾圧を受けなかった。
講座派は、日本の資本主義というのは独特のシステムなので、今後、どんなに発展しても変わらないという考えになる。その結果、転向者をたくさん出した。佐野学や鍋山貞親などは熱烈な天皇主義者になっていく。「日本の特殊性」という思考で物事を考えているから。日本特殊論の源泉は講座派にある。網野善彦さんは典型的な講座派の歴史家〓〓。
TPPに賛成しているのは労農派的な発想の持ち主。日本の特殊性は、問題ではないという考え。柄谷行人さんは中沢新一さんと同じように反原発をやっているが、思考の形は異なる。柄谷さんは基本的に世界システム論の立場に立っている。「世界史の構造〓」(岩波、2010)
日本の知識人や学者の95%は講座派的な思考をしている。宇野弘蔵や柄谷の著書が英語圏でよく読まれている。
▽125 「果物」 具体的に示すことはできないが、「果物」というものがあるという前提で話を進めるのが実念論的な考え方。それに対して唯名論的な考え方は、メロンやイチゴなどを総称する「果物」というのは「便宜的につけた名前にすぎない」という考え方。この唯名論から、近代的、合理的な考え方が発展していく。
実念論の世界では「目に見えないけど存在するものがある」と考える。「愛」「信頼」など。だから、イギリスには成文憲法がない。憲法は文字にできないという考えだから。ある時代のなかでぎりぎりの状況になったところでやむなく文字にする、という発想。
キリスト教も実念論的な考え方をするから、信仰や神について、人間の限られた知恵ではあらわすことはできないと考える。しかし、ある限定された状況で、文字にして自分たちの信仰について述べるというのが信仰告白。(多義性のテキスト〓)
▽136 チェコに骨を埋めたフロマートカ。「祖国にとどまり、民衆と苦難を共有することにおいてのみ、イエス・キリストの真実をあきらかにすることができるのだ」二つの選択肢があったときに、客観的に考えて、より難しいほうを選択したほうが、キリスト教的な倫理としては正しいんだということを言った。(仏教でも。珠洲原発)
▽137 宗教改革というのは、イコール復古維新。プロテスタンティズムの力は原点に帰ることができるということ。
日本が震災後の危機から抜け出すために必要なのは、この復古維新的な考え方。神仏分離以前の仏教、神道を見なおしてみたい〓。
▽138 京都学派も吉本龍明も講座派的。
▽150 日本の民族問題。沖縄。
仏教の思想を現代に生かそうという試みのなかで注目されるのは、マルクス主義者の唐松渉さん。
▽158 イギリスは世界のなかで非情に不思議な国家で、近代的な国民国家とはちがう帝国。成文憲法がない。イスラエルも。イスラエルで重要な法律は帰還法。この法律によって、国籍を取得できるのは、ユダヤ教徒、もしくはお母さんがユダヤ人の人と決まっている。イスラエルにしてもイギリスにしても、自分たちがユダヤ人でありイギリス人であるということは、文字にしなくても、感覚としてもっている。
…日本は成文憲法をつくりたくなかった。憲法を持たない国には、関税自主権は与えない…というのが列強の立場で嫌々憲法をつくらなければならなかった。裏返して言うと、われわれは日本人だという目に見えない憲法がわれわれのなかに生きているということ。だからこそ、憲法が実態と離れてもあまり困らない。(憲法の前に「日本」がある)
…目に見えないけれども確実に何かがあるという考え方を「実念論」という。リアリズム。
▽164 イエスという人が存在したと証明できなかった。それで神学はふたつにわかれる。ひとつは「説明できないのだから、いないと考えるのがただしいだろう。批判的な立場で世の中に起きている現象として宗教を見ていこう」という立場。これが宗教学。基本的に無神論の立場。
「イエスという人が救い主であることを信じている人たちがいたということまでは実証できる。それで十分ではないか」と考え、そこから救いの内容について研究していくという方向に向かうのが、神学となる。仏教の教学と構成は近い。
▽165 自由、平等、合理性という18世紀の啓蒙主義の精神で、20世紀のソ連を壊した。
バルト諸国やウクライナなどの知識人はナショナリズムを使った。民族の権利や名誉と尊厳がソ連によって侵害されているという形でソ連体制を壊した。ロシアのなかにも、周辺の民族主義の高まりに対応してロシア民族の復興という運動が出てきた。プーチン政権はロシア的なものを強調する。
▽171 プーチンという新たな宗教性をおびた皇帝の出現という形をとろうとしている。共和制から事実上の王政への歴史の逆の流れが出ているようだ。
▽172 公選制で直接国民から選ばれると、政治権力だけでなく権威も帯びることになる。天皇とぶつかるから、日本で公選制が実現しないのでは…。
民族についてのおすすめ「民族とナショナリズム」(ゲルナー、岩波書店)〓
▽175 民族という感覚は近代とともに生まれた。専門家の主流の考え方は、民族というのは、体制が成り立つための一種の道具のような機能を果たしているという考え方。機能主義的な見方。
▽186 尖閣については1952年に日本は一度、実質的に放棄している。施政権を放棄してアメリカに渡した。
▽189 中国との間で最恵国待遇を確保するため、宮古島、石垣島、西表島、与那国島の4島を中国に割譲するという提案をした。あまりに中国に不利だということで署名にいたらなかった。日本政府が宮古島以南を切り捨てようとしたとき、その切り捨てられる領域に尖閣が入っていた。。
▽191 琉米修好条約など、琉球王国は3つの国際条約を締結している。琉球は国際法の主体だった。
▽202 翁長・那覇市長は仲井真さん以上に沖縄ナショナリズムを体現している。こういう沖縄の保守陣営の政治エリートから、沖縄の主権強化に向けた動きが出てくると私は見ています。
▽203 秩父も吉野も、神仏混淆時代の仏教の形が残っている。秩父はいいかげんな形での廃仏毀釈しかなかったから、建築の様式にしても、神仏混淆のころの日本のあり方がけっこう残っている。(〓神仏混淆の地を訪ねたら)
霊性の回復 廃仏毀釈以前の仏教のありかたにもどる。廃仏毀釈は世界的規模で見ても考えられないほどの激しい形の宗教弾圧でした。しかしその弾圧も耐え抜いて、仏教は生活のなかに生きている。そういうものの力を感じます。
▽214 朝鮮半島、琉日中をカバーする禅僧のネットワークがあった。その役割をもう一度見なすこと。
▽218 原始共産制から封建制…という教科書の説明は、現在では完全に否定されている。
ゲルナーの「民族とナショナリズム」の考え方が、世界の標準的な社会発展に対する考え方になっている。〓
▽221 定住すると必ず宗教が生まれる。移動生活では、人が死ぬとその場を離れるから、死の問題と直接向き合わずにすむ。定住すると死の問題と向き合わなければならなくなる。そこから宗教が生まれ、宗教に対する考え方が精緻になっていく。
▽223 宗教団体への課税となると、その次はファシズムにむけた道が開かれます。宗教団体はファシズムに対抗する砦として、民主主義を担保する根本であるということを認識してください。
▽224 中世は、文字を知っているのは一部の官僚と宗教人だけ。そういう人は、国際横断的に活躍する。外交官の役割を担っていた。漢文の筆談でコミュニケーションができたから。
▽226 聖職者の独身制。その社会で宗教が実態として力を持っているところは独身制をとっている。
子どもへの権力継承と、特定の門閥への財産や権力の集中を防ぐため。
▽228 社会は、狩猟採集社会(社会はあるが国家はない)、農耕社会(社会はあるが国家派ある場合もない場合も)、産業社会(必ず国家がある)。世界的な規模の伝統的宗教はいずれも第二段階の農耕社会の時代に生まれている。人間の社会がかなり高度に組織化されることと関係して生まれてきた宗教。(広井さんの論〓との関係は)
産業社会の特徴はみんなが文字を読めるということ。全員がお坊さんになった社会。僧侶が特別な職ではなくなるということ。だからプロテスタンティズムでは「聖職者」という言葉は使わない。
▽230 北欧は医療も教育も完全に無料。落ちこぼれない教育システム。フィンランドの子は世界一平均点が高い。教師の給与を上げて待遇をよくしている。日本でいうと、弁護士と同じレベルの職業と考えられている。
…高福祉高負担の国家は人口1000万を超えるところはない。お互いに何をやっているか分かる社会。
高福祉国家は警察国家。
…北朝鮮の人でもビザなしで入れる数少ない国。「高福祉国家や大戦中の中立国だったスイスやスウェーデンはたいへんな警察国家なんだよ」 外国人の動向に何かおかしいところがあれば警察に報告するという制度が今も続いている。大変な監視社会だから社会保険料を払わないでいることはできない。

▽239 書き言葉。戊辰戦争のときは、会津と長州と薩摩の人間は、漢文を書いて話をしないと通じなかった。それでまず書き言葉がつくられた。
山の手言葉を標準語にしたというのは作り話で、まったく新しいところから書き言葉をつくった。書き言葉から標準語ができた。言文一致ということと、ナショナリズム、近代化、産業化はつながっている。マニュアルが読めないと工場で働けない。そっから教育が出てくる。
▽251 小泉は、財務官僚とはぜったいけんかをしない。郵政民営化によって税金からの支出はまったく減っていない。小沢さんは財務省とたたかっているから、そう簡単にはいかないでしょう。
▽254 モンテスキュー「法の精神」三権分立は、後からモンテスキューをそう解釈した人たちの説明にすぎず、「法の精神」にはそうは書かれていない。モンテスキューは、民主主義を担保するのは個人の人権ではない。個人の人権というのは、国家権力と対峙したときには、簡単に吹き飛ばされてしまう。そのなかで、民主主義をどう保全していくか。その役割を担うのは中間団体だと考えていた(中間団体を論じていたとは〓知らなかった!〓)
中間団体とは、自分のためだけ働いているのではなく、国家の代表でもない。ギルドや教会のような組織や団体。国家と構えても、基本的に自分たちの助け合いのネットワークでやっていくことができるような組織。こういう組織がいくつもあることによって、民主主義は担保されている。
…大家族、ギルド、教会などを中間団体といい、近代化の過程で中間団体からの自立こそ個人の確立だと受けとめられた。しかし、中間団体の弱体化は、近代国家の強化と裏腹の関係にある。…モンテスキュー以後のフランスでは、中間団体を社会から除去することこそ近代化とされ、職業選択の自由の観点から同業組合などが禁止された…民主主義と平等原理の進展によって中間団体が排除され、かえって画一化と個人の国家への依存が進むという、皮肉なパラドクスがある。
▽257 レーガンやブッシュの新自由主義には、大前提があった。小さな政府ではあるけど社会は大きいということ。教会に行けば食べられない人も助けてくれる、自分たちのネットワークで就職を世話してくれる…だから国家を小さくしても、その代わりに受け皿になる社会、社会団体、中間団体があるという前提。ところが、古き良きアメリカの中間団体は弱体化していた。だから「1%の富裕層対99%の国民」という状況になった。
▽260 ファシズム 国家は悪である。この国家を持って資本の悪を制すると考えた。雇用は確保するけどストライキは禁止する。国家が間に立つことで全体を調整して国を束ねる。この束ねるというのがイタリア語の「ファシオ」。日本語に訳すと「きずな」という意味です。きずなというのはファシズム。「日本人の絆をつくっていく」というのは「日本人を束ねていく」ということで、知らず知らずのうちにファシズムの罠にはまっていくということになる。「きずな」は内側にいる人にとってはいいが、反動的に外側を必ずつくり出す。非国民をつくる。
▽262 アメリカでも日本でもロシアでも、知らず知らずのうちに国家、官僚が中心になって、国民を束ねて強化するという発想が出てくる。社会の矛盾の一部を解決できるかもしれないが、一方で非国民を生み出し、官僚支配になる。管理命令型の社会になっていく。それに対して抵抗の拠点になる数少ない受け皿の一つが中間団体である宗教団体。宗教団体は、束ねられ強制されることに嫌悪感をもっている。管理される危険性がわかっているから。
▽265 北海道大の政治学者で社会福祉の専門家、宮本太郎さん。宮本顕治が父。与謝野馨のブレーン。「日本は中負担高福祉の国」
▽266 中間団体の2類型。地域に根ざす中間団体=コミュニティ。結社型の団体=アソシエーション、会社。世襲でお坊さんになるのはコミュニティ的発想。自発的にそこに加わってくるのはアソシエーション的発想。
▽268 民主主義と独裁は矛盾しない。自由主義は「おれにさわるな」。自由主義のポイントは愚かなことをする権利を認めること「愚行権」にある。近代法では「幸福追求権」と呼ばれる。
…自由主義原理とファシズムは衝突するが、ファシズムと民主主義原理は、相性がよいところがある。ポピュリズムや橋下現象、小泉現象というのは、自由主義とは対立するが、ある種の民主主義とは合致してしまう。自由と、平等あるいは民主というのは、逆のベクトルを向いている。「そのバランスをとるのは、おれたち仲間じゃないか」ということで友愛が出てくる。その仲間意識の友愛で成り立つのが中間団体。基本的には、顔が見える範囲で関係を大切にしようという考え。

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