■風の影(LA SOMBRA DEL VIENTO)カルロス・ルイス・サフォン 集英社文庫 20120826
最初はスペイン語で読んだ。わからない単語だらけだったが、1日20-30ページずつ辞書も使わず500ページを読み終えた。ストーリー構成がしっかりしているから投げ出さずにすんだう。その後、日本語(上下)で読んだ。誤解していた部分、理解できていなかった部分が多々あったことにきづいた。
スペイン内戦終結から6年後の1945年のバルセロナ。10歳の少年ダニエルは、父に連れられて「忘れられた本の墓場」を訪ね、そこでフリアン・カラックスという無名の作家の本に出会う。「もう誰の記憶にもない本、時の流れとともに失われた本が、この場所では永遠に生きている。それで、いつの日か新しい読者の手に、新たな精神が行きつくのを待っているんだよ」という父の言葉は、この本の基部に重奏底音のように流れるテーマである。
カラックス自身は殺され、その著書は、何者かの手でことごとく焼かれ葬り去られていた。ダニエルの所にも「本をゆずれ」と脅す不気味な男が現れる。
ダニエルはカラックスの足跡をたどり、縁者を訪ねる。
30年前、カラックスは帽子屋の息子で、大金持ちのアルダヤに見込まれ、その娘ペネロペと恋に落ちる。パリへの駆け落ちを計画するが、直前にばれてアルダヤの怒りを買い、一人でパリに向かった。人生でただ1人と信じた恋人の幻影を抱き、生ける屍のように売れない小説を書きつづける。
十数年の時を経た1936年、ペネロペの行方をさがすため内戦の始まったバルセロナにもどる。共和時代アナキストが猛威をふるったバルセロナでは、教会が徹底して破壊された。内戦でフランコ派が勝つと共和派に対する凄惨な虐殺がおこった。そんななか、カラックスも親友のミケルも、かつてのカラックスの恋人でミケルの妻となったヌリアも過酷な運命に翻弄される。
フリアンとペネロペの関係をなぞるかのように、30年後のダニエルは金持ちの娘ベアトリスと恋に落ちて、その兄と父親を激高させる。カラックスとダニエルの人生は同じような軌跡をたどる。カラックスのかつての同級生で冷酷な殺人鬼となった刑事フメロにダニエルもまた執拗に追われる。
亡き妻の記憶にとらわれて老いていく父。ペネロペの幻影を振り払えないフリアン。フリアンへの愛を忘れられず夫に負い目をもつヌリア……。登場人物はだれもが、過去の記憶にがんじがらめになり、時代の影で生きている。本の中で何度もでてくる「言葉より残酷な牢獄」とは、過去の記憶のことなのだろう。
一方、悲惨な事件を経験しながら、主人公のダニエルは成長する。記憶の糸にがんじがらめになって忘れ去られた人々と向き合い、忘れられた過去に光を当てる。時にそれは残酷な結果をもたらすが、記憶という名の監獄を破壊しようとする若者の行動は忘れ去られた囚人にとっては希望でもあった。「もう誰の記憶にもない本、時の流れとともに失われた本が、この場所では永遠に生きている。それで、いつの日か新しい読者の手に、新たな精神が行きつくのを待っているんだよ」というダニエルの父の冒頭の言葉の「本」を「人生」に置き換えればこの本の主題になるように思える。
おそらくダニエルもまた、老いれば過去という監獄のなかに生きる存在になってしまうのだろう。そのことは最終場面に示唆されている。だが同時に、その監獄をぶち破ろうとする次の世代が生まれることも示されている。
残酷で哀しい物語なのに、なぜか希望が感じられる。
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