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インテリジェンス人間論<佐藤優>

■インテリジェンス人間論<佐藤優> 新潮文庫 20111109
 インテリジェンスの専門家であり、神学者・哲学者である視点からみた人物論。盟友の鈴木宗男氏をはじめ橋龍や小渕、森喜朗ら歴代総理の観察もおもしろい。安倍晋三や森を一定評価しているのは意外だったが、そういう魅力もある人たちなのだろう。主義主張はちがっても、その人物を正当に評価する目がなければインテリジェンスの世界では生きられないし、判断を誤る。筆者の冷徹な観察眼は、神学によって培われたものなのだろう。
 彼がいかにキリスト教神学、とくにフロマートカの生き方を学び実践しようとしているかがわかる。「他者のため」「だれかのため」という思いと同時に「絶対に生き抜く」という強い意志があるから、蓑田胸喜らとちがって、極端な国家主義や全体主義に陥らない。「現代において、ナショナリズムは生き死にの原理を提供する代替宗教としての機能を果たしている。自己の命を大切にしない人は、他者の命を大切にしないし、他者の内在的論理をつかむことが苦手になる。……そして『思い込んだら試練の道』という星飛雄馬型で閉塞した言論空間をつくりだしていく」という指摘は、ナショナリズムの意味と危険性を冷静に分析していてわかりやすい。
 神は神学研究室での思索からではなく、この世の汚れた現実のなかで見いだされるというのが、フロマートカとその門下の神学者たちから筆者が学んだことであるという。展望が見えない、どうしようもない「会社」あるいは「地域」という場であがくなかでこそ「神」は見出されると読み替えたい。

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▽34 鈴木宗男氏の戦略 アイヌ民族を先住民族と政府にみとめさせ、先住民族の土地としての北方四島返還という新戦略を構築した。カネをかけずに国際法を味方にする効果的な戦略だ。……07年の参院選でアイヌ出身の女性学者を擁立……北海道の大地に根を生やすとともに左派、市民派に属する有識者の共感も得た、ユニークな土着政治家として生まれ変わった。
▽36「カラマーゾフの兄弟」の大審問官の道 大審問官は圧政の理由をイエスに対して「自由と、地上にゆきわたるパンは両立しがたい……なぜなら、彼らはたとえ何があろうと、おたがい同士、分け合うということを知らないからだ」(〓平等を求めるが故に独裁を求める、というトクビルの指摘)
▽46 橋本・エリツィン会談 サウナなどをあえてプログラムに組み、エリツィンが「教えてあげる」という形をとることで、今後の交渉における優位性を担保しようと一種の心理工作を考えているという見立て……(しょうもない小道具や仕掛けによって心理戦をしかける、すごい)
男同士のキス。本当の同志だということになるとアソコを握る。
▽60 米原万里とのつきあい「組織が人を切るときの怖さを話しておきたいの。私は共産党に査問されたことがある。あのときは殺されるんじゃないかとほんとうに怖かったわ」……橋龍に迫られ……
▽78 小渕 カレーを先に食べた記者を許さない。実は怖い。……「毎週モスクワに行って、様子を見てきてくれ……エリツィンの容体と……」。「変化がないというのも重要な情報だ」というのはまさにインテリジェンスのプロの発想。……小渕の叔父岩太郎は陸軍中野学校。
▽95 森喜朗は勉強家 日ロ関係の条約や合意文書……をほぼ暗記している。(意外な一面〓) 「君は加藤政権になっても、俺に仕えるのと同じ気持ちで加藤に仕えてくれよ」。自己保身や嫉妬を超え、ことを成就しようとする政治家の姿を目の当たりにできたことが外交官時代のたいせつな遺産なのだ。
▽106 プーチンの個人情報を手に入れるため、イスラエルへ。家族ぐるみでつきあう人に出会う。
▽109 「プーチンははじめ大統領権力をエリツィンから譲ってもらったと思っていた。その次に国民に選ばれたと考えた。しかし中堅官僚が突然国家のトップになるのは神の意思ではないかと考えるようになった。これはトップになる政治家に共通の要素だ。エリツィンにも神に選ばれたという思いがあったよ。だから教会の最高指導者とか天皇に独特の思いを抱くようになるんだよ」
▽116
▽119 ロシアの暴論には、日本もハードルを上げ、南樺太と千島列島は、わが国固有の領土……と国際社会に訴えればよい。
▽130 「俺を愛しているか」ときくブルブリス。
▽133 ロシアで政局を見るコツは、男と男の嫉妬であることに気づいた。……エリツィンは、自分に愛情を注いだ政治家を全員退け、家族だけの閉鎖的な世界をつくり、後継には愛情物語とは無縁なプーチンを指名した。
プーチンは、他人を愛さず、誰の愛も受け入れなかったスターリンの正統な後継者となった。プーチンにとって自分=ロシア国家。ロシア国家と国民に対する愛が異常に深いから、自分しか愛せないのである。それをわからずに人間としてプーチンにすり寄ってくるものは切られる。
▽141 2002年の「佐藤=ラスプーチン非難キャンペーン」の中で、当時、内閣官房副長官という要職にあった安倍氏がバッシングに一切加わらないばかりか、オフレコ懇談の席で筆者を擁護する発言を何度もしたことを知った……。小泉型の「マフィアの技法」は、一見けんか好きに見えても、いちばん強い者(国家)とは絶対に諍いをおこさないという処世術。安部氏は「戦後レジームからの脱却」といったのに、アメリカとの衝突を避ける布石を打たなかった。
▽150 一般論として、思想もなく、ただ無為に存在し、二つに裂いてもまたくっついて生き返るアメーバ-のような人が宰相になったら、その国は崩壊の入口に立ったことになる。(福田を示唆した文章だが、野田にも通じる〓)
▽156 日独伊の同盟関係は、ドイツがヨーロッパを席巻するのは時間のもんだいだから、英仏蘭の植民地は「主人なし」の状態になるので、おいしくいただかせてもらおうという下心がみえみえで日本はドイツに接近した。「バスに乗り遅れるな」が当時の流行語だった。(〓同じパターンが)
▽164 箕田胸喜の「学術維新」は北朝鮮の「思想革命」ときわめて類似している。蓑田考える理想的日本は、北朝鮮のような唯一の「正しい思想」によって統治される国家だ。蓑田は、共産主義を直接攻撃の対象にするのではなく、それを野放しにしている自由主義の拠点となっている東京大や京都大の教授陣を壊滅させてしまおうとする。
美濃部達吉、滝川幸辰、津田左右吉らが著作発禁・辞職に追い込まれた。
ファシズムの総元締めの大川周明をも攻撃。大川はそれに負けて筆を曲げた。蒙古を撃退できた理由について「決して伊勢の神風のみではない」とあったのが「正に伊勢の神風と」云々となり……
終戦5カ月後に縊死した。
大多数の人々にとって宗教が生き死にの原理でなくなった現代において、ナショナリズムは生き死にの原理を提供する代替宗教としての機能を果たしている。自己の命を大切にしない人は、他者の命を大切にしないし、他者の内在的論理をつかむことが苦手になる。思いやりがわからなくなってしまうのだ。そして「思い込んだら試練の道」という星飛雄馬型で閉塞した言論空間をつくりだしていく。
蓑田から学ぶことは、主観的には愛国心に燃え、絶対の真理を確信する型のきまじめな論断人が日本国家と日本人に対する大きな禍の道備えをするという逆説だ。
▽172 ロシアの開放的なセックス。……理想は週16回。
▽189 ゾルゲ 寝た女性は確認できるだけで10人を超える。獄中手記では「女はスパイ活動に向かない」などと書かれているがそれはうそ。……スメドレーはゾルゲより3歳半ほど年上。38歳だった。……尾崎秀実も実は「根っからの女好きで、友人たちにホルモンタンクと呼ばれていた」。「よき家庭人」尾崎という神話にとらわれていては、情報マンとしてのすごみが見えてこない。
……ゾルゲはいくら酔っても余計なことを花子にもらすことはなかったようだ。ただひたすら甘えるのである。「本当の、友だち、ほしいです」
▽216 敗戦直後、米軍下士官をはじめて迎えた有末精三 部屋に花を生け、水洗便所を整え、制服を着たボーイがサンドイッチとビールを用意して待った。日本は降伏したが、まだ余力があることを示唆している。……「米軍の対応いかんでは日本人がゲリラ戦を展開することになる。その意思も能力もある。これは面倒だ。……」……情報の世界では、第一次接触を行った者の見解がもっとも大きな影響を与える。……この第一次接触が失敗し、先遣隊の将校が殺害されるような事態が生じたならば、米国の占領政策もより強硬になり、ドイツのような占領軍による軍政が敷かれたかもしれない。
▽219 ふだん勇ましいことを言っている人間は、クーデターや内乱のような事態になるとだいたい逃げる。大言壮語型人間のセンサーシステムが敏感なので、現状に対する不満に激しく反応し、大きなことを言う。しかし状況が厳しくなると、敏感に反応するので、過度に怖くなって逃げてしまうのだ。
▽221 米軍は有末チームのインテリジェンス能力に脅威を感じ、チーム全体を米軍情報機関の下部組織とし……しかし、有末の後継者を育てる仕組みは作らなかった。日本のインテリジェンスを去勢したのだ。
▽226 ソ連共産党は、抵抗運動の激しいイスラム教と大幅な妥協をする。スターリンは、「共産党が行っているのは、西方の異教徒に対するジハードだ」という表象で中央アジアの人々をソ連側に引き寄せた。中央アジアでソ連は部族社会を温存した。地元共産党のエリートは、旧時代の部族指導者の係累によって占められた。
▽230 トルクメニスタン 99年にニャゾフを終身大統領に。一方で永世中立を宣言。一方でアフガンのタリバンに接近し……
▽236 あえて時代錯誤の中世王朝のような国家体制を構築するのは、世界規模の帝国主義国やトルコ、イランのような地域大国の恐ろしさを理解しているからである。国境を開いて植民地になるよりも、国境を閉ざし、資源を切り売りしながら、国民に最低限度の生活を保証し、数十年かけて国家の生き残りをゆっくり考えようとすることの方が、諸文明の衰亡発展を目の当たりにしてきたトルクメン民族エリートの英知のように思えてならない。(国家主義者の現実主義)
▽240 ベレゾフスキー陰謀説 インテリジェンスの文法による読み解き。メディアの典型的な誤読。
▽244 一般のロシア人は、身内では政治かを徹底的にこき下ろすが、外国に亡命したロシア人が現政権を批判することには抵抗感をもつ。ソルジェニーツィンの人気がなかったのも「外国で勝手なことを言っている」という当局によるイメージ操作が功を奏したからだ。
▽254 教会学校のこどもたちは、外面はよいが、競争意識が強く、実は腹黒い……人為的に障害をつくりだし、その障害を除去することで、あたかも成果のごとく見せかけるのは、外交や諜報の世界でも用いられるが、その手法を教会学校で身につけた……
▽259 キリスト教神学では、「世の末」は人類史の終わりであるとともに、目的、完成でもある。
▽268 イエスは不良少年で大酒飲み、大飯ぐらいだった。中村うさぎ「風俗に通う男たちは、意外にも礼儀正しく……彼らは「人間」としてやってきて、金で買った女を「人間」として取り扱うのだ……」 当たり前の人間としての関係を人間の力では回復できない。だから神は「遭難しそうな自分を助けてくれる他者」としてイエス・キリストを派遣した。この出来事がクリスマス。うまいものを食べてワイングラスを傾けながらパートナー関係で本気度を増すならば、それは実にキリスト教的なのである。(キリスト=デリヘル嬢)
▽276 「ユダの福音書」の発見で、今後キリスト教は大きく変わるかも。
100年以上の研究によって、イエスという人物がいたことを客観的に証明することはできないという結論に。この結論をうけて多くの神学者が無神論に転向している。フォイエルバッハもそのとき転向した一人だ。
▽280 ユダはキリストを官憲に引き渡す。ユダの福音書では、イエス自身がそれを要求したことになっている。イエスを裏切るどころか、最も誠実な友人であり弟子であることになっている。……他の弟子たちも全員イエスを裏切った。ユダの裏切りは、12弟子、すなわちキリスト教徒全体をいわば代表して行われたことになる。
▽284 「ユダ」の教団であるグノーシス一派を、正統派の教会は警戒した。グノーシス主義は、救済のためには思索瞑想が必要だという学識を重視する教義を持っていた。宣教の観点から言えば、知的能力とはまったく関係なく、イエスが定めた洗礼や聖餐に従えば救済されるほうが大衆の支持を得やすい。そこで正統派は洗礼と聖餐という原理原則を維持すると同時に、学識を重んじるグノーシス主義を厳しく排除しようとした。……基本的にキリスト教は知識に対する不信が大きい。(親鸞とイエスの共通点〓)
▽286 現在のキリスト教の主流は、ユダの福音書を手厳しく攻撃したエイレナイオスの流れをひいている。その方法論は、キリスト教世界のなかで敵と味方の線をひき、敵を殲滅することで問題の解決をはかる。その結果、キリスト教世界は宗教戦争の連続だった。……人類の滅亡という危惧から、キリスト教神学では「寛容」が重要な意味を持つようになった。寛容とは、愚かなことに見えても、その行為が危害を加えない限り、誰もが愚かなことをする権利をもつということ。幸福追求権と言い換えてもよい。異なる文明、価値観との共存を意味している。……
しかし本来は、多元的な価値観を受け入れる宗教であった。それを示しているのが「ユダの福音書」。この発見によって、ユダの裏切りは、イエスの意志に反しないことが明らかになった。すなわちユダの存在さえ許容する寛容が、キリスト教のなかに含まれていることを示している。
エイレナイオスのように、自己の正しさを他者に押し付けて、敵を殲滅しようとするキリスト教文化圏の政治倫理に対しても、根源的な見直しがはかられることになるだろう。なぜなら「裏切り」は、ユダに限らず、弟子全員に共通した行為であり……したがってキリスト教徒は、ユダを敵として非難するのではなく、自らの中にあるイエスに対する裏切りを悔い改めるべきだ、という論理が導きだされる。……ユダの福音書は、多元的価値観の共存する世界へと欧米社会を転換させる影響を与えるだろう。
▽300 村上元大臣「俺は死に場所を得たい。きちんとした死に方をして、天皇様と日本の国と国民のために少しでも貢献したいと思うんだ。吉水神社で、私は後醍醐天皇にもう一度チャンスを与えてください。村上正邦に死に場所を与えてくださいと懸命にお願いしたよ」(他者のため、という生き方〓)
▽307 歴史や自然に肯定的価値を一切認めないカール・バルトよりも、歴史と地政学に制約された状況のなかでイエス・キリストの真実を生全体で証するというフロマートカの「受肉の神学」にひきつけられ……(身体性、ブリコラージュ)
▽317 神は神学研究室での思索からではなく、この世の汚れた現実のなかで見いだされるというのが、フロマートカとその門下の神学者たちから筆者が学んだことである(〓どうしようもない会社という場……)
▽324 3年間、原稿用紙で月に1000枚以上執筆。毎日最低4時間は本を読む。平均6、7時間は読書。残りは3時間半の睡眠以外ほどのキーボードをたたいている。
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