■希望のつくり方<玄田有史>岩波新書 20110719
「がんばろう日本」というスローガンに違和感を覚える。被災して必死になっている人たちに「がんばれ」なんて言えるのだろうか。
そう考えていたら、冒頭から「がんばる」を取り上げていた。「やり続けるべき何かをみつけ目標が実現しそうな人には、がんばれという言葉は励ましになる。反対に、これから何をすればよいかがまだみつかっていない人や、やりたくないことをやり続けなければならない人にとっては、がんばれ、という言葉はストレスになる」。なるほど、と思う。
わかっているようで表現しきれないものを、著者はわかりやすい言葉に置き換えてくれる。
「希望」の定義もそうだ。継続を求める「幸福」とちがって希望は「変化」を求め、「夢」とは異なって苦しい現実のなかで意識的にもとうとするものであり、確実性が条件である「安心」とは違って、先がみえないなかを前進するために必要とされる。
だから、希望を持つには、きびしい現実から目を背けないことが重要になるという。希望とは、困難を直視し「あきらめ」を課題に転換しようとするときに必要とされるものなのだ。フレイレの思想と同じだ。
希望を定義するとしたら、Wish Something Come True Action、Hope is a wish for something to come true by action.(行動によって何かを実現しようとする気持ち)となる。
時代による「希望」の変化についての説明も興味深い。製造業中心からサービス業中心の経済への変化によって、「癒やされたい」に象徴されるように、遠い先ではなく今すぐ楽になりたい、という「希望」が幅を利かすようになってきた。その結果、すぐに希望をかなえられなければ「希望がない」という感覚につながりやすくなっているという。
会社の評価制度の変化も影響を及ぼしている。「人」を評価して給料を払う「職能資格制度」は、経済成長過程で、今すぐには成果が出ない新しい仕事に挑む際に適合した。がむしゃらに働くことが自分の評価となる、という考え方が、働くことに希望を感じやすい社会をつくってきた。ところが90年代に「成果主義」と呼ばれる賃金制度(「仕事」に対して給料を払う「職務給」)が広がり、働くことへの希望を持ちにくくなってきたという。
ではどうしたら希望を持てる社会になるのか。
アンケートによると、収入が多い方が希望を持ちやすいというのは年収300万円前後までで、その後は収入が増えても希望は増えなかった。ほとんどの住民が年収300万円を超える平等社会の方が希望を持ちやすい社会なのだとわかった。
人とのつながりと希望との関係も見えてきた。
職場を離れた友人・知人といった、自分と異なる情報をもっている人とのゆるやかなつながりは、新たな仕事について希望を持つ条件になっていた。組織ベースからプロジェクト(事業計画)ベースへの仕事のあり方の変化も、所属組織を超えたつながりの大切さを増す背景になっていた。
職業希望が中学のときにあって、当初の希望が別の希望へと変わった人、つまり挫折を乗り越えた経験のある人のほうが、「やりがいのある仕事を経験したことがある」という割合が高かった。挫折を乗り越えられなかった層と、挫折を経験しなかった層は同じ程度の割合だった。恋愛も同様で、失恋経験がない人ほど、恋愛や結婚に希望を持てない傾向があった。
言い換えれば、「過去の挫折の意味を自分の言葉で語れる人ほど、未来の希望を語ることができる」となるという。
いちいち納得できる。かつての「生活つづり方」などは挫折と困難を直視し表現することに意味があったのだ。
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▽18 やり続けるべき何かをみつけ目標が実現しそうな人には、がんばれという言葉は励ましになる。反対に、これから何をすればよいかがまだみつかっていない人や、やりたくないことをやり続けなければならない人にとっては、がんばれ、という言葉はストレスになる。(〓がんばれ、の使い方)
▽25 仏教とキリスト教では、希望の意味はまったく異なる。仏教は、苦しみやつらさを少しでも和らげようとして、希望(欲や願望)などもてなくてよいと説く。キリスト教が希望を大切にするのも、生きること自体が困難の連続であることを認めているから。希望を捨てる方向か、求める方向か、ちがいこそすれ、人間が困難のなかで生きざるを得ない存在であることを認める点で共通している。
希望は持つべきか持たざるべきかではない。困難が連続する社会で生き抜くために、どうしても求めてしまうもの。
▽30 水俣の再生 困難だからこそ、未来に挑む原動力として、人は希望をあえて意識的に持とうとするもの。そこに希望と夢の大きな違いがある。……水俣の困難に挑んできた希望は、時を経て地域再生の光へとつながる。1994年、市長の水俣病患者への謝罪が転換点に。「もやい直し」を提唱。
▽31 「幸福」は継続を求めるもの。希望は「変化」と密接な関係。夢と違って希望は、苦しい現実のなかで意識的にあえて持とうとするもの。希望は現状維持よりも、現状を未来に向かって変化させていきたいと考えるときに表れる。だとすれば、希望を持つには、きびしい現実から目を背けないことが重要になる。(〓あきらめから課題へ)
▽33 安心とのちがい 安心は確実であることが条件。希望は先がみえないからこそ、勇気をもって前に進むために必要とされる。安心が確実な結果を求めるものだとすれば、希望は模索の過程そのもの。(〓平和も民主主義も実は幸せもそうなのでは?)
▽40 希望の4つの柱 Wish Something Come True Action、Hope is a wish for something to come true by action.(行動によって何かを実現しようとする気持ち」
社会の問題として考えるべき希望とは、みずからの行動によって実現の方向へ何かを変えていけるのだという信念にもとづく希望。
▽48 Social hope is a wish for something to come true by action with others.
▽60 「癒やされたい」という言葉 遠い先に満たされるのではなく、すぐに楽になりたい、という希望の変化を象徴する。希望は遠い先にあるものから、すぐに実現してほしいものへと変化してきた。 現代は、すぐに希望をかなえられなければ「希望がない」という感覚につながりやすくなっている。〓製造業中心の経済から、サービス業に重心を移した経済へという産業構造の変化も、希望のありように影響している。
something(何か) 日本では圧倒的に多くの人たちが「仕事」にまつわる希望をあげる(日本の際だった特徴)
▽65 「仕事」に対して給料を払う「職務給」 「人」を評価して払う「職能資格制度」。後者は、戦後急速に広まった日本に特有のやり方。成長過程でぇあ、今すぐには成果が出ない新しい仕事が必要。そういうときに職能給がよかった。働くことが自分の評価となる、という考え方が、働くことに希望を感じやすい社会をつくってきた。
90年代になって、「成果主義」と呼ばれる賃金制度が広がっていく。
▽74 収入が多い方が希望を持ちやすいというのは、ある一定の水準まで。その境目となる水準は年収300万円前後。みんなが希望をもてる社会に必要なことは、誰もが300万円以上確保できる社会をめざすこと。ほとんどが300万円は超えているという平等社会の方が希望を持ちやすい社会。
▽82 4本柱のうち「何か」「実現」のための方法、必要な「行動」など、多くは他者との適度な交流のなかで発見される。孤独化が広がった結果、希望を持てない人々が増えていった。(ウイークタイズ、板・つながり)
▽84 仕事について実現見通しのある希望を持っている人の特徴 実は職場を離れた友人・知人が多い。Weak Ties 自分と異なる情報をもっている人とのゆるやかなつながりが、転職を成功させる条件として重要(グラノヴェーダー)
これは「コネ」のような強い関係ではない。
自分と違う環境にあり、同時に信頼できる人の話に耳を傾けるうち、「ああ、これが本当に自分のやりたい仕事、自分にできる仕事なんだ」という希望の発見がある。
「同窓会などにめんどうくさがらずできるだけ参加したほうがいいですよ」
▽88 現代の仕事は、組織ベースからプロジェクト(事業計画)ベースにしたものへと着実に変化。プロジェクトでは、組織への所属を超え、その遂行に必要な人材が、いろいろなところから集まることで成功がもたらされる。
ウイークタイズを作るには、お金と時間がかかる……
▽101 希望がないと考えていた人たちが、時間をかけて考えて希望をみつける過程で、共通に用いる言葉。「物語」「ストーリー」
▽102 釜石の企業誘致 「大事なのはメリットだけではない。その会社が釜石にやってきたときに、どんなことが始まるだろうという物語が、企業と地元のあいだでぴったり重なったとき、誘致はうまくいく」 希望の物語性。
▽107 職業希望が中3のときにあった人のほうが、また、当初の希望が別の希望へと変わっていった人たちのほうが、「やりがいのある仕事を経験したことがある」という割合が高かった。「希望の多くは失望に変わる。しかし希望の修正を重ねることで、やりがいに出会える」
▽111 挫折を乗り越えた経験を持つ人が、現在希望をもって仕事をしている割合が圧倒的に高い。挫折を乗り越えられなかった人と、挫折を経験しなかった人々は同じ程度の割合。
未婚者のうち、失恋という挫折経験がない人ほど、恋愛や結婚に希望を持てない。失恋経験のとぼしさが、20代男性の恋愛や結婚をあきらめる風潮を助長している。
「過去の挫折経験を語れる人ほど、未来の中の希望を語ることができる」語れるというのは、過去の失敗を自分のものとしてとらえなおし、現在の自分の言葉で表現できることを意味する。「過去の挫折の意味を自分の言葉で語れる人ほど、未来の希望を語ることができる」〓
▽115 (講演や講義)「ボクは、今日はアレとコレと、コレを、つまりは3つくらいしゃべろうかなと思っていくだけです。反応が悪そうだからと2つにしとこうとか、今日は聞きたがっているから、4つめも話そうか……。その程度です」
▽119 挫折が希望に変わる瞬間には、しばしば人から人へ経験の伝播がある。
▽121 釜石は栄光と挫折を経験しつづけた町。いま「ものづくり」という原点を大切に守りながら、新たな製品化にチャレンジ。挫折の歴史から目をそむけることなく、そこから進むべき道を学習し、新たな希望をはぐくもうとする。
▽125 「修正」「挫折」につづく第3のキーワードこそ、「無駄」。
▽128 希望は「あえて迂回し、距離を取ること」によって出会えるもの。つまずいたり、じっと待ってみたり、……時代や社会に流されることなく、自分自身もまだ気づいていない「何か」と出会うためには、無駄にみえるものにあえて挑むことが、むしろ積極的な行為となる。
▽136 「ケチな奴は絶対よい学者になれない。けちな人間にだけはなってはいけないよ」
▽141 希望というフィクション 人々が自由であり平等であるというのは事実ではないけれど、虚偽ではない。人々が望ましいと思うその状態を仮定している。
▽147 将来がまったくみえないとき、人は希望を失う。同時に、将来がみえてしまったと感じるときも、やはり希望は失われる。
▽159 「勉強して将来役立つことが、本当にあるんですか」「社会でそのまま役立つことなんて、ほとんどない」「勉強というのは、わからないということに慣れる練習をしているんだ」。社会に出ると、毎日が本当にわからないことだらけ。わからない社会を生きるためもっとも大切なことは、「わからない」ということで、簡単にあきらめないこと。逃げ出さないこと。「わからない」から不安だとか、つまらないと思わない。むしろ「わからない」からおもしろいと思えるかどうか。
私が希望学から学んだ1つは、「わからない」から逃げないことの大切さ。それこそが勉強や学問の意味だということをあらためて思い知らされた。
▽164 大学の選び方 得意だからと選ぶと、もっとすごい人がいることに気づかされる。自分が一番わからないと思っていること、前から気になって仕方のないことを基準に進む先を決める方がよい。
▽173 絶望を回避しようと努力した結果待っているのは何の変哲もない、ただ平凡な日常。日々普通の生活が実現できていることの背後には、絶望を避けようとした多くの人々の英知と努力がある。(〓村上春樹)真の意味での教養として求められているのは、そんな名もない人々に対する想像力。1人1人が自分もそうなりたいと思える社会こそ、本当の希望ある社会。
▽175 挫折やその克服体験など、過去から現在にかけて、自分なりの物語があるとき、その物語を手がかりに未来をどう生きるかというヒントを得ることができる。しかし、自分なりの物語を持っていない人は、未来を想像することのきっかけすらつかめない。そんな想像力は、絶望(最悪)を避けるという発想から生まれることもある。
▽178 社会の希望 その場所にかかわる多くの人々が、何かを成し遂げたいという「思い」をひとつにすること。地域を思う人々による希望の共有。マイクロクレジットのグラミン銀行は5人単位で連帯責任を負うことで一定の成果。
お互いが納得いくまで対話を重ねることの大切さ。
▽182 ローカルアイデンティティ 釜石では90年代以降の試行錯誤の末に「ものづくり」という地域の原点であるろーカルアイデンティティにたどりついた。希望とは変化に必要なものだが、ローカルアイデンティティは守り維持するもの。不思議なのは、自分たちの守るべきものがはっきりしてはじめて、新しいことにも挑戦する気持ちや行動が生まれるのが不思議。
▽184 知っているようで、自分の住んでいる地域のことをよく知らない。一生懸命活動している人たちのことも知らない。知らないまま、だめだとあきらめている。
地域の希望再生に向けた第3の条件は、地域の内と外、さらには地域内同士の人と人とのつながりを広げていくこと。……同じ地域に住んでいても仕事や環境がちがえば、異なる経験を重ねている。ちがいを持ち寄って共有するところから、新しい希望のある発想や可能性が生まれてくる。
▽188 真剣に経験を言葉にし、それに真剣に耳を傾けることからは、世代を超えて希望を感じあえるという事実。
会社の希望再生には、職場の希望を「気持ち」「何か」「実現」「行動」の4本柱に1つ1つときほぐし、探り合う。大事なのは、年齢・性別・役職といった立場をこえて話し合うこと。
▽198 「大丈夫」の使い方。「今のうちにちゃんと失敗しておけば大丈夫だから」。大事なのは「○ならば大丈夫」といった条件つきの大丈夫であること。こうしておけば大丈夫だと具体的に語ること。「こうしておけば」は、自分自身の経験に基づいた言葉こそ力をもつ。「○すれば」の中身は、不安になっている人に対して、行動を促す言葉がよい。
経験に基づいて行動を促す、条件つきの大丈夫という知恵のある言葉を、挫折や試練をくぐり抜けてきた人は必ず持っている。
「大きな壁にぶつかったときに、大切なことはただ一つ。壁の前でちゃんとウロウロしていること。ちゃんとウロウロしていれば、だいたい大丈夫」
▽206
▽215 まとめ
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