朝日新聞社 20070210
晩年をむかえた大江健三郎が、若い世代への伝言として新聞に連載した文章を集めたエッセー集。
「老人がいつも悲しい顔をしているのは『未来への未練』の表情だったと気づいた」と記す、老年をむかえた大江の悲しみと、死の床で「考えをあきらかに表現する力を失って、パレスチナの同胞のために働くことができなくなった」と人目をはばからず泣いたサイードの姿が重なりあう。
新制中学のとき、「個人の尊厳」をうたう教育基本法に感激して書きうつし、戦後の民主主義の基盤のうえで言論活動をしてきた。
民主主義の基盤ともいえる教育基本法が改悪される状況を前に、ふだん感情をあらわにしない小説家がめずらしく、文章の端々から怒りと無念さをほとばしらせている。
難解な、ある意味読者にこびない文章を書いてきた大江が、なんとか中学生にもつたわるようにと書いていることがわかる。その痛々しさもつたわってくる。
「知る」から「わかる」ようになることによって、知識をつかいこなせるようになる。そのうえで表現する・主張する・代弁する個人こそ「知識人」だとサイードは定義したという。「知る」だけではなく「わかる」ことの大切さ。これは、生活つづり方運動や、フレイレの議論にもつながる。
「わかる」ことが、表現し行動し社会を変革していくうえでの前提になるのである。
-------抜粋とメモ--------
▽サイード「父は最後のベッドで人前をはばからず泣きました。考えを明らかに表現する力を失って、パレスチナの同胞のために働くことができなくなったと悲しんで……
▽教育基本法を、私はノートに写しました。私が好きだったのは《個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育》という文章……
▽新制中学のころ心底おびえさせられる本……魯迅とドストエフスキー。「悪霊」
▽石原知事は、若い中国人たちが日本から行ったサポーターに示した振る舞いについて、「まあ、民度が低いんだから、しようがないね」といいました。……続いて都知事は、北京の政府は「いい意味の弾圧をしたらいいんだ」ともいいました。現在の憲法がなかったら、かれが言い続けていることは、戦争の挑発だとみなされるでしょう。
▽老人はたいてい悲しい顔をしている、と気になりました。……いま、あれは「未来への未練」の表情だったのだと気が付きます。
▽「小説を書いているだけでは退屈します。ある作家、詩人、思想家をきめて、その人の本、そしてその人についての研究書を、3年間読み続けるように。……4年目には、新しいテーマに向かって進むように」
▽原爆被害者調査をめぐる厚生省の考え「……およそ戦争という国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては、国民がその生命・身体・財産等について、その戦争により何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、それは、国をあげての戦争による「一般犠牲」として受忍しなければならない……」
▽「知る」と「わかる」 「知る」から「わかる」に進むことで、知識は自分で使いこなせるものとなります……。「知る」にはじまり「わかる」ことでしっかり身につけ、様々な事象について考えることを言葉にする。表現する・主張する・代弁する、これをサイードはひとまとめにrepresentという栄吾で表して、そうした個人こそ社会の役に立つ知識人だと定義しました。
▽自分のような素人にはまず基本的な文献を読むだけで4年かかり、その間は朝から夜までそうしているだけ。……(書くのを)やめたくなるのは、いま書き終わった小説と同じようなものを、もう1冊書くのは退屈だ、そんなことをして何になるという声が、自分の耳のうしろあたりで話しかけ始めるからです。そうして書かなくなって、……行き続けて行くのに必要な気のする本のかたまりを読みます。初めのうちは、その主題の本を集めます。手当たりしだいに本を買いますので……2年もたつと、、何を本当に読みたいのかが、はっきりしてきます。
▽教育基本法では「教育の方針」として、「学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって」……自分でも心がけたのが、この項の「自発的精神を養い」という言葉であった……私らがなにごとかを自発的にやる意思を示せば、「教育基本法」が先生たちの頭の上で力を発揮しているかのように、決して反対はしない気風が新制中学にあった時期なのです。
現行法は「国」という言葉は一度も使われていません。改定案のかんどころは《伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際平和と発展に寄与する態度を養うこと》。
▽看護師さんが、自分と患者との間の話しあいをどのように効果的なものにするかをさぐる、という方向づけで、患者との話し合いをノートにまとめて仲間たちの前で発表し、それを互いに批評しあう学習。(〓書くこと記録することの意義〓)