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私たちのオモニ <本田靖春>

■私たちのオモニ <本田靖春> 新潮社
 1992年以来の再読。
 朝鮮半島生まれの日本人である著者は「日系朝鮮人」と自称し、「私のなかの朝鮮人」を書いた。そのときに助言をもとめた金宙泰さん一家を描く。
 金さんはまじめ一徹で、儒教の道徳をそのまま生きているような人物であり、金儲けをよしとしない。妻の孝宣さんは敗戦後、在日朝鮮人による自主的な朝鮮語講習会が各地に生まれた際にその教師となった。2人は、朝鮮人子弟を相手にする学校教師の同僚として知りあった。
 孝宣さんは、不器用な金さんのかわりに、どん底状態から商売をはじめ、食堂やアパートを経営し……働きつづける。金さんはモーテルなどを経営するかたわら、朝鮮人も韓国人も寄稿できる季刊誌「まだん」を創刊する。数年で廃刊を余儀なくされるが、その後は鍼灸師になった。2人の娘・金栄さんは、母の孝宣さんの半生をたどる本を執筆し、在日朝鮮人1世の海女を追い、聞き書きする。
 そんな一家を2代3代さかのぼって丹念に取材した本だ。
 どん底で、希望のかけらすら見えないなかで、虚無の世界(=あきらめ)から脱却して将来への展望をひらくために自己変革をしつづけるという金さんの生き様は凄絶だ。その支えになったのがマルクス主義だったという。世の中を俯瞰する大きな思想は「あきらめ」を克服するツールになり得るのだ。今の時代にもマルクス主義のような大きな思想は生きるのではないかなあと思った。

=========以下抜粋など===========
 ▽73 敗戦後、在日朝鮮人による自主的な朝鮮語講習会が各地に生まれる。朝連は民族教育を組織化。3年制の初等学院は昭和21年には525校に。
 ▽83 朝鮮には族譜というものがある。先祖の起源にはじまって代々にわたる出生年や没年、官職などが記されている。父系血縁主義。跡継ぎの長男の持つ重みは日本の比ではない。
 ▽85 川岸の豚小屋を買って家にする。孝宣さんの父。川に杭をたて、ごみを生み立て、土地を広げる。
 ▽113 朝鮮語も日本語も中途半端になる子供たち。金さんは生徒に日記をつけさせる。朝鮮語でも日本語でも交ぜ書きでもよい、という条件で。日本語を朝鮮語に、朝鮮語を日本語に書き換えてやる教育に力をこめる。
 女子に教育は不要という考えが根強い。
 卒業して何年もして訪ねてきた女生徒が「私、いまでも日記をつけてるんですよ」。「いま先生のいっていることの中には、君たちに理解できない事柄がたくさんあるだろう。理解できなくてもいい。いまはともかく覚えておきなさい。覚えてさえおけば、十年先なり二十年先なりに、かならず思い当たる節が出てくるはずだから」
 ▽127 学校をやめた孝宣さん 駄菓子屋をはじめ、日用品を扱いはじめ、トラック運転手を相手にパンと牛乳を商い、弁当もつくり、定食屋を開業する。「できるかできないかではなく、注文を受けてから考える。それが、在日朝鮮人の生き方なんですよ。だって、ぼくたちには、有利な条件は何一つないでしょう。ないのが当たり前。問題は、無の状態から何を獲得していくか、ということなんですよ」(金さん)
 ▽137 マルキシズムは、彼の唯一の心の支えだった。彼のいう戦いは、他者とのあいだだけにあったわけではない。虚無の世界から脱却して将来への展望をひらくための自己変革という、内なる戦いもあったのである。
 ▽144 金両基さんは友人。「モーテルのおやじで終わるつもりじゃないだろうな」→「まだん」創刊へ。
 ▽149 日本のマスコミは在日の帰化問題を取り上げない。日本政府の差別政策の結果だが、朝鮮人側からは、あいつは裏切り者だ、と疎外する。両方から挟み撃ちをくっている。民族意識が風化した帰化予備軍がたくさんいる。一方では、何がなんでも帰化せざるをえない状況に追い込んでおいて、いざとなると間口を狭くしておく。
 ▽164 鍼灸師に。
 ▽191 慶尚道の人たちは済州島の人たちを疎んじる。済州島の人は「慶尚道から嫁をもらったら家が滅びる」などという。済州島の女性は働き者という認識からきている。それぞれの出身の栄さんと郷丘さんが見合い。「総連の組織の中にだって惰性でやっている人はいるし、みんなえらいわけじゃないんだ、あんたも惰性でやってるんじゃないの。実際にムラの中にいてムラの言葉で喋っている分には元気がいいけど、一人になったら物も言えない愛国者がいっぱいいますからね」
 ▽195 「朝鮮新報」の日本語版編集部の副部長をしている郷丘さん「最近は在日であることがいろんな面で有利で、メリットの方が多いと考えるようになりました。彼女のやった仕事は、在日だからできたことなんですよね。そう考えると、われわれにしかできないことが、まだまだいっぱいあると思うんです」(92年)
 かつては狭間の暗い存在としてしか意識されなかった在日の人たちが輝きを帯びてくるはず。その時代は目の前にきている。 

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