■人は愛するに足り、真心は信ずるに足る アフガンとの約束 <中村哲、澤地久枝> 岩波書店 20100909
医師としてアフガン国境に出かけ、医療だけでは人を救うことにならないと気づいて井戸を掘り、用水路を建設する。水路ができると、砂漠が緑の麦畑にかわる。池ができて水浴びするようになって皮膚病などの病も激減する。
イスラム教とともに読み書きを教える寺子屋であるマドラッサを、「タリバンの養成所」とアメリカは目の敵にして「国民学校」を整備しようとする。でもアフガンは、マドラッサを中心に地域のまとまりと権威が形づくられていた。マドラッサの復活こそが彼らにとっての「解放」だった。
タリバンは多い時期でも2万人程度の兵士しかいなかった。10万の兵士でも統治できぬアフガンをたかだか2万人の兵士でなぜ統治できたのか。長老を中心とした保守的な農村の自治を尊重したからだ。都市部における行きすぎはあったが、アフガンはけっきょくはタリバン的な方法でしかおさめられないのだはないかと著者は見る。
アルカイダは都市のインテリであり、欧米社会の病理から生まれた。タリバンは田舎者の集団であり、両者は出自からしてまったく異なる。なのに、アルカイダ掃討が目的だったのに今では「タリバンが敵」とされている。日本の私たちも気づかないままに敵はタリバンと思いこまされている。
アフガンらしい文化。長老による自治……といったものを尊重し、復興することでしかアフガンの復興はあり得ない。そういう「らしさ」を復興させるためにこそ日本の援助は用いられなければならない。そのモデルは中村医師らの25年の取り組みがすでに示している。
自衛隊派遣や米軍への協力を「国際貢献」と言いつのる国会の論議や、日本政府の援助の薄っぺらさ酷薄さが浮き彫りになる。
=================
▽11 現地にあって、日本に対する信頼は絶大なものがあった。それが、軍事行為、報復への参加によってだめになる可能性がある。中村氏が国会で発言するとき、笑っていた議員。自民党の亀井善之委員は、「自衛隊の派遣が有害無益でなんの役にも立たないという発言」の取り消しを求めた。
▽29 内村鑑三「後世への最大遺物」〓の影響でクリスチャンに。父は関東大震災で東京人が嫌いになった。隅田川は朝鮮人の死体であふれていた。町内会の一段が、日本刀やら木刀をもって、通行人を検閲しているのに出会って「この人は言葉がおかしい」といって、朝鮮人と間違えられたあやうく殺されそうになった。
……拉致は国家的犯罪だから、北朝鮮が悪くないなどということはひと言も言いませんが、それ以上のことを日本はした。大牟田の炭坑で数百人死んでいて、いちばん労働条件の過酷なところに朝鮮人労働者は回されている。……合同葬儀が拉致報道のときにあった。在日の知り合いに意見を聴いたら「先生、それを言うと日本中から袋だたきにあいます」というのです。戦時中のムードに近いのでは。
▽33 居候が常に十数名いる家だった。火野葦平がおじ。
▽43 ツルハシも使えない若者。1カ月もすると、「あそこの岩盤は硬いけど、発破作業でやりますか」と話が具体的になってきます。理念の空中戦というのはなくなる。
▽59 家内にありがとうって言えないですよ。そんなことを言うと、家内は気持ち悪がって、私を精神病院に連れて行きますよ
▽63 過激なイスラム論者だとかいう人ほど、私の言うことをよくわかってくれる。妙に世俗化するよりも、かえって忠実に守ろうとしている人の方が……原理をきちんと知っている人のほうがわかりあえる。
▽67 九州各地の水路を見て歩いて、その知恵をアフガンに生かす。蛇篭を積む。
▽76 モスクを中心に識字教育などをするところがマドラッサ。地域共同体のかなめ。モスクを中心にした寺子屋方式の教育という昔から地元に根付いたものがなくなるのは、地域のアイデンティティがなくなるに等しい。ところがマドラッサの建設は認められない。どころか爆撃の対象にしている。マドラッサで学ぶ子をタリバンという。それを爆撃して「タリバンを80人殺した」と新聞に載る。現地で通用する常識すら知ろうとしない。
▽79 マドラッサというのは、県にいくつかあるというぐらいの、わりと大きな地域を束ねる中心地。
▽93 空爆下、ペシャワルから食料を現地に運ぶ。アフガン出身のスタッフが志願して危険な任務についた。20人。おそらく2,3人は生きて帰れないだろうなと思いながら送った。……あのなかに日本人がおったらどうなるか。おそらくとめたでしょう。それだけ日本の社会全体が内向きといいますか……ほかの国の人の命は考えきれない、その非国際性というのを感じます。
▽97 イスラム過激論者は、農村部には発生する土壌がない。自分の生きる根拠を失った人たちが、極端な行動に走りやすい。いわゆるタリバン運動は、国際主義的なアルカイダの運動とは事実上、相いれないものがある。9.11の犯人像を見ても、ほとんどアラブのエリート層。
▽100 伝統的な長老会の復活が大きなかぎ。そのためにも、マドラッサの完成は水路と同等に重要。
▽110 きのうまで普通に仕事してたんですよ。それが、事故に近いかたちで死んだのに、きれごとばかり言って、20万人、30万人の命は誰が責任をもつんですかと言いたかったです。
▽124 「敵」 アルカイダは消えて、いまはタリバン1本。本来ならば、アルカイダを捕らえるとか、ビンラディンを捕らえるというのが目的だったんですよね。……ものすごい無差別攻撃が始まった。人が集まっているところ、たとえば、結婚式場を爆撃する。マドラッサを攻撃する。
▽138 私自身も、広い意味で「タリバン一派のリーダー」と言われれば、そのとおりに違いない。だって、農民とタリバンとは、はっきり区別できないですから。われわれだって追いつめられれば米軍、自衛隊を襲撃しますよ。私が命じなくても、部下がやります。……皆、恨み骨髄じゃないですかね。たとえば米軍ヘリの機銃掃射を受けたときは、重機の運転手が、今度装甲車が通ったら、川の中にたたき込んでやると言うのです。私は「待て」「やるのなら水路ができてからやってくれ」と。すると「まあちょっと母ちゃんのために我慢するか」とかね。
▽151 たとえば、マドラッサを体験し、その土地にとけ込んで暮らして、アフガンについて書くというようなジャーナリストはいないんですかね。……いまははじめから偏見の目で見ている。かつては人類学者とかいたんですけど。9・11以降の空爆などで、異教徒締め出しという、攘夷運動的な動きがあって、今は不可能になっています。
▽159 テロ実行犯はアラブ系のエリートで、ほとんどがドイツ、アメリカ、イギリスで育った若者たち。テロの温床は、実は先進国の病理です。それを外に転嫁して、タリバン掃討だとか言っているわけです。
60万人の命を預かっている。水路。
▽173 カイバル峠で米軍の補給路が断たれるとアフガンで戦争できない。7割は、カラチからペシャワール経由でカーブルまできている。
ペシャワール会の診療所はアフガンに1つだけに。ほかは戦争のために行けない状態になり、放棄せざるをえなかった。戦争によってつぶされた。心情的にも米軍に対しては恨み骨髄ですよ。
▽185 水量調節の土石流を防ぐための遊水池に連続して、池をいたるところに置いている。そこに魚がすみつく。百姓が魚をとって、揚げて食べる店もできている。水が来ると病気が減る。皮膚病がすごく減る。
▽204 バーミヤン あれは騒ぎすぎですよ。片や、飢え死にしそうな人が100万人といってたんですよ。追いつめられた状態では、人間は精神的におかしくなるわけで、そのへんの配慮というのがほとんどなかったですね。
タリバンのやり方は、地域の長老会とねばり強く交渉して、地域の治安を保障し、自治を保障する。その合意を取り付けて、武装部隊を進駐させるというやり方。タリバンの初期勢力は1万2千人くらいで、最後まで2万人を超えることはなかった。それが国土の9割を制圧したということですから、そこに、アフガン人の気持ちに訴える何かがあったんじゃないか。
自治を保障すること、アフガン人の掟を尊重するということの2つですね。ただ掟のなかには女性のブルカ着用とか、元来不文律であるものを明文化して、堕落した都市空間まで消滅させようとした。そこで無理があったんじゃないか。
……権力掌握まではよかったが、そのあとは子供の凧揚げ禁止だとか、すべて宗教の力で解決しようとした。……それはタリバン政権だけが責められることではなくて、国際社会の救援団体がすべて引き揚げてしまって、身動きがつかなくなり、追いつめられたということがあるのだと思います。
▽213 10歳の男児を失う 「バカたれが。親より先に逝く不孝者があるか。見とれ。おまえの弔いはわしが命がけでやる。あの世で待っとれ」
▽222 日本人はいつからこんなに弱虫になったのか。……水を確保できれば、アフガンは再生する。99%のアフガンの庶民は、家族が仲良く、自分の故郷で暮らせること、一緒におれること、三度のご飯に事欠かないこと、これ以上の望みをもつ人は、ごく稀ですよ。その基本的な要求が満たされないがために、米軍の傭兵になったり……。皆嫌気がさしている。あの傀儡政権のカルザイ大統領が、米軍に抵抗しているとうのはそういうことですね。……やはり最終的には、旧タリバンとはいわないまでも、タリバン的な政権が出現して、統合されていくというのが自然な姿だと思います。
タリバンの特質は、アフガン的なものに根ざしているので、アフガン人を全員抹殺しないかぎり、タリバン勢力の根は切れない。
「人の役に立つ人間」であることへのゆるがぬ意志。
コメント