■オリガ・モリソヴナの反語法 <米原万里>集英社文庫 201003
1960年代、チェコの首都プラハにあった、外国人の子弟が通うソヴィエト学校が舞台だ。ダンス教師オリガ・モリソヴナは、大げさな褒め言葉で生徒を罵倒する。50歳代というふれこみだが、どう見ても70歳以上に見える。
独特の個性と魅力があったオリガはどんな人生を歩んだのか? オリガにダンスを習った主人公は20数年後に彼女の人生をたどる旅にでる。
オリガは、舞踏家であり、外国人と恋をした。そのために、スターリンの粛清の時代に投獄される。強制収容所、粛清された人々の孤児たち、粛清した側も次には粛清される……すさまじいばかりの惨劇が彼女の人生の裏にはあった。ソ連東欧の人々が甘受した悲劇がありありと浮き彫りになる。
だがそんな絶望的な収容所でも、みんなで小説を思い出して朗読会をもよおして元気づけあったり、刑事犯の女たちが堂々と自分たちの権利を主張したりする姿にもであう。「彼女たちは、あたしたち上品な政治犯みたいに看守の言うがままに振る舞ったりしない。いちいち文句を言い、自分たちの権利を主張する。必要ならば団結するし、仲間のために身体も張る。衛兵を召し使いのようにこき使ってたのが、痛快だった」という記述は、日本の戦前、治安維持法で投獄された山代巴が描く監獄の女囚たちのたくましさと通じる。 ソ連の良い面にも目を向ける。
バレエのような芸術が西側に来ると「商品」になってだめになる。ソ連には才能に対するひがみや嫉妬がほとんどなかった。歌や絵がうまい子がいると、先生も生徒も自分のことのように大騒ぎして喜んだ。「人間を商品として考えないところが社会主義のよいところ」と言う。
筆者は、悪がシステム的に分散されていることが資本主義国の悪だという。ソ連のような独裁体制の国は、悪い人は絶望的に悪いが、その一方で、「こんなに人がよくて大丈夫なのか」と心配になるほどいい人がたくさんいる---と指摘する。
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