■魔女の1ダース-正義と常識に冷や水を浴びせる13章 <米原万里>
愛を説くキリスト教が魔女裁判などで10万人を殺戮した。ナチスにとっての「ユダヤ人」、大日本帝国にとっての「非国民」、ソ連の「トロツキスト」、中国の「反革命分子」、アメリカの「アカ」……と、国民を戦争などに動員するときには今でも「魔女狩り」によって、異なる思想や行動の持ち主を血祭りにあげる。
ユーゴスラビア紛争の引き金になったのはIMFのショック療法だった。単一民族国家に近いポーランドでさえもIMF路線によって旧共産党の復活を招いた。ましてや多民族がモザイクをなすユーゴでは、致命傷になった。(「ユーゴスラビア--衝突する歴史と抗争する文明」〓がその経緯を書いている)
クロアチア語とセルビア語は京都弁と大阪弁ほどの違いしかなかったのに、クロアチアでは両言語を「遠くする」政策がとられ、ジャーナリズムも協力し、昔は99%理解できたというセルビア人が「今ではちんぷんかんぷん」と言っている。
権力分立というアリストテレス以来の英知を無視したのが社会主義だった。「良き権力」という幻想にとらわれ、共産党書記長は、唯一公認イデオロギーの最高神官の役割もかねるようになり、絶対王政の国王以上の(祭政一致の)権力者になってしまった。平等であるべき社会主義国家で古代王権なみの絶対的な権力ができてしまう皮肉よ。
ゴルバチョフが禁酒を発令したとき、酒の原料になる砂糖が消え、糖分が入っている歯磨き粉が消え、アルコールを含有する靴クリームも店頭から消えた。靴クリームをパンに塗り、アルコールだけパンに吸わせて、クリームの部分をこそげ落としたという。
うそのようだけど、本当の話。それだけ、「普遍的」なものなんかないってことだ。同時通訳として異なる文化を自分のなかにとりこんできた筆者は、世界のすべてを相対化する目をもっている。
マイナス59度の土地からマイナス35度の町に着いたとき、暑くてオーバーなんて着てられなかったとか、真冬のシベリアの飛行機の機内の気温はマイナス22度だとか……も意識も体も所詮は事前の体験との比較で事態を察知するのだと教えてくれる。
相対主義という意味では、「言語に先立つ、どの言語にも依拠しない純粋概念は存在しない」という立場に立つ。オウムの麻原は、異なる言語の世界のどこの人でも最終解脱者同士なら言葉を介さずに意思疎通できると説いたが、モスクワでは通訳を介して語り合った。そんなものなのだ。
筆者の相対主義と観察眼は、常識と思われることを平気で覆す。
ソ連で計画経済のなかで育った中高年と、市場経済を学んだ若者が日本の大学で経済を学ぶとき、中高年ははじめは授業の足を引っ張るが、しばらくすると、中高年こそが根源的な質問を発し、授業に深みをもたらすことになる。経済という単一の物差しでは測れない豊かさ。「習熟度別」は子どもにとっていかに素晴らしい機会を喪失することになるか……
近代小説という形式ができてはじめて、人間の個人的感情が市民権を得た。人間の個人的な感情を詳細に描くほど、普遍的な共通点が認識された。近代小説が生まれる前は、「百姓娘も恋ができる」などと支配階級の人間は思ってもみなかった。小説によって「農奴も同じ血が流れる人間なんだ」という認識を広め、それが1861年の農奴解放につながった。現状を描写・後追いするのではなく、現状を変える力を近代小説は持っていた。
大マスコミはなぜオウムや創価学会のことを報じなかったのか。報じたのは個人のジャーナリストと週刊誌だったのはなぜなのか。影響力が巨大であるほど、権力などからの圧力と監視が増す。不買運動を起こされたときのダメージも膨大になる。先の大戦でも、大メディアは真っ先に大本営の下請けに成り下がった。だから、イタリアは戦後、報道機関の規模を抑えるため、合併や寡占化を制限する法を設けた〓という。……なるほど。
さらに、マスコミはなぜ陳腐な情報ばかり流すのか? 本当の意味での驚きのあるニュースがなぜないのか。同じ情報を共有していることを確認することで心の安定を求めるからだ。情報の送り手と受けてが対峙するのではなく、同じ方向を向いているのだ。「読者の目線」というスタンスのおかしさがよくわかる。
じゃあどうしたらいい? より狭い個人の意識を表現しようと努力するほど、表現の自由度は飛躍的に高まるという。これは佐野真一の「小文字言葉」につながる。「大文字言葉」はしょせん、「こういうことは知ってるよね、ねっ!ねっ!」というなれ合いでしかない。
「巨大マスコミのつらさは、この記事もらわんでもええわ、とケツをまくる覚悟が不可能になったことにあるのでは」と言う。
「大きな物語」を求めて抽象化すればそれは陳腐化し、異なる文化ではまったく意味をなさなくなってしまう。個別具体的な部分に焦点をあててつまびらかに描写するなかにこそ、本来の意味での普遍を求めることになるのではないか……という主張は佐野と同じだと思った。
異端との出会いのなかで、曖昧だった言葉の意味を明確にしてくれる。自分自身の意思や立場をも自覚させてくれる。「異文化の交差する瞬間にこそ意味が生まれる」という。だから、異端であるユダヤ系が欧米文化を引っ張り、戦後日本の文化は大陸からの引き揚げ者なしには考えられなかった。スペインのフラメンコも、インド半島出身のジプシーが地元農民の踊りをアレンジしたものだった……この話はお遍路の問題につながりそう。
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