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世界がわかる宗教社会学入門〈橋爪大三郎〉

ちくま文庫 20091116

 世界はつくられたのだから、始まりと終わりがある。それをつくった知性は世界の外側にある。その偉大な知性を神と呼ぶというのが一神教。この世界には始まりも終わりもない。世界も人間も変化しているようで変化していない。究極の法則を理解する最高の知性のあり方は、人間の生死を超越する、というのが仏教のあり方。この世界は過去を再生産している。過去を忠実にたどることを最高とする立場が儒教。
 冒頭、そう説明されるとなるほど、と思う。

 ほかのどの宗教でもなくキリスト教という一神教のもとになぜ近代合理主義が生まれたのか、という疑問はウェーバーが解明している。
 「カエサルのものはカエサルへ。神のものは神へ」という二王国論が、ヨーロッパの封建制や絶対王政、近代国家の基礎になったという。教会と国家は独立しているから、教会が言論で権力を批判できることから、思想・言論の自由の基礎にもなり、自然科学も生まれた。
 では、東欧の正教ではなく、カトリックの側に近代が生まれたのはなぜか。
 東ローマ帝国は強力な国家として存続したから皇帝が総主教を兼ねる体制となった。そこでは教会改革などは不可能だった。ちなみに、マルクス・レーニン主義は、ロシア正教の伝統を受け継いで皇帝教皇主義の教会とそっくりの共産党をつくりあげたという。
 一方、西ローマ帝国はすぐ滅び、各地の大司教が各国の国王に戴冠するという聖権と俗権の二人三脚となった。それが「二王国論」だった。
 カトリックのなかから生まれたのが新教だ。
 ルターは聖書至上主義を説き、聖書のドイツ語訳をグーテンベルクの印刷技術で印刷した。印刷技術によって学問レベルが上がり、ローマ教会の権威を否定できるグループが出現した。宗教改革の結果、信仰と政治権力が再び分離し、国家が世俗のものであることが再確認された。
 またルターの「天職」という考えによって、軍人も天職となる。ルターの学説は、暴力をはじめて肯定した。国家による暴力独占が肯定されることで近代国家を生み出した。
 さらにカルヴァンは、救われる人と救われない人はあらかじめ決められていると説いた。そんななか、救われないことがみえみえの自堕落な生活をする人は地域社会で相手にされない。救われると信じたいから、禁欲へと駆り立てられ、勤勉に労働する。それが近代資本主義を生み出した--。

 「あの世」を巡っても宗教を分類できる。イスラムもキリストも「最後の審判」があるのに対しユダヤは、死ねば土くれになってしまうと考える唯物論だ。儒教もユダヤに似て徹底した現世主義だ。中国では儒教のかわりに道教が「死後の世界」を描く。キリスト教の「復活」も、ヒンドゥーや仏教の「輪廻」も、死後の世界など存在しないという、強烈な合理主義の表現だと位置づける。
 一方日本人は、復活や輪廻を信じないし、現世中心主義に徹するほど合理的でもないから、なんとなく死後の世界があるような気がしている。未開社会にはよくあるタイプの感覚だという。

 浄土真宗や法華宗は仏教のなかでは一神教的な要素をもっており、他力本願は「自力」を否定することで「平等」を主張し、一向一揆の基盤になった。禅宗は、農業をしたり食事の準備をすることを修行ととらえており、ルターの「天職」の考えと似ている……。
 キリスト教などと比較することで、仏教がいかにダイナミックな思想だったかがわかる。その仏教のダイナミズムを奪ったのが江戸幕府だった。「宗門人別帳」によって寺の地位が保証される一方、信仰の自由はなくなり、宗教目的の集会も禁止され、「葬式仏教」に堕してしまった。

=============抜粋・メモ===============

▽24 宗教という言葉は明治に発明された。その前は「宗門」だった。
▽50 一神教における預言者は神の声をきく人だから、神と権力者が矛盾した場合は神に従う。権力と知識が分離している。この一神教の預言者のシステムは近代合理主義にも通じる。(ウェーバー)
▽55 ユダヤ民族のidは最初は神に対する儀式だったが、その儀式を行う権利をエルサレム神殿に集中させた。儀式ができないから、神に対する敬意を、食事や服装、行動をただすことで表現する。たとえ神殿から遠く離れても信仰を続けられる。それによって、世界中に散らばっても大丈夫となる。
▽63 韓国は5割がクリスチャン。父系社会だから、父系社会のキリスト教も入りやすい。伝統的家族信仰が弱まって核家族化したりするときに、その隙間を埋めるのに好都合だったのでは。逆に日本でキリスト教が広まらないのは、日本は父系社会でないから。
▽82 キリスト教 二王国論 カエサルのものはカエサルへ。神のものは神へ。国はばらばらでも、教会は1つでよい。二王国論は、ヨーロッパの封建制、絶対王政、近代国家の基礎になった。思想・言論の自由の基礎にもなった。教会と国家は独立しているから、教会が言論で権力を批判してもいい。こういう習慣から自然科学が起きる。
▽93 キリスト教の正当教義は、公会議で決定する。聖書の解釈や学説を一体に保つための仕組み。ローマ帝国の国教となったが、ローマ帝国は東西に分裂する。そのため、正式な公会議が開けなくなる。その結果、教会も分裂する。以来、公会議は開かれていない。
東ローマ帝国は強力な国家として存続したから、ビザンチン教会は安泰だった。皇帝が総主教を兼ねる体制が伝統となる。そこでは教会改革などは不可能。マルクス・レーニン主義は、ロシア正教の伝統を受け継ぎ、皇帝教皇主義の教会とそっくりの共産党をつくりあげた。〓トッドと久野か丸山
▽98 西ローマ帝国はすぐ滅び、キリスト教に強力な後ろ盾がなくなった。各地の大司教が各国の国王に戴冠するという聖権と俗権の二人三脚となる。「二王国論」。政教分離の原則もこれが期限。
▽100 ルター 聖書至上主義。聖書のドイツ語訳をつくる。それをグーテンベルクの印刷技術で印刷した。印刷技術によって学問レベルが上がって、ローマ教会の権威を否定できる論拠とグループが出現した。
宗教改革の結果、信仰と政治権力の分離が再びおこり、国家が世俗のものであることが再確認された。
「天職」という考え。軍人も天職。国家が暴力を独占できる。それが近代国家。つまり、天職の思想は近代をつくりだした。ルター派の学説は、暴力をはじめて肯定した。マルクス主義もこの考え方に従う。
▽107 カルヴァン 教会の規則が生活のすみずみまで律する神政政治を理想とする徹底した禁欲を、ジュネーブで強制した。朝早くから働き、規則どおりの信仰生活をつづけるようになる。救済予定説。救われる人と救われない人はあらかじめ決められている。人間にはそれがわからないが、救われないだろうことがみえみえの自堕落な生活をする人は地域社会で相手にされない。逆に、正しい生活をする人は神の恩恵を受け、「神を信じるようにさせてもらっている」と理解される。
救われると信じたいから、世俗内禁欲へと駆り立てられる。勤勉に労働する。……近代資本主義へ。
▽119
▽132 イスラムのクルアーン(コーラン) 驚異的な法理論。
▽136 イスラム教は合理的。キリスト教やユダヤ教より完全にみえる。だがどんな合理的な体系も、いくつかの非合理な前提から出発する。(礼拝や食物規制など)
▽139 イスラムもキリストも最後の審判がある。ユダヤは、死ねば土くれになってしまうと考える唯物論。これらは「いま生きているこの人生に集中すべきだ」と言う。
ヒンドゥーは輪廻を信じる。仏教もそう。
儒教は徹底した現世主義で、死後の世界には関心をもたない。ユダヤ教とよく似た感覚。儒教のかわりに道教が、死後の世界を詳しく描く。復活や輪廻は、死後の世界など存在するはずがないという、強烈な合理主義の表現です。日本人は、復活や輪廻を信じてもいないし、現世中心主義に徹するほど合理的でもないから、なんとなく死後の世界があるような気がしている。未開社会にはよくあるタイプの感覚。
▽142 輪廻を信じるなら、祖先崇拝はあり得ない。それは仏教でなく道教のやり方。
インドの認識では仏教はヒンドゥーの一派。
▽148 仏教は初めて輪廻を否定した。「輪廻を乗り越える」というアイデアを打ち出した。
▽162 神が世界を創るなら、世界がなくても神はいる。創られたものの中には神はいない。仏教はそれは認めない。世界を仏陀がすみずみまで認識したときには、その外にはなにもない。キリスト教徒にとっては「世界の外に神がまだいる」、 仏教は「世界の外にはなにもない」。純粋の虚無。
▽172 般若経典の語法は独特で、対立する両方を否定する
▽176 阿弥陀仏は元はイランのゾロアスターが起源という説。釈迦のかわりに阿弥陀仏を信仰し、極楽浄土への往生を願う浄土教は、仏教としては奇妙だが、本来は一神教的な神であったと考えると腑に落ちる。ゾロアスターは、善と悪の戦いがこの世界だとする二神論。東は、インドに伝わって阿弥陀仏信仰になり、西はキリスト教になったと考えると、日本の浄土真宗の一向一揆とドイツ農民戦争はいわば兄弟同士。
▽178 法華経 釈尊についての解釈を改め、釈迦仏は大昔に悟りを開いていたが、人々に仏法を広めるためわざわざ釈尊をつかわした、と考える。こうすると釈迦仏はキリスト教の父なる神(久遠実成仏)/イエス(釈尊)の関係に似てくる。浄土教とまた別なふうに一神教と通じるところがある。
▽201 禅宗 仏教の経典を無視し、戒律を無視する。戒律を守っていれば労働ができず、国家に扶養されることになる。禅宗は農業をしたり食事の準備をすることを修行と考える。精進料理を発達させ、それが日本に伝わって日本料理のベースに。
仏教は在家の信徒に肉食を禁じていないが、日本では、在家の民衆まで肉食をしなくなってしまった。それで豚骨スープをつくれなくなり、味噌汁や日本料理のダシが発達したのだろう。
▽202 禅宗は世俗労働を修行の心で行える。日本では武士の間で人気を得た。「労働も修行」という考えはルターの「天職」の考えと似たところがあり、日本人の勤労倫理に影響を与えたと思われる。
▽203 仏教伝来。物部氏ら保守派は「日本には昔から神がいる」。外来の蘇我氏らは「国際標準の仏教を信じないと時代に遅れる」と主張。聖徳太子は、官僚機構を中国式に整備した。国際標準によって日本を改造しようとした。
▽211 浄土真宗 自力を否定すると、修行も出家も否定する。出家を認めないから寺もない。「道場」をつくった。シナゴーグやモスクのようなもの。浄土真宗が寺をつくるようになったのはずっと後のこと。(創価学会との類似)
絶対他力。往生のために人間の側の主体的行為は必要ない。阿弥陀仏の主体性にすべてまかせるのが正しいという思想。自力は個人の違いをどうしようもないから差別をうむ。絶対他力は阿弥陀仏の前での平等という考え方だから、平等な社会を実現できる。それが一向一揆。キリスト教に近いが、契約・約束の考え方はない。念仏を強調するあまり、テキストを読むことも重視しない点もキリスト教とは異なる。
▽214 日蓮宗 日蓮正宗では、日蓮は単なる僧侶ではなく、仏陀そのものと考える。
▽216 江戸時代に「宗門人別長」。信仰の自由はなくなり、宗派が宗教的目的で信徒の集会を開くのも禁止。自社は葬式しかすることがなくなった。宗教的権威を傷つけることこそが江戸幕府の宗教政策の狙いだった。
インドでも中国でも仏教は葬式と関係ない。日本では、仏教が合理主義で霊魂の存在も信じないし死者も怖れないから、葬式をやってもらおう、となったのでは。江戸時代になって、檀家の葬式は僧侶の独占事業に。戒名をつける習慣は、檀家制度がくずれはじめた戦後のこと。
▽226 中国にもともとあった宗教は祖先崇拝。共通の祖先をもつことで団結する。道教も儒教も祖先崇拝を前提にしている。父系血縁集団。血縁関係が強力すぎて、それと官僚機構を絶縁するため科挙や宦官が導入された。
日本人は祖先崇拝が弱い。
▽230 儒教の「天」。統一国家の統一権力を可能にする仮設構成体が「天」。祖先崇拝を下敷きにしつつ、一歩抜け出ている。
当時の中国は奴隷制で、諸侯は家内奴隷を抱えていた。男性の家内奴隷を臣、女性を妾という。彼らはしだいに側近と化して権力をふるう。すると奴隷でもないのに、自発的に臣になろうとする者がでてくる。これを官という。欧州とちがい、中国の臣下には人格の独立権がない。
▽236 政治万能主義 祖先崇拝は確定した過去の人間関係によって、不安定な現在の人間関係を整序する試み。……世襲で地位を安定的に継承する。が、行きすぎると社会が流動性がなくなる。そこで科挙で官僚を登用する。だが、これによって官僚制は肥大化し、都市人口が増え、税金が重くなる。農村が疲弊する。だから300年ぐらいたつと、王朝が倒れる。
▽240 孟子の国内改革は「儒教社会主義」。土地は国家のものだから、班田収受(農民に分配して回収する)すればいい、という土地均分のアイデア。日本も律令制を採用する際に受け入れた。日本中の土地は天皇のものという農民の考えが、明治維新成功の支えになった。遠く孟子の思想の影響。
▽264 幕藩体制は分権制度だから中央政府は政治をやらない。鎖国だから軍事外交もやらない。中央政府はないに等しい。政治をやらないのだから、武士は中国の本でも読んでいろ、と納得していた。刀狩りと兵農分離で領主権が名目化して官僚制化した。
官僚機構が家族制度を下敷きにしている。官僚道徳と家族道徳に区別がないから、忠=孝になってしまった。その結果、政治的主君が中国以上に絶対化される。政治的に無能で家族道徳を踏みにじっても絶対的な忠誠の対象になってしまう。政治的主君が神になってしまう。つまり儒教が実質的な宗教に転化することが可能になる。これが天皇制。将軍に反乱するという政治的運動を、儒教の名のもとに行うことができた。尊皇攘夷。
明治維新が下級武士を中心に担われたのは、学問をすれば誰でも統治階級としての資格が生まれるという儒教思想の影響が大きい。
▽271 キリスト教は地上の権威と神の権威を分離した。ここから、政教分離という政治原則が生まれた。儒教は、神にあたる超越的権威が存在しない。中国では政治がすべてを決めるのであり、死後の世界や超越的権威は考えない。伝統中国では官僚(政治家)にすべての社会的資源が集中する。中国で共産主義が成功したのも、こうした伝統と関係がある。儒教は法治ではなく人治。中国が市場経済に移行しようとしても、法の支配が実現しにくいのはこうした背景がある。

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