■樹心社 20210506
福島第一原発事故以後、「安全」をめぐって生産者と消費者の間に亀裂が生まれた。「安全安心」だけでは何かが足りなかった。有機農業やエコロジー運動の先駆者が「有機農業」になにを求めていたのか知りたくて1980年代の本を手に取った。
筆者は産業界とべったりの京大工学部に絶望して辞め、「使い捨て時代を考える会」を通して、有機農業や農産物直販にかかわってきた。
「安全安心」な野菜がほしいというのは消費者のエゴイズムと考え、会員にとって野菜は「教材」であり、支払うお金は「教材費」と位置づけた。生産者と消費者が生産・消費・流通を共有することで、農業と日本の現実を考え、暮らしを反省するためだった。
だから「安全性追求至上に走ることについては十分に警戒すべき」「消費者には、無農薬を要求する資格や権利はないと思ってください」と訴えた。
福島では、放射能汚染を前に、有機農家と連携していた多くの消費者が離れていった。そうした現状を予見し、そうならない運動づくりを40年前から考えていた。
有機農業運動の原理は「生産者の喜びを喜びとする消費者と、消費者の喜びを励みとする生産者の結合」であるべきだという。「安全安心」ではなく人間としての連帯だ。
筆者は自宅でも小さな畑をつくり、使い捨ての会でも畑を耕している。日本経済が衰えると考え、最低限食べていける社会づくりを提案する。
甲田療法による断食を通して、1日1000カロリーで健康に暮らせることを知る。日本の耕地面積が600万ヘクタールとすれば1人あたり5アール。4人家族で2反。新たに開墾する土地を加えると3反になる。1反で米、残り2反で雑穀と芋と野菜をつくれば食べていける……「半農半X」を1980年代に提案していた。
合成洗剤についての論考もおもしろい。
そもそも合成洗剤は、軍事のために油脂が不足する時代にソープレスソープが開発されたのがはじまりだった。戦後日本での普及は、重い石油を燃料に使った余りの軽い石油の消費先として、自動車産業とプラスチックとともに大量に生産された。川の堰の下にできた泡がずっと下流でも消えないのも、コップの水の表面の泡が消えないのも合成洗剤だと指摘する。
原発などの巨大科学技術批判も説得力がある。
巨大プロジェクトでは、多くの研究者・技術者は全体の一部を請け負うにすぎず、他の事項は他人まかせになる。炉工学の専門家たちは使用済み燃料の処理は「廃棄物の専門家がうまくやってくれるだろう」と考える。蛸壺的関心の研究者を増大させ、相互批判が存在せず、政治的圧力による見切り発車の土壌が形成される。巨大科学技術は無責任な分業システムの上に乗っているという。
▽24 水俣 有明海、八代海、徳山湾、新居浜、水島、魚津、氷見、酒田でも水銀物質の垂れ流し。日本人の髪の毛の水銀量は、水銀農薬の使用とあいまって欧米人の数倍に。
▽49 昭和51年の冷害の福島。周辺の田んぼが惨憺たる姿だったのに対し、有機農業無農薬試験田では稲穂が垂れていた。収量は平年の6割ぐらい。「平年作は8割程度の収量しかなくても、冷害の年に6割いただけることは本当にありがたいことです……腹八分目に医者いらず、です。」と管理責任者の農協の副組合長。
▽51 堆肥は作物のために直接あたえるのではなく、土のなかの生きた世界をより豊かにするため、ミミズや微生物たちに餌として与えるのだと考えればよい。
▽52 有機農業というのは、有機堆肥を入れるか入れないかといった表面的なことで見るのではなく、生きた自然の有機的関係を大切にする農業だと考えておいた方がよいのです。
▽60 安全な農産品を安定して確保したいと希望する前に、自分自身の生き方・考え方に、真剣で鋭いメスを加えるべき。その努力をおこなわずして、ただ安全なものがほしいと叫ぶだけでは、エゴイズムでしかない。
……農産品を主要なテーマとするのは、「考える素材」としてであって、いわゆる「共同購入」としてではないことをあきらかにしている。
▽64 農産品は、会員に取っては「教材」であり、支払うお金は「教材費」なのだ。「教材費」と考えておけば、「高いか安いか」で頭を痛める必要はなくなる。
▽70 「使い捨て時代を考える会」として……無農薬・有機質農産品を扱うにあたって、安全性追求至上に走ることについては十分に警戒すべきだと考えていた(〓先見の明〓)
農産品を「商品」と考えることを排し、「考える素材」と位置づけてきたのには理由があった。
……脱会したAさん。生産者会員Bさんが化学肥料を使っているという疑いからだった。
Bさんが化学肥料を使っているかどうかについて、確かめるつもりはない。……鶏糞を取り寄せ努力しておられることは事実であり、その努力を貴重なものと思っている。その努力を知るだけで十分なのである(〓福島との関係)
▽ 72 無農薬・有機質の農産品を入手したいと思ったら、まず、農薬漬けの農産品に対してさえ感謝していただく気持ちが大切です。そのような農産品でも、それを収穫するまでにはお百姓さんの汗の努力がこめられています。「消費者には、無農薬を要求する資格や権利はないと思ってください」
▽81 よいものを求めて集まったグループではない。私たちが有機農産品を取り扱うのは、具体的なモノを介して、生産者と消費者が生産・消費・流通を共有することであり、それを通じて、農業と日本の現実を考え、自らの暮らしを反省するためであった。
木次の牛乳。佐藤忠吉さん
▽89「生産者の喜びを喜びとする消費者と、消費者の喜びを励みとする生産者の結合」を原理として有機農業運動に参加している。
▽108 手作りみそ 手前味噌はおいしい。
▽122 1反の土地があれば、2人の人間が食べていける。
▽139 わが家の庭の菜園は5坪もあるだろうか。5,6年前は草も生えぬ粘土質の赤土だった。最初の年には、痩せ地に強いはずのさつまいもさえも細く小さく……毎冬堆肥を入れ、春になると種をまき、苗を植えた。少しずつ土はやわらかくなり、ミミズも住みつくようになった。
▽144 1日2千数百カロリーの常識はまちがっており、万病の元。私自身は1000カロリー前後の生活を努力している……1人分の食料で2人の生きられる生活。貧しく飢えるときこそ、隣人・知人が譲り合い、助けあわねば生きられない。
▽146 甲田療法。断食。……千カロリー前後、または以下のときは気分がさわやか。1500カロリー前後となると重苦しい気分となる。前日に少し多く食べると翌朝の目覚めが悪くなる。
▽163 合成洗剤 コップに水を汲むとき、水の表面の泡はなかなか消えない。細かい泡がなかなか消えないのは、たぶん合成洗剤だと思うのです。川の水は、席の落ちるところで泡ができる。その泡が、30-40メートル先でも消えずに流れる。これは合成洗剤です。それが証拠に、時間帯によってあきらかにちがう。鴨川の水面の泡立ちは、午前10時ごろから昼すぎと、夕方、すごく泡立ちます。
▽167 無リン洗剤 石けんに比べると、リンを加えて洗浄力を増している合成洗剤すら洗浄力が落ちるんですから、無リン洗剤による汚れ落ちは数段悪い。皮膚傷害などの有毒性も。
▽172 合成洗剤 軍事のために油脂が不足する自体があって、ソープレスソープが開発されたのがはじめ。ところが戦後の日本での普及は、戦前のように油脂不足なんかが原因ではなく、石油化学製品をどんどん開発して売る必要があったから。重い石油を燃料に使うと、軽い石油が余る。その消費先をつくるため、最初に自動車産業。もうひとつはプラスチック。その流れの一環に合成洗剤があった。便利だから合成洗剤がつくられたのではなくて、経済の必要性がつくった。
▽179 核融合 まったく絶望的。高真空で閉じ込めておける金属材料の要求は無理。大量に消費される放射性の三重水素や強度の中性子照射を受けて放射化する大量の廃棄炉材料は大変危険。万一実用化しても、熱効率の低さを考えれば排出する巨大な排熱がどれほど環境破壊を引き起こすか。おとぎ話。誇大宣伝。
……巨大科学技術にあっては、多くの研究者・技術者は全体の一部を扱うにすぎない。一部のみの請負になり、他の事項はうまくいくだろうと、他人まかせの期待の上につじつま合わせをする。
▽180 炉工学の専門家たちは使用済み燃料の後始末については考えようとしない。「死の灰」の後始末は見通しも立っていない。炉工学の専門家は、それは廃棄物の専門家がうまくやってくれるだろうと涼しい顔をする。無責任な分業システムの上に、巨大技術は開かれている。……原子炉に装備されている最終安全装置は、分業の無責任の上に開発され、実物検査を受けたことがない代物。
……巨大科学技術の時代には、蛸壺的関心の研究者を増大させ、分業が進む。このように成立する群盲の社会には相互批判が存在せず、政治的圧力による見切り発車の土壌が形成される。
▽189 原子力船むつ 技術が巨大化するにつれ、一般民衆の介入を許さぬ専制的体制ができあがり、専門家の安全性が密室的に対策されているため、ずさんであっても事前のチェックが難しくなっている。
▽193
▽196
▽200 戦争中、アメリカは真空管を使った大型コンピュータを開発していたが、日本は大幅に遅れ、決定的には暗号解読の差で如実になった。
戦後、日本における大型コンピュータの登場は1955年。東京証券取引所と野村證券に導入されたのが最初。
……ちょうど1955年神武景気のころ、エネルギー転換へ大きく進む時期。
▽220 コンピュータが広げた世界は、生きることによって必要な「実」の世界から、生きることに不必要な「虚」の世界を肥大させ、拡大させることによってつくりだされた。
▽239 リヤカーをひいて古紙回収。ドアホーンで拒絶されると心が冷え冷えする。心の冷える思いは、われわれが便利だと思っている文明そのものがいかに非人間的かということを教えてくれた。……体重が減って、厚着だったのが薄着になって……健康になった。
▽244 困ることがなくなって、助け合いがなくなった。隣近所は冷たくなってしまった。そういう意味では人間はもっと困らなければいけない。
▽256 現在耕地面積は600万ヘクタール。人口1人あたり5アール。4人家族で2反。それに開墾した土地を加えると3反になる。1反で水田をつくれば米をまかなえる。残り2反で雑穀と芋を作れば食は困らない。野菜は小さな畑で自給できる。3反なら、大型機械もいらないし、化学肥料も農薬も必要としない。
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