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にぎやかな過疎をつくる 農村再生の政策構想<小田切徳美>

■農文協240816
 「にぎやかな過疎」は、石川県羽咋市の限界集落の移住者を撮ったテレビ金沢のドキュメンタリーのタイトルからとった。
 人口減少は進むが、移住者や地域の人々がワイワイガヤガヤする様子をそう名づけた。今後の地域づくりの目標は「持続的低密度居住地域」としての「にぎやかな過疎」だという。
 そうした「地域づくり」にいたる経緯をあきらかにするため、農村にかかわる制度や政策の変遷を戦後直後からたどる。
 戦後、経済が復興し高度経済成長にむかうと都市と農村の所得格差が拡大する。
 1961年の農業基本法では、農業ー非農業の所得格差の要因を経営規模の小ささにもとめ、中小農業者の離農をうながし大規模化をはかる「担い手選別」が進められた。
 1970年代のオイルショック前後、農村を「価値ある」ものとして、人口減少やコミュニティ機能低下を問題とする視点があらわれた。この「価値地域問題」が顕在化するのは、バブル期のリゾート開発が失敗する1990年代後半だ。「価値地域問題」への地域の対応が、「農山漁村は内発的にしか発展しない」と考え、地域資源を見直し、地域の関係を紡ぎ直すことを重視する「地域づくり」だった。
 2010年代からの「新しい地域づくり」は、①内発的発展にくわえ、②関係人口、③地域内経済循環、④多業経済、⑤プロセス重視という特徴がある。
 そこでは、人材育成や関係人口の拡大のほか、小学校区程度の範囲の地域運営組織(RMO)の拡充が重視される。
 「いえ」を代表する年長男性中心の集落は道普請などの「守りの自治」をになう。地域運営組織は「攻めの自治」を担当する。女性や若者、外部の人間も参加する組織にできる可能性があるという。
 内発的な意欲を高めるとりくみの例は島根県海士町の高校魅力化プロジェクトなどがある。「仕事を創るために帰りたい」と考える人材育成をめざしている。関係人口を拡大させたのは、サテライトオフィス立地を実現した徳島県の神山町・美波町、デジタルによる「1/2村民」をつくりだした山梨県小菅村、長岡市の旧山古志村の「デジタル村民」などがある。
 「にぎやかな過疎」地区はちょっとずつ増えているが、圧倒的に少数派だ。その他のムラとのあいだの「むら・むら格差」が拡大している。
 多くのムラが「にぎやか」になるには、先進事例の羅列ではなく、実現へのプロセスを詳述した「プロセス事例集」が必要だ。さらに外の人材とのつながりがかかせない。行政の力でそういう人材を送り込むプッシュ型支援も必要だという。
 最後に能登半島地震をとりあげている。
 ネット上では「もともと維持が困難だった集落を、多額のお金で復興するよりは、被災者は集落からの移住を考えるべき」という「能登復興不要論」があらわれた。財務省も、財政制度等審議会・財政制度分科会の場で、「能登半島地震からの今後の復旧・復興にあたっては、過去の災害における事例も教訓に、将来の需要減少や維持管理コストも念頭に置きながら、住民の方々の意向を踏まえつつ、集約的なまちづくりやインフラ整備の在り方も含めて、十分な検討が必要」(2024年4月9日)と、ネットに近い主張をした。
 能登はまさに、「農村たたみ論」と、「にぎやかな過疎」「新しい内発的発展論」という2つの選択肢が鋭く対峙する場になっているという。

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▽15 持続的低密度居住地域をつくる
 「限界集落論」1991年に指摘。……山下祐介氏は約20年後、「人々の『ここに生きる』意志と努力は、多くの人間が考えているより、はるかに強く深い。集落はそう簡単には消滅する者ではないようである」
▽17 過疎地域等の集落全体(6.2万)で、「10年以内で消滅」0.7%、「いずれ消滅」4.3%をあわせても5%程度。前回2014年調査と比べるとわずかに上昇しているものの、……農村集落には基本的に強靭性がある……しかし、集落の動態には,不連続に変化する「臨界点」がある。その直接の引き金は、水害や地震等の自然災害であることが多い。「まだ何とかやっていける」という思いが、「もうだめだ」という諦めに質的に変化する地点となりうる。
▽19 2021年制定の新過疎法。
……2010年代の安倍政権下では、農外企業の農業参入などの産業政策を重視しすぎる傾向にあった。その反省から、2020年の食料・農業・農村基本計画では、「地域政策の総合化」という農村政策を重視する新たな指針を示した。
▽21 新過疎法(2021年法)が強調するのが「人材育成」。「情報通信技術の活用」「再生可能エネルギーの利用促進」とともに新たに書き込まれた。
▽持続化のための政策構想
 ①人材育成 ②関係人口の拡大 ③地域運営組織(RMO)の拡充・・・が整備されはじめている。

 農村RMO=小学校区程度の範囲における複数の集落を対象とし、農用地の保全、地域資源を活用した経済活動、生活支援活動を手がける組織(農水省)
……集落による道普請や水路掃除などを「守りの自治」とすれば、地域運営組織は経済活動や福祉事業ほように、より積極的な「攻めの自治」を担う。
▽36 農村集落では、「いえ」を代表する年長の男性中心の意思決定が行われやすい。地域運営組織では、女性や若者も加えた参加の場として、組織の仕組みじたいをつくりかえられる可能性がある。組織の代表は、集落のように1年の輪番制ではなく、数年間、持続的に担える体制ももとめられ……急ぎすぎる余り、この可能性を一失してしまってはならない。
▽40 「農村たたみ論」批判。
 「多極集住論」
▽47 「農村たたみ」論は、財政問題を論拠としている。「財政が厳しいときに、そんなところに住むのは、社会に迷惑だから降りてきなさい」。人々の居住範囲を財政の関数として捉える発想。……財政次第では、「効率化のためにもっと集住せよ」と、最終的には各地に「ミニ東京」をつくることになりかねない。居住範囲を財政状態によって決めるという発想には、「国民は国家のためにある」という本末転倒の国家観が見え隠れする
▽80 「割れバケツ理論」地域内経済循環の低迷はバケツから水がもれるようなもの。……藤山浩氏の提言。益田圏域では、「商業」「食料品」「電気機械」「石油」が取り戻しの重点分野と分析された。スーパーでの「地産地消コーナー」の設置。小中学の学習机と椅子の地元材利用、薪ストーブの再生可能エネ利用など。とくにエネルギーを小水力やバイオマス、太陽光に転換することは「もれ」を縮小するだけでなく、温暖化対策としても意味がある。
▽83 多業型経済
 山村は多様な副業の組み合わせ、つまり兼業農家としての就業形態が一般的だった。この「多業型経済」が、貨幣経済の浸透と社会的分業により、さらに、薪炭業や林業の衰退により、最終的には就業の一部であった農業、とりわけ稲作に特化することになる。稲作の規模の小ささは、他の多様な業が存在し、それに依存していたことを背景としていた。
・・・六次産業化、半農半X、ナリワイ論
▽85 出雲市旧佐田町のグリーンワークでは、農業部門に加えて、中山間地域等直接支払制度の事務作業、冬季の灯油配達、公園管理、移送サービス等をおこなっている。
▽86 プロセスの重視 中越地方の集落再生の「足し算・掛け算のプロセス」という議論。
▽119
▽123 耕地面積に対する有機農業の取組面積(2020)は日本はわずかに0.6%。イタリア16.0、ドイツ10.2、スペイン10.0。
▽131 農政は産業政策と地域政策を「車の両輪」とするべきだと言われていたが、2010年代には農地集積や輸出等の産業政策に大きく傾斜した。それへの批判に対して、2020年食料・農業・農村基本計画では、「地域政策の総合化」が提起された。
▽140 農政の見直しの流れ
 1961年の農業基本法 農業ー非農業の所得格差の要因としたのが経営規模の小規模性。大規模化と、中小農業者の離農を促進する「担い手選別」が進められた。
 1971年からは減反。1986年の対米貿易不均衡の是正をめざす「前川レポート」で内需拡大が提唱され、農産物輸入拡大が迫られる。規模拡大が農政に強く求められた。「国際化農政」
▽143 「農業基本法が描いた農業発展のシナリオについては、畜産物、果実、野菜などにおいて選択的拡大が進んだことなど、部分的には実現したものの、全体的に見た場合、当初の構想どおりには進まなかった」(1995)
1999年に新しい「食料・農業・農村基本法」……農業従事者のための農業に関する旧法から、食料・農業・農村、農業・農村の多面的機能を政策対象とした新法にシフトした。
▽149 2009年「平成の農地改革」 農業生産法人以外の法人の農地貸借が認められる規制緩和。。一般企業による農地貸借の自由化。だが、水田農業への参入企業は少なかった。
 中山間地対策でEU制度を参考に2000年度から中山間地域等直接支払制度がはじまる。平地地域と中山間地域の生産コストの一部(8割)を補填する者。EUとのちがいは、支払いの受け皿として集落協定という仕組みを導入したこと。
▽151 価格政策や生産政策が後退するなかで、農政が構造政策・経営政策中心とした体系へ先細ってきた。……担い手の選別が進められてきた。ところが高齢化で、対象となる担い手じたいが先細り。……選別政策から決別して、多様な担い手の育成や確保にシフトすることが求められる。
▽160 2021年に「みどりの食料システム戦略」。2050年までに有機農業の国内栽培面積を100萬ヘクタールに拡大という目標を掲げた。
(だがそれ以外の問題が……)
▽170 農林業センサス・農業集落調査〓〓 農水省の研究会が2022年に廃止を提起。……集落ごとに公表されている。調査の個票は「集落カード」として公開。
農水省HPの「地域の農業を見て・知って・活かすDB」でも利用できる。
▽181 農山村の疲弊は、市町村合併によって促進され、とくに都市と合併した農山村では、基礎自治体が遠い存在になってしまった。……中山間……直接支払制度は、条件不利な地域に元気を送っており……
▽198 従来の都市と農村間の格差から、地方圏、とくに過疎地域間の格差(むら・むら格差)が生じていると言える。
▽199 通信技術投資にかかわる格差是正。サテライトオフィス立地で「にぎやかな過疎」をつくりつつある徳島県の神山町や美波町のように。
 もうひとつは人材育成。高校における地域教育。海士町の隠岐島前高校に代表される高校魅力化プロジェクト。「仕事を創るために帰りたい」と考える人材育成を目標に。
▽205 山梨県小菅村のデジタル手法による「1/2村民」 デジタル版の「ふるさと住民票」の仕組み。長岡市の旧山古志村の「デジタル村民」、飛騨市の「ヒダスケ」
 定住はしないが、そこに関わる地域外の者も「地域生活圏」のメンバーと考える。
▽207 高校魅力化 隠岐島前高校
▽213 関係人口
▽218 酒田市の飛島 人口200人、合同会社をつくり、Iターン、Uターンの10人の若者が働いている。六次産業をおこしている
▽222 ふつうの人々の移住を促すための制度。特定地域づくり事業協同組合 2019年に成立。地域事業者が、組合を組織し、人材派遣業を立ちあげ、組合員を対象に職員を派遣する。職員としては、地域内外の者が無期雇用される。行政が運営費などを補助する仕組みも用意されている。移住者などは会社員として地域に定住できる。「マルチワーカー」
▽240 徳島県美波町「にぎやかな過疎宣言」 薬王寺がある。28社がサテライトオフィス。複数の飲食店の新規開業。ゲストハウスも。移住者と地元住民が集まる居酒屋も。
▽249 高知県大川村 人口366人。16年には村議会廃止が検討された。移住者が2013から10年間で92人。ベビーブームが起きている。ムラの産業政策で、畜産・花卉などの農業や林業の部門別に就業数の目標をたて、移住者の受け入れを明確化。地域おこし協力隊が就業の準備過程となるケースも。
▽256 山形県小国町 1970年に初の集落移転。以来、住民との対話意識した計画的な行政展開。
 1948年に設立された全寮制の基督教独立学園高校。人口300人の地区に「小学校から高校までがそろっている」
▽260 「にぎやかな過疎」のベースには住民の地域づくり活動。「ヨソモノを受け入れる力」
 地域運営組織(RMO) 地域に定着し、ネットワークをつくる移住者。 サポートする中間支援機能をもつ、NPOや大学などの組織。
▽263 「にぎやかな過疎」の形成は、まだ少数派。市町村内の集落や地区間の差異が顕在化している。「むら・むら格差」
▽267 先進事例を学ぶべき情報が欠落している。……「プロセス事例集」の作成とコンテンツの蓄積が必要。
▽283 1990年代、グローバリゼーションが本格化。WTO農業協定やFTAにともなう関税引き下げによる輸入農産物・食品の増大という形で、農村に直接インパクトを与えている。
▽290 「好循環」が動き出すには、外部サポート人による内発的発展への支援と参加が欠かせないことも明らかになっている。外部人材については、国や県からのプッシュ型支援も検討課題となり得よう。
▽295 能登半島地震後、ネット上では「もともと維持が困難だった集落を、多額のお金で復興するよりは、被災者は集落からの移住を考えるべき」という主旨の議論がはじまった。いわゆる「能登復興不要論」である。
 財務省も、財政制度等審議会・財政制度分科会の場で、「能登半島地震からの今後の復旧・復興にあたっては、過去の災害における事例も教訓に、将来の需要減少や維持管理コストも念頭に置きながら、住民の方々の意向を踏まえつつ、集約的なまちづくりやインフラ整備の在り方も含めて、十分な検討が必要」(2024年4月9日)と、ネット議論に近い主張をした。
▽296 「農村たたみ論」と、「にぎやかな過疎」につながる「新しい内発的発展論」という2つの選択肢が、鋭く対峙している。この構図が、地震をはじめとした様々なことが契機となり表面化するのであろう。

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