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千年の愉楽<中上健次>

■千年の愉楽<中上健次>小学館文庫 20161229

和歌山県新宮市の臥龍山という山のふもとにある被差別部落「路地」に住む中本一統の男たちの物語。産婆として「路地」の子を手にとりあげ、路地の過去も現在も未来も知るというオリュウノオバを狂言回しにしている。
オリュウノオバのかかわる中本一統の男たちは、色男で男の魅力にあふれているが、みな若いうちに、命の灯を燃やし尽くしてしまう。
6編6人の男の運命は読む前からわかっているのに、魅力的であやしい人生に引き込まれる。同時に、まだ管理体制が行き届かず、アジールがあった時代がうらやましく思える。山奥の飯場は人殺しなどの罪に問われた男たちが集まり、不思議な女とのであいがあった。アジールのあるところには自由があり、物語が育まれるのだ。
「路地」は差別の対象だった。明治の「四民平等」で喜んでいたら、太政官政令の直後に付近の百姓たちに襲撃されて多くの人が殺された。大逆事件では、大石ドクトルとともに浄泉寺の高木顕明和尚も処刑され、和尚不在となり、オリュウノオバの夫の礼如さんが毛坊主となった。フィクションではあるが、オリュウノオバも礼如さんも実在のモデルがいる。熊野に紡がれた現実の物語の深さを感じさせてくれる。
句読点の極端に少ない文章は、ガルシア・マルケスの長々しい文体を思わせる。読みにくいのだけど、その粘っこい文体で、不思議な世界にからめとられてしまう。

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▽半蔵の鳥
もてまくる男、半蔵。手を出した女の男に刺され25歳で死ぬ。
▽六道の辻
三好。首をくくって死ぬ。
▽天狗の松
文彦。山奥で巫女になる訓練をしていて、時に飯場の男たちに身を与えて喜捨を受けていた女を嫁にもらう。天女のような女は、全身を針で刺して血に染まってセックスしている最中に死んでしまう。…最後は首をくくって死ぬ。
▽天人五衰
オリエントの康。満州にいた。支那から引き揚げてきた。やさぐれた男たちを集めて南米に移民しようと考える。タンゴを好み、まちのごろつきを束ねた。ブエノスアイレスの革命運動に巻き込まれ死んだらしい。
▽ラプラタ綺譚
盗人の新一郎。義賊としてもてはやされる。だれも警察などに通報しようとしない〓〓(これもまたアジール〓)
南米に渡り、3年でもどってくる。銀の川など、本当か嘘かわからない話をつむぐ。最後は水銀を飲んで…

▽カンナカムイの翼
達男。最後の最後でオリュウノオバを抱いてしまうという主人公が出てくるとは。それがクライマックスを思わせる。
北海道の炭坑にわたり、アイヌの同年配の男と知り合う。朝鮮人労働者やアイヌ、紀州出身者とともに会社や道庁に対して反乱を企てるが、裏切りで失敗する。その仕返しで朝鮮人労働者を半殺しにしたその報復で、命を失う。

▽解説
「千年」を一人の老婆の生の「記憶」であるかのように語らせた。オリュウノオバのモデルは田畑リュウは昭和55年、89歳まで生きていた。夫の禮吉(法名・礼静)は昭和44年に81歳で亡くなっている。「千年の愉楽」に描かれた礼如は限りなく実像に近い。大逆事件に連座した浄泉寺の住職・高木顕明(無期懲役のまま獄中自殺)にかわって、路地の檀家の法事をまわった。
…新宮市春日の路地の裏山の一角にある、オリュウノオバの家に足繁く通い始めたのは、彼女の最晩年にあたる時期だった…
…オバがなくなった昭和55年、春日の路地の「不良住宅」の撤去は28戸に及んだ。裏山を切り崩して道路を通し、百貨店ビルを建設すると同時に、「同和地区」の住人に改善住宅を提供する大規模な地区改良事業の総仕上げだった。
オリュウノオバと命とともに、路地の歴史が終わる。

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