■岬<中上健次>文春文庫 20161126
▽黄金比の朝
夜勤の肉体労働をしながら大学をめざす浪人生が主人公。母は旅館の仲居をして、売春もしながら生計を立てている。腹違いの兄は、過激な学生運動にかかわり、主人公の家に逃げてくる。
母を恨み、大学をやめてルンペンと化した兄を軽蔑し、「まっとうになりたい」と願う主人公だが、破滅の将来がすでにうっすらと透けて見える。
展望も何もないのだけど、ただ生きているという実感が全編から放射されているようだ。
▽火宅
秋幸三部作と設定は同じ。24歳で自殺した兄がつれてきた男は、その母の家に転がり込む。放火して稼ぐ体のでかい男。男の実子である、狂言回し役の弟は、都会で嫁の両親とともに家を買って暮らしている時、「男」が事故にあって死の淵にあることを知る。親でも何でもないと思って会いに行こうともしないが、煩悶し、酒を飲み、家で大暴れして嫁を殴打する。「男」を憎みながらも血の宿命のように「男」のように暴力に身をまかせ、破滅に傾いていく。
▽岬
三部作の前の秋幸が主人公。
種違いの姉妹がいて、兄は自殺した。母の再婚先に育ち、血のつながらない兄がいる。
一見、安定してみえる関係。だけどあるとき、姉の夫の弟が、妹の愛人である人足に殺され、姉は次第に気がふれてしまう。
どろどろとからみあうあまりに濃すぎる血。そこから逃れたい、自由になりたいと思う。血の呪縛を破壊したいと願う。母を捨てた実父を求め、それを殺したいと願う。実父と愛人の間に生まれた腹違いの妹を買い、犯すことでそれらの呪縛を振り払おうとする。
まじめな青年だった24歳の秋幸が、次第に自らの内にある暴力的なエネルギーを抑えきれなくなっていく。
あまりにも狭く人間関係の濃い「路地」は、ちょっとした歯車の食い違いから家や人間の営みが崩壊することくりかえす。そこにあだ花のように、凶暴なエネルギーをもてあます男が生まれ、育ち、破滅への道を歩み始めるまでの前史を描く。
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