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解放の文学 100冊のこだま<音谷健郎>

■解放の文学 100冊のこだま<音谷健郎> 解放出版社 20151103
被差別部落、大逆事件、プロレタリア文学、原爆、憲法、沖縄、在日朝鮮人の詩人、水俣病、東日本大震災……といったものをテーマにした本100冊を紹介している。
同和問題をめぐる文学といえば島崎藤村の「破戒」だが、彼でさえも部落の人を「特色のある皮膚の色が明白と目につく」と描写した。
山代巴は、貧困と不運のどん底で人間らしく生きようとする女たちを描いた。「自己表現が女の基本的人権を守ることになる」と農村女性に説き、「人権」を口にする勇気を促した。表現を通して人権を獲得する「生活綴り方」は、今のような時代こそ必要なのだけど、言葉の力が信じられなくなってしまっている。現代の表現の行き詰まりが逆に浮かび上がる。
大逆事件を巡っては、弁護士だった平出修が「逆徒」を書き、石川啄木や森鴎外、佐藤春夫らも遠回しにとりあげていた。厳しい情勢のなかで、表現者としてぎりぎりのたたかいに挑んでいた。
長塚節の「土」については、村社会を描くことに終始する農民文学のなかで、自然とともに生きる農民本来の姿を正面から取り上げたことを評価する。構造を描くと「個人」が軽視されがちだ。プロテストソング批評にもつながる感覚だ。チリのビクトル・ハラなどは、構造と個人の双方に目を向けた人として評価されるべきなのだろう。
戦争の時代に「閑文学」という形で、戦時精神に抵抗したのが井伏鱒二だった。石川達三は「生きている兵隊」で、日本兵による中国娘の殺害をリアルに描き「反軍的内容」と発禁と刑事罰を科された。
戦後の戦争文学では、大岡昇平がリアルな戦争を描き、井上俊夫「86歳の戦争論」は中国人青年を木に縛り付け、突撃訓練として突いた経験を「豆腐のような、柔らかいだけの感触だった」と書いた。そういう生身の感覚を伝える大切さ。戦後世代の戦争文学として、百田尚樹も取り上げている。
原爆は、峠三吉の「原爆詩集」などが有名だ。「スカート風のもんぺのうしろだけが/すっぽり焼けぬけ/尻がまるく現れ/死のくるしみが押し出した少しの便が/ひからびてついていて/影一つないまひるの日ざしが照り出している」。詩が社会的に力をもっていたことがよくわかる。
戦後一世を風靡した高橋和巳は、僕もたしかに読んだのになぜか印象に残っていない。高橋が求めた根源的思索は、豊かになった70年代には求められなくなり、それで、戦後文学は光彩を失ったという。「根源」を求める感覚さえも失ってしまったということか。
井上ひさしは、「『憲法を守る』というのは『私たちのいま続いている日常を守ることだ』と言い直すようにしています」と言っていたという。中流意識の広がった社会で説得力をもった言葉だ。格差が広がり日常があまりに過酷になってしまった今、井上の言葉は力を失ったように思える。
大江健三郎は、昭和前期の精神への対抗軸として、「森の伝説」やフレーザーの「金枝篇」などの世界を持ち込んだという。

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▽14 明治43年を境に、自由民権運動や反戦論陣の「民権」と、国家求心力を高める「国権」がせめぎあっていた明治は「国権」一色に舵をとったのだ。
▽16 平出修 大逆事件を題材にした小説「畜生道」「計画」…「逆徒」は雑誌もろとも発禁処分に。35歳で病死。
▽25 長塚節「土」 農民文学はその後、村社会を描くことに比重がかかった。自然の息づかいに励まされながら生きる農民本来の姿は、主要なテーマから外れたままになった。(〓そうだとみきわめる目、なるほど。個人をとらえられなくなっていた。チリのビクトル)
▽28 有島武郎「或る女」
▽49 山代巴
▽63 井伏鱒二 この人以外で「閑文学」と名指しされた作家を私は知らない。…頑として戦時精神に取り込まれない心の有様を示している。人に何一つ批判がましいことを言わず、また何一つ要求しないで、ひそかに自分の厭戦の流儀を貫いているのがわかる。
▽143 日本軍に棄てられた少女たち プラムディヤ・アナンタ・トゥール
▽149 尹東柱 日本留学中に27歳で福岡の刑務所で獄死。ハングル文字で詩を書きつづけて「独立運動」の嫌疑で43年に逮捕。45年2月に不審な衰弱で獄中でなくなった。…ハングルで書かれているというそのことで、公安当局に狙われる「危険」な詩集だった。
▽167 城山三郎「大義の末」
▽177 大江健三郎「水死」 フレーザーの民俗学的な集成である「金枝篇」を持ち出した。王殺し。「昭和前期」の精神への対抗軸として、従来の「森の伝説」だけでなく、世界史的な発想を持ち込んでいる。
▽179 井上俊夫「86歳の戦争論」 初年兵のとき、炊事場で使っていた中国人青年を木に縛り付け、突撃訓練として上官が全員に突けと命じた。彼も突いた。「豆腐のような、柔らかいだけの感触だった」という。
(その感触を伝える大切さ〓)
▽251 中上健次「枯木灘」 この作品から4年後、被差別部落に生まれ育ったことを新聞で明かした。…作品は、路地の被差別を見すえたり、抑圧からの解放を訴えたりするものではない。じっと人間の営みの根源を見つめている。…規範社会、人倫社会とは次元を異にする、始源的な死生観が描かれている。
▽石牟礼道子
▽辺見庸
▽震災を歌った歌集

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