MENU

人間の記録 南方熊楠 履歴書ほか

■人間の記録 南方熊楠 履歴書ほか 日本図書センター 20151123
□履歴書
抜群におもしろい。古い文体で候文だから読みにくいかと思ったがぐいぐい引きつけられた。
手紙が論文でありエッセーであり、語り芸であり。おそらく会話をしたら最高におもしろい人だったのだろう。微に入り細をうかがう観察眼と描写力に加え、強烈な主観をも押し出す。圧倒的な迫力の語り口が手紙という形で表現されている。
自分の履歴を手紙につづっているのだが、生い立ちを書き、学歴がないままに研究しつづけた様子や、その実績を記し……その途中で、猥談や媚薬についての記述があり、それらをほしがる政治家のことをばらし、自らの奇行を暴露し……縦横無尽でひとところにまとまろうとしない。
猥談などは、自分の妻との体位にまでふれる。それでいて40歳まで女を知らず、妻以外とは何もないと語り、けっこう純でまじめなところも垣間見える。
なんだかかわいい人だったんだなあと思う。どこか石鎚の自然保護運動に半生を投じた峰雲行男さんに似ていると思った。
大学の研究者は、生活費を得ることばかり考えているから、落ち着いて現場を観察しようとせず、洋書を翻訳して論文を量産しているだけ……という批判は、ほかの研究からちょっと角度を変えただけの論文を量産する今の学会を批判しているかのようだ。
孫文が亡命していたころは冷たくあしらった日本の政府高官が、大統領になると掌を返して「昔からの知り合いです」といった顔をする。そういう日本人への辛辣な批判も、肩書きに関係なく生きてきた熊楠らしい。
僻地で異界だった熊野の描写もおもしろい。他人の妻と「通ずる」ことがごくあたりまえで、年頃の娘が、見知らぬ男に道端で自らを犯させるような現場にも居合わせたという。いったいどんな文化だったのだろう。

====================
▽9 難読の漢字も一度読み方を聞けば、すべて覚えて先生よりも速く読めた。(アスペルガー的な天才)
▽13 乞食のぼぼでも舐めるべし
▽19 肩書きもない「孤児院出の小僧如き当時26歳の小生を、かく迄厚遇されたるは…」。能力だけをみて判断した大英博物館。それに対して、日本大使は、まったく相手をしなかったくせに、ネイチャーに載ったら態度を豹変させた。今の日本の学会もその大使とかわらない。
▽ 孫文とも知り合い
▽ 日本人をばかにするものとたたかい、たたきのめし…という日々。
▽28 小便に二階を下りると、労働者がぐずぐずいうから、顔を洗う水盆までも小便をたれこみ、…手が狂ってカーペットの上に小便をひっくりかえし…
…若いときの苦労は苦中にも楽み多く、年老るに及んでは、いかな楽き事にあうてもあとさきを考えるから楽しからぬものなり。
▽35 英国。Amateur素人学問ながら、…実は玄人専門の学者を圧するもの多し。スペンサー、ダーウィンも。(熊楠本人も)大学など関係なしにもっぱら自修自学して和歌山中学が最後の卒業で、…
▽37 その頃は熊野の天地は日本の本州に在ながら和歌山などとは別天地で、蒙昧と言えば蒙昧、しかしその蒙昧なるがその地の科学上極めて尊とかりしゆえんで、小生はそれより今に熊野に止まり夥しく生物学上の発見をなし…(辺境としての熊野〓)
▽38(大学批判・論文至上主義につながる〓)卒業また糊口の方便とせんとのみ心掛るゆえ、おちついて実地を観察する事に力めず、ただただ洋書を翻訳して聞きかじり学問に誇るのみなり。それでは、何たる創見も実用も挙らぬはずなり。
▽40 百五十円や二百円の月給で巣を失わじと守るばかりか、その能で仕事といえば外国雑誌の抜き読み受け売りの外になき、博士、教授などこそ真に万人の憫笑の的たれ。
▽41 深窓に育ったお嬢さんなどは木や泥で作った人形同然美しいばかりで何の面白みもなきが、茶屋女や旅館の仲居、お三どんの横扁たきやつには、種々雑多の輿の使い分けなど千万無量に面白くおかしき事があると一般なるべしと存候。
▽42 幽霊に教えてもらう。直感をもらう。たぶんそういう超自然的ななにかもあった。それを感じている。熊楠はそういう減少でさえもなんらかの体系に位置づけていくのだろう。
▽43 結婚は40歳のとき。妻は28歳。「何れもその歳迄女と男を知らざりしなり」
▽45 腹が減るとごとに柔術の稽古をするように、帯を締め直して空腹をおさえた(わかる)
▽46 高野山のこと。女人禁制を解いたのもちょっと前なのに、「金剛峯寺の直前もと新別所とかいいし所に曖昧女の巣窟多く、毎夜そこで大さわぎの音が直ちに耳を劈くばかり寺内に聞え渡る…高僧供はあるいは女に入れあげて山を逐電し、あるいは女色から始って住寺を破産しおわれりと承わりぬ」(女になれていないからそうなったのだろうか)
▽50 生薬。生きている薬はよくきくが、乾かしたりあぶったりしてたくわえることで、効かなくなってきた。(〓もしかしたら本当かも。生の薬の効き方を調べている人はいるのだろうか。)
温泉も、いったん冷めたものをもう一度わかしても効き目があまりないという。
▽56 日本の内ながら熊野者といえば人間でなきように申せし僻地なり。小生24年前帰朝せしとき迄は(実は今も)今日の南洋のある島の如く人の妻に通ずるを尋常の事と心得たる所あり。〓
また年頃の娘に米一升と桃色のふんどしを景物として所の神主、または老人に割てもらう所あり、小生自らも、一七八の女子が、柱に両手をおし付る如き姿勢でおりしを見、飴を作るにやと思うに、幾度その所を通るもこの姿勢ゆえ何の事か分らず怪しみおると、若き男が鬮でも引きしにや、己れが当ったと呟きながらその所へ来り後よりこれを犯すを見し事あり。……また…浴場湯へ一四五の小女、小児を負うて来るが、若き男を見れば捉えて「種臼切て下んせ」と迫る。…種臼とは子をまく臼という事と悟り申候。…今も熊野の者は行儀の作法という事を知らず。
▽63 小生は随分陰陽和合の話などで聞えた方だが、行いは至て正しく、四十歳迄女と語りし事はなし。その歳に始めて妻を娶り、時々統計学の参考のためにやらかすが、それすらかかさず日記帳に希臘字で茶臼とか居茶臼とかサカサマ(漢字)蝋燭とか本膳とかやりよう迄も明記せり。
▽66 神社合祀 これを強行することはなはだしく、神社神林を全滅して私腹を肥す事大に行われ……およそ10年この事に奔走し、七千円という小生に取りては大なる金円を損じ申候。
▽73 処女に効く媚薬。…などについて政府高官に語り、寄付を募っている。
…大年増を処女同然に緊縮せしむる秘法がある…
…カンボジアの女は、いくら子を生でも処女と異ならず、しめ付ける力はるかに瓶詰め屋のコルクしめに優れり。どうして左様かというと、この国の風として産をするとすぐ、熱くて手を焼くような飯を握り詰めこむ。一にものに手を焼くというがこれはぼぼを焼くなり(〓本当か?)
▽79 田中長三郎の語に、今日の日本の科学は本草、物産学などいいし徳川時代のものより遙かに劣れ利との事なり。(専門バカばかりになり、実用的な知識になっていない、という批判)…小生何一つくわしき事なけれどいろいろかじりかきたるゆえ、間に合うことは専門家より多き場合なきにあらず。一生官途にもつかず会社役所へ出勤もせず昼夜学問ばかりしたゆえ、専門家よりも専門の事を多く知た事もおなきにあらず。
▽87 私利私欲の資本家批判。

□来歴関係書簡
▽91 外国での日本人の失敗談。「私はカントだ」と言っていたら、フランス語では女陰のことだった。サンクの意味を謝すると書いてあるのを見ていて、水をまくときにひっかけてしまって「サンキューサンキュー」と恐縮していた日本人奉公人。
▽96 熊楠の男色。「貴君のような美少年と共にこれを楽まんと欲す」
▽103 自分の手紙への返事がこないことに憤る。(思いこみの激しさ。)
▽105 和歌山は進取の気性がなく、…小欲に迷い大欲を知らず…。ちまちましたしょうもないところ、と、こきおろす。
▽140 三一二のときは満足な歯は2本。六七年前より1本も満足なはなく候。
▽149 大阪の大新聞などというは随分人を馬鹿にしたものにて…原稿を返しもせず…用のあるときは人を食い物にし、用のなきときは捨てて顧みざるに候。
▽155 語学なども、小生は半ケ月で大抵自分行き宿りし国の語で日用だけは弁じたり。自ら話すよりは人の話を聞き分る稽古に酒場などへ通い、のろけ話し…一切耳を傾け聞おれば、猿が手を持つとか…一年に一度も入用なき語を学ぶよりは手とり早く…。
…対訳本を一冊も通読すれば読書は出来申候。
▽158 幼なじみの小笠原が孫文のことを警察に密告。だから料亭で、「勘定は小笠原が払うから」と帰った。
(機転。けんかのしかたがおもしろい)
…孫文が落魄のときは、「亡命徒をかかる華族に引合す南方は危険極まる人物」といっていたのに大統領になると「前から知ってた」という。態度の豹変。日本人の態度にうんざり。
▽165 孫文からハワイの火山で集めた地衣標品が贈られてきた。
…孫氏も日本人には随分えらい目にあいおれば、一体に申せば日本人をとんと信用せざりしことと存候。ゆえにわれは孫氏の腹心たりしなどというものあらば、それはなにかそれぞれ自分のためにせんとてのことと存申候。

□岩田準一氏宛書簡
▽188 熊楠が若いころ、美男子だとほれこんでいた羽山家の兄弟はみな早くに死んでしまった。海外に行く前に家を訪ねて、見送られ、二度と会えなかった。兄弟6人のうち1人を覗きことごとく早世。(親の死に目にも会えなかった。当時の海外遊学は別離に近かったのだろう)
▽ 65歳になってもカネに苦労している。
▽216 宅地の安藤みかん(この田辺特有の大果を結ぶみかん、…はなはだ西洋人の嗜好に合えるみかんなり)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次