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精霊たちの家<イサベル・アジェンデ>

■精霊たちの家<イサベル・アジェンデ>国書刊行会 20111120
作者は、1973年のチリのクーデターで死んだアジェンデ大統領の姪。
19世紀からクーデターにいたる100年間の歴史を、ひとつの家族を通して描く。超常現象が次々に起きる物語の展開はガルシア・マルケスの「百年の孤独」に似ている。時代時代の雰囲気や政治の流れ、各階層の人々の生活とその思いもよくわかる。
地主エステバンの独白と、作者とおぼしき「私」の独白、さらに地の文もまざりあう。語り手「私」がだれであるのかは最後まで明かされない。一家の悲劇の結末は何度も先走って記されているのに、「私」が明かされないという奇妙な構成が、独特の世界を形づくっている。
一人の男エステバン・トゥルエバが美女ローサに恋をするが、ローサは父親の政争に巻き込まれて毒殺される。妹のクラーラは精霊と交信し、姉の死をも予言していた。9年後、姉の婚約者だったエステバンと結婚する。
エステバンは荒れていた農場経営を軌道に乗せ大金持ちになる。小作人たちを「父親のような寛大さで」住まわせる一方で、女を襲い、反抗するものを容赦なく弾圧する。
時代は移ってマルクス主義が広がり、エステバンの息子や孫娘は階級闘争を口にする。小作人の息子ペドロ・テルセーロは歌を武器に組合を組織し、クラーラの娘ブランカと恋をする。そのキャラクターはビクトル・ハラを思わせる。エステバンは、自分がいたから小作人は豊かになったのだと農地改革を主張する左翼を敵視する。
クラーラが亡くなり、邸宅から精霊が姿を消すとともに一家の凋落がはじまる。その展開も「百年の孤独」と同じだ。
アジェンデをモデルとした社会党の候補がついに大統領選に勝利する。労働者たちは勝利に酔いしれたが、資本家らのサボタージュによって極端な物不足となり、トラックは動かず、農場では野菜が腐っているのに市場には買うものがなにひとつなくなる。農村では農地を分配したのはよいが、種牛や卵をうむ雌鶏まで食べてしまう。小作労働者には経営の経験がなさすぎたのだ。同じことが10年後のニカラグアでも起きている。生産手段を所有し行使することに慣れた資本家の強さと、その経験がなく一介の「労働者」でしかなかった民衆の弱さを描き出す。
当時の社会党を支持したチリの民衆は、民主主義の伝統を信じ、軍が決起すなどとはクーデター前日まで考えもしなかった、主だった人々は捕らえられ、拷問され、銃殺された。
陰惨な出来事を隠すように、スラム街のまわりにレンガ塀が築かれ、並木道に美しい庭園をつくりあげ、商店には密輸品があふれる。地獄のすぐ隣に平和な日常がある、という現実。ふつうの生活が営まれているすぐ隣に地獄があるからこそ地獄なのだとわかる。80〜90年代のグアテマラ、清沢が「暗黒日記」に記した戦時中の東京、新自由主義の席巻する世界の都市とも通じる風景だ。
悲惨な状況に主人公たちはどう対処するのか。
「生きのびるためには、頭でものを書けばいいのよ。そうすればいつもものを考えているわけだから、この犬小屋から抜けだして、生きてゆくことができるわ。いま経験している身の毛のよだつ秘密を白日の下にさらすことができるよう証言を書いておきなさい……」という幻のクラーラの言葉に従って、監獄にとらえらえた孫娘は、頭の中に書き続け、話の中にのめりこむことで、数知れない苦痛を少しずつ克服していく。
クラーラはまたこうも言う。「生まれてくる時もそうだけど、死がどういうものか分からないから恐ろしいの。だけど、恐怖というのは、現実とはなんのかかわりもないもので、心の中のできごとなのよ。生も死も、けっきょくはひとつの変化でしかないのよ」
先祖から延々とつづく歴史を知り、物語を知ることが今を生きる力になる。物語の小さな断片としての一生、大きな流れのなかの一部分としての自分、という自覚があれば、「死」をも受け入れられるようになるのかもしれない。
目に見えない「精霊」と「言葉」への信仰が、この本のモチーフなのかもしれない。

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▽73 保守派の候補が当選すれば、賞与を出してやるが、ほかの候補が当選したら全員くびだ。警察も買収(グアテマラの状況がよくわかる)
▽86 子どもの頃遊んだ広場は空き地にかわり……彼の家は古び、荒れ果てており……長年、憎んでいた母がやせおとろえて死ぬとき……。(ふるさとの変化への郷愁、加茂川)
▽118 娼婦の世界でも組合を結成する。
▽136 世界の変革を語る神父。
▽151 エステバンの姉が失意のうちに死ぬ「金なら余るほどあったのに、どうしてあんな暮らしをしていたんだろう」「それ以外のものがなにひとつなかったからですわ」(カネによる疎外、資本家の孤独)
▽167 小作人たちから英雄視されるペドロ・テルセーロ。
▽184 強姦してできた子エステバン・ガルシアは私生児として生まれ、本当の父エステバンとその一族を恨みつづける。それが……トゥルエバ家の悲劇に。
▽202
▽222 ペドロ・テルセーロは人気歌手に
▽229▽252
▽272 クラーラが亡くなり、邸宅から精霊が姿を消し、凋落の時代がはじまる
▽279 クラーラとエステバンの孫アルバ。「生まれてくる時もそうだけど、死がどういうものか分からないから恐ろしいの。だけど、恐怖というのは、現実とはなんのかかわりもないもので、心の中のできごとなのよ。生も死も、けっきょくはひとつの変化でしかないのよ」とクラーラはよく言っていた。(死が間近にある生活の強さ)〓
▽289 「スペイン語というのは英語と比べると二流の言語でしかなく……」と信じて
▽294 マルクス主義というのは、ラテンアメリカには根づかないんだよ。あれは無神論だし、それに実践的で、しかも機能的だから、さまざまな事柄の魔術的側面にはまったく無関心なんだ、そういうものがこの土地で広まるはずがないだろう。
▽312 14歳のアルバとエステバン・ガルシアの因縁。……それが予兆だった。
▽319 ハイメは、必ず社会党が勝利を収めると信じ切っていた。……銃であらゆる問題を解決しようとする専制政治の場合なら、ゲリラ戦も正当化されるだろうが、一般選挙で国政を変えうる国においてそういうことを考えるのは気違い沙汰だと指摘した……(まさにあの時代の議論。民主主義への信仰は武力によって壊滅させられる)
ハイメは大統領候補とは年来の友で……
▽324 (昔憧れた女性がすっかり衰えてしまった)長い髪をふりみだしたり、装身具を鳴らしたり、鈴のような笑い声をたてていた彼女……が思い出され、いとしくてならなかった。あのまま行かせるのではなかった。……
▽327 (社会党が大統領選に勝つ)連帯する民衆はけっして敗れることはないと叫びたて……踏み入れたことのない高級住宅街を民衆が歩く。屋敷内に住む人たちは、いまに民衆が乱入して暴力をふるい、ふくろだたきにあって殺されるか……と震えていた。(階級国家では、そのくらい「同国民」意識はない)
▽328 翌日になると銀行に押し掛けて預金をおろし、高価な品々は外国に送った。丸一日たつと不動産の価値は半分以下に下落した。ソ連がやってきて、国境に有刺鉄線をはるかもしれないというので、航空券を買い占めてしまった。……あっという間に、国内は対立する二つの党派に分裂し、その分裂は家庭にまで及んだ。……政治家や軍人、情報機関から派遣されたアメリカ人は、経済不安によって新政府を倒す計画を練った。
▽332 労働者たちは勝利に酔いしれて……忘れられていたフォークロアや土着の工芸を蘇らせ、いつまでも結論に達することがない不毛の議論を戦わせる集会を開いたりしていたが、その間右派は経済を破たんさせ、政府の信用を落とさせるような戦略的行動を起こしていた。……国民は品物を買うだけの金をはじめて手にしたが、物資が不足し、悪夢のような毎日を送ることになった。……ガソリンも配給制になって給油の長い列ができる。車の部品が姿を消す。トラックの運転手がストに入る。農場では野菜がどんどん腐っているのに、市場には買うものがなにひとつなかった。(生産手段をもち使うことに慣れた人々の強さ〓)……エステバン・トゥルエバは「マルクス主義の進行を食い止めるには軍事クーデターしかない、と公言してはばからなかった……。
▽340 農地を自分たちで均等に分配し……種牛を殺し、牝牛や卵をうむ雌鶏まで食べてしまった。(〓ニカラグアの協同農場の失敗。小作労働者だった人々に経営感覚はなかった。「百姓」じゃなかった)
▽346 反対派の女性たちは食糧不足に抗議してフライパンをたたいて街頭デモをした。……丸1週間ごみの収集がおこなわれず、野良犬がごみの山の中で餌をあさっている。
▽348 メディアによる反大統領キャンペーン。「愛人をかこって……」
▽351 クーデター当日。ハイメは大統領官邸へ……午前9時半になると、国内の全部隊が反乱軍の支配下にあることが判明。司令部では憲法を遵守しようとする軍人たちの粛清がはじまる……(アジェンデの最後の演説)
▽352 前日まで、自分の国ではそんなばかなことは起こらないだろう、軍人たちにしても法律を踏みにじるようなまねをするはずがないと信じきっていたので、現実とは思えなかった。……ハイメは捕らえられ、拷問され、銃殺された。
▽356 長髪や髭面の男を見かけると、反抗精神の現れだといってつかまえ、パンタロンの女性がいると、道徳と良風美俗を守る義務があると言って、はさみで髪の毛や髭、パンタロンを短く切ってしまうものもいた。軍は「髭やパンタロンは禁止されていないが、もちろん、男性はきちんと髭をそって髪を短く刈り、女性はスカートをはくことがのぞましい、という声明を出した。
▽364 スラム街のまわりにレンガ塀が築かれ、たった一晩でひろい並木道に美しい庭園と花壇をつくりあげ……(スラムクリアランス〓サルバドル)……商店には、金持ち連中が密輸で手に入れた商品が並び始めた。……それまでは家族の中から軍人が出れば、嘆きの種になったものだが、いまでは先を争ってコネを使いなんとか息子を軍人を養成する学校に入れようとしたり……国中が制服の軍人や兵器、国旗、軍歌であふれ……民衆が自分たちの象徴と儀式を必要としていることを軍人たちは見抜いていた。
▽366 アルバは、たった一晩で雨後のタケノコのように大勢のファシストが生まれてきたことが不思議でならなかった。これまで国は民主化に向かって長い道のりを歩んできた。ファシストなどまず見かけることはなかった。……セバスティアン・ゴメスは、教え子に告発されて殺された。大学にはスパイがうようよしていた。
鉱山は国営化されていたが、ふたたびアメリカ企業の手に返還された。
▽368 トゥルエバ議員の農場も返還。用心棒におそわせて、小作人を一人残らず追い出した。
▽370 詩人(=ネルーダ)の葬儀。「ここにいる、今、そして永遠に」「同志大統領!」泣きながら声を合わせ……詩人の葬儀は少しずつ自由を埋葬する象徴的な儀式に変わっていった。
▽372 エステバン・トゥルエバ。クーデターを祝ったが、軍人たちはマルクス主義独裁を排除するために行動を起こしたが、結果的にはそれ以上に厳格な独裁制をうみだすことになり、それがこの先100年くらいはつづきそうな気配だと言って、嘆いた。
▽382 クーデター後、救出活動をしていたアルバは、エステバン・ガルシアに捕らえられる。……トゥルエバ議員は自分の屋敷が政治警察に監視されているとは思ってもみなかった……
▽394 「生きのびるためには、頭でものを書けばいいのよ。そうすればいつもものを考えているわけだから、この犬小屋から抜けだして、生きてゆくことができるわ。いま経験している身の毛のよだつ秘密を白日の下にさらすことができるよう証言を書いておきなさい……一見平穏で落ち着いた暮らしと平行して恐ろしいことがおこなわれていることを世間の人に知らせてあげなさい。……」
新しく1ページ書くと前のページが消えてしまうので、絶望的な思いにとらえられ、大急ぎで書きつづけた。……そのうちに順序ただしく思い出すこつをおぼえ、それからは話の中にのめりこむようになった。……数知れない苦痛を、そうしてひとつ、またひとつと彼女は克服していった。(記録することの意味〓)
▽406 監獄の仲間の女性たちの支え……むりやり犯されたのはあなたひとりじゃないのよ、ほかのいろんなことといっしょに早く忘れてしまうことだわ。女たちは1日中大声で歌をうたっていた。警官が「静かにしろ、ばいため」と言うと「静かにさせられるもんなら、中に入ってきてやってみたらどうだい」そう言いかえすと、前よりいっそう大きな声で歌をうたった。
▽399 高級住宅街にはイギリス風の庭園がある屋敷が建ち並び、……なにもかもが整然としており、清潔で静かだった。(地獄のすぐ隣に平和な日常がある。グアテマラのよう。あるいは戦時中の清沢の日記)
▽411 すべてのことは偶然の所産ではなく、生まれる前からすでに定められていた運命の図式にほかならず……祖父がエステバ・ガルシアの祖母パンチャを押し倒した時……その後、強姦された女の孫が強姦した男の孫娘に対して同じことをし、おそらく40年後にはわたしの孫が彼の孫娘を川岸の茂みで押し倒すことになるだろう。……わたしが復讐すれば、それもまた儀式の一部になってしまう。……わたしは今生きることが自分の務めであり、憎しみをこれ以上持続させず、この物語を書きつづけることが使命だと考えようとしている。……クラーラは、わたしが過去のできごとを蘇らせ、突然襲ってきた不幸な時代を生きのびることができるようにと考えて、あれを書いてくれたのだ。(歴史を知る、物語をしることが救いになる。物語の小さな断片としての一生、大きな流れのなかの一部分としての自分という自覚が何らかの意味があるのだろう〓)
▽あとがき
ネルーダの、言葉のもつ力への信仰がそのままイサベル・アジェンデに引き継がれた。言葉の力を信じ、愛している。
オクタビオ・パス「言語に対する信頼、これは人間に備わる自然で原初的な態度である。すなわち、事物とは名前のことである。言葉の力を信じることは、とりもなおさずわれわれのもっとも古い信念をよみがえらせることにほかならない。自然には生命が備わっており、それぞれの事物には独自の生命がある。客観的な世界の分身である言葉にも、やはり生命が備わっているのである」(弓と竪琴)
(名付けることで世界が分節化されて、意味がたちあらわれる。〓言葉とは、事実そのものだといってもよい。その重みを深く理解している作家たち)

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