■族長の秋 <ガルシア=マルケス> 集英社文庫 20110922
過去にとび、今にとび、また過去にとび……時間軸がめちゃくちゃ。
独裁をつづけた大統領が死んだと思われ、禿鷹が出入りする荒れ果てた大統領官邸に人々はおそるおそる踏み込む。それでも200歳を超えていると思われる大統領が死んでいるとは確信はもてない。「彼がいなくなったあとのわれわれがどうなるのか、見当がつかなくなっていた」という言葉はまさに首輪をなくした犬の不安であり、定年後の孤独に耐えられないサラリーマンの不安でもある。
物語は、「われわれ」と「大統領」と、それぞれの登場人物の独り語りの形式でえんえんとつづく。段落もない。かぎかっこもない。「」がないままに語り手はころころと交替し、それによって物語を展開していく
登場人物はそれぞれ名前を持っているが、「大統領」と「われわれ」だけは名前がない。
そう。権力者とは空虚な存在なのだ。権威をふるっているようでふるわされ、周囲が権威を利用することで恨まれ恐れられ、情報からは隔絶される。孤独で正体が見えないからまた不気味な権力としての存在感を高める。
理不尽であるほど独裁は確固たるものになる。権力とはけっきょく名前のある「わたし」ではなく、匿名の器でしかない。権力を支える側もまた、名前のない「われわれ」でしかない。
大統領の母は聖母マリア伝説にちなんで、男なしで大統領を懐胎したことになっている。庶民の女だ。お追従ばかりの大統領の周囲で最後まで人間らしい感覚をもちつづけた。彼女の死によって大統領は完全な孤独に陥る。唯一母だけが人間らしいというのが「100年の孤独」のストーリー展開に似ている部分だ。
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▽14 大統領府。主の存在の気配さえなく、牛が闊歩しているのに、まだ死んだことを信じられない。禿鷹が出入りするようになってようやく大統領府に踏み込む気になる。
▽41 影武者。「ずっと大統領の座にとどまりつづけたのは、下りようにも下りられなかったからです」
▽47 影武者が死んだとき、自らが死んだふりをした。花火が打ち上げられ、大統領府に略奪者が乱入し……、クーデターが勃発し……大臣は裏切り…… 大統領は、1人を壕に投込み、ワニに食いちぎられるありさまをほかの連中に見せ……生皮をはぎとり……
▽70 母親のベンディシオン・アルバラドは、男の助けを借りずに大統領を懐妊した。=マリア伝説〓。彼女は貧しい庶民であり、大統領の周囲で最後までふつうの感覚をもち、大統領にものを言う人だった。「大統領になるとわかっていたら、この子を学校にやったのにねえ。恥さらしもいいところだ」「大統領なんて厄介な仕事を押しつけられて、月給はたったの300ペソ。これじゃあの子がかわいそうだ」
▽77 トランプの勝負で権力の座を争う、あのろくでなしどもによって大統領府を汚されるのを見て、彼らをほうきで追い出そうとしたのも彼女ひとりだった。
▽88「お前はただの将軍だろ。えらそうに命令するだけで、ほかにはなんの役にも立たないんだよ」
▽102 ミスコンテストで優勝した、貧民街の娘マヌエラ・サンチェスに求愛。護衛もつけずに行ったつもりだったが、すべて周囲がそういうふりをしているだけ。周囲の貧民街の住民は根こそぎ移住させられる。=スラムクリアランス エルサルバドル、大阪、新宿……〓。かつての求愛者たちは原因不明の奇病で次々に死亡した。
▽135 愛した人妻の夫をめった切りにして豚の餌に。
▽156 宝くじのいかさまの手足になった子どもたち2000人は、沖合でダイナマイトで吹っ飛ばされた。実行犯の士官は勲章を与えられ、その直後に一般犯罪人として銃殺。
……もっとも恐るべき敵は、むしろ全幅の信頼をおいている人間である……という彼の昔からの確信を深めさせることに。=孤独
▽170 最も信頼をおいたロドリゴ・デ・アギラル中将は料理となってテーブルに。
▽186 母が死に、インディオ狩り……狂気の時代に。
▽195 自ら命令を下さずとも、狂信的な暴徒がローマ教皇大使館を襲撃……。
▽246 誘拐して妻にした修道女レティシア・ナサレノは悪女に。神の名のもとに。贅沢三昧をして「つけはお役所のほうにまわしておいて」と。
▽264 レティシアとその子は、犬に八つ裂きにされて食われる。何者かが訓練した狩猟犬の群れ。……レティシアの死後、レプラ患者たちはふたたび舞い戻って……
▽300 となりの女学校の女の子と遊んでいるつもりが、実は、売春婦を政府が雇って大統領に対して演技させていた。女学校は、実際には何年も前に閉鎖になっていた。
▽314 彼にとって、あらかじめ実行されていないような命令を出すことは不可能だった。……うっかり忘れて建設の命令を出さなかったはずの、橋の写真、学校の落成式……が新聞に。……
▽320 悪政はすべて側近の責任であり……それが罰せられると、「大統領がやっと真実に気づいてくださった」と思う。閣下自身はなにもご存知なかった。その善意を悪用されていたのだ……と。(昭和天皇の存在感。)
▽331 国の借金のせいで、アメリカに海を運び去られる。
▽362 どんなに長く有用な生も、ただ生きるすべを学ぶためのものにすぎない、と悟ったときはもはや手遅れなのだと、やっとわかりかけてきたが……
▽374 母だけが、「大統領」でなかったころの彼を知っているのであり、権力を握ってもかわらないベンディシオン・アルバラードのあけっぴろげさは、好ましくさえある。
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▽14 大統領府。主の存在の気配さえなく、牛が闊歩しているのに、まだ死んだことを信じられない。禿鷹が出入りするようになってようやく大統領府に踏み込む気になる。
▽41 影武者。「ずっと大統領の座にとどまりつづけたのは、下りようにも下りられなかったからです」
▽47 影武者が死んだとき、自らが死んだふりをした。花火が打ち上げられ、大統領府に略奪者が乱入し……、クーデターが勃発し……大臣は裏切り…… 大統領は、1人を壕に投込み、ワニに食いちぎられるありさまをほかの連中に見せ……生皮をはぎとり……
▽70 母親のベンディシオン・アルバラドは、男の助けを借りずに大統領を懐妊した。=マリア伝説〓。彼女は貧しい庶民であり、大統領の周囲で最後までふつうの感覚をもち、大統領にものを言う人だった。「大統領になるとわかっていたら、この子を学校にやったのにねえ。恥さらしもいいところだ」「大統領なんて厄介な仕事を押しつけられて、月給はたったの300ペソ。これじゃあの子がかわいそうだ」
▽77 トランプの勝負で権力の座を争う、あのろくでなしどもによって大統領府を汚されるのを見て、彼らをほうきで追い出そうとしたのも彼女ひとりだった。
▽88「お前はただの将軍だろ。えらそうに命令するだけで、ほかにはなんの役にも立たないんだよ」
▽102 ミスコンテストで優勝した、貧民街の娘マヌエラ・サンチェスに求愛。護衛もつけずに行ったつもりだったが、すべて周囲がそういうふりをしているだけ。周囲の貧民街の住民は根こそぎ移住させられる。=スラムクリアランス エルサルバドル、大阪、新宿……〓。かつての求愛者たちは原因不明の奇病で次々に死亡した。
▽135 愛した人妻の夫をめった切りにして豚の餌に。
▽156 宝くじのいかさまの手足になった子どもたち2000人は、沖合でダイナマイトで吹っ飛ばされた。実行犯の士官は勲章を与えられ、その直後に一般犯罪人として銃殺。
……もっとも恐るべき敵は、むしろ全幅の信頼をおいている人間である……という彼の昔からの確信を深めさせることに。=孤独
▽170 最も信頼をおいたロドリゴ・デ・アギラル中将は料理となってテーブルに。
▽186 母が死に、インディオ狩り……狂気の時代に。
▽195 自ら命令を下さずとも、狂信的な暴徒がローマ教皇大使館を襲撃……。
▽246 誘拐して妻にした修道女レティシア・ナサレノは悪女に。神の名のもとに。贅沢三昧をして「つけはお役所のほうにまわしておいて」と。
▽264 レティシアとその子は、犬に八つ裂きにされて食われる。何者かが訓練した狩猟犬の群れ。……レティシアの死後、レプラ患者たちはふたたび舞い戻って……
▽300 となりの女学校の女の子と遊んでいるつもりが、実は、売春婦を政府が雇って大統領に対して演技させていた。女学校は、実際には何年も前に閉鎖になっていた。
▽314 彼にとって、あらかじめ実行されていないような命令を出すことは不可能だった。……うっかり忘れて建設の命令を出さなかったはずの、橋の写真、学校の落成式……が新聞に。……
▽320 悪政はすべて側近の責任であり……それが罰せられると、「大統領がやっと真実に気づいてくださった」と思う。閣下自身はなにもご存知なかった。その善意を悪用されていたのだ……と。(昭和天皇の存在感。)
▽331 国の借金のせいで、アメリカに海を運び去られる。
▽362 どんなに長く有用な生も、ただ生きるすべを学ぶためのものにすぎない、と悟ったときはもはや手遅れなのだと、やっとわかりかけてきたが……
▽374 母だけが、「大統領」でなかったころの彼を知っているのであり、権力を握ってもかわらないベンディシオン・アルバラードのあけっぴろげさは、好ましくさえある。
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