MENU

巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ<竹内早希子>

■岩波ジュニア新書 20240112
 湯浅の醤油蔵でも、那智勝浦の酢の蔵でも「この木桶が壊れたら、もう新調できない。堺の業者しか残っていない」と聞いていた。
 ところが、福島県の郡山の酒蔵で巨大な木桶を新調していた。それが小豆島で習ったという。いつか訪ねたいなあと思っていたら、本になっていた。
 小豆島の醤油会社の社長と工務店の人らが、もう製造をやめようとしていた堺の桶業者に教えてもらい、それを福島の酒蔵に伝えたのだという。みごとに点と線がつながった。
 小豆島には、最盛期は400軒、今でも20軒の醤油蔵がある。国内にある大型の木桶は4500~4700本といわれるが、うち1100本は小豆島にあり、昔ながらの作り方の醤油蔵が残るめずらしい地域だという。
 江戸時代、裕福な酒蔵が新桶を注文し、20年か30年後に酒がしみだすようになると、大桶を解体して組み直し、次は醤油屋にひきとられた。塩分があるから木桶が腐りにくく、塩分が固まって隙間を埋めるためにもれにくくなり、よい桶ならばさらに100年つかえた。
 戦中戦後になると酒蔵の経営がきびしくなり、新桶をつくらなくなる。木桶はホーローなどにくらべて中身が蒸発して減るから、ホーロータンクに切りかえた。戦後の10年で桶屋の数は100分の1になった。
 堺市の藤井製桶所は大桶づくりの技術をもつ日本最後の桶屋だった。開業した大正11年には堺市の桶樽協同組合だけで47軒あったが、戦後は新桶の注文はなく、古い桶を解体して組み直す仕事をしてきた。戦後の最初の新桶は2002年だった。
 2009年、小豆島のヤマロク醤油は藤井製桶所に新桶を9本注文した。藤井製桶所は、2020年で大桶づくりをやめることにしていた。
 ヤマロク醤油の社長とその友人の大工さんが藤井製桶所の指導をうけて、木桶職人復活プロジェクトを開始し、2013年にはじめて桶を製造した。以降、毎年1月に定例イベントとして木桶をつくりつづけている。
 世界ではじめて板を結び合わせて容器をつくる技術を編み出したのはヨーロッパで、ウイスキーを熟成させる樽が最初だった。11から13世紀ごろ中国から日本へ伝わった。大桶が誕生することで酒を大量生産できるようになり、室町中期には京都の酒屋が300軒を超えた。
 江戸時代には、醤油や味噌、酢などの生産が盛んになり、てんぷら、かばやき、寿司など、発酵調味料を使う和食の原型が完成した。大桶が食文化や流通のしくみを変革し、経済を発展させたのだ。軽くて割れにくい木桶は、トイレでも活躍した。
 桶をめぐるトリビアもおもしろかった。

▽24 2009年、ヤマロク醤油の康夫さんは、堺市の藤井製桶所に新しい桶を9本も注文した。藤井製桶所は、大桶づくりの技術をもった日本最後の桶屋です。木桶1本つくるのに200万円以上。
 藤井製桶所は、2020年で大桶づくりをやめることにしていた。
▽35 小豆島 星ケ城山(817メートル)がそびえ、その西側に寒霞渓があり、冬は「かんかけおろし」という冷たい風が吹きつけます
 最盛期には島のなかに400軒の醤油蔵があり、今でも20軒が残っています。
 国内に残っている木桶は4500〜4700本といわれていますが、そのうち1100本は小豆島に集中。昔ながらの作り方の醤油蔵が残るめずらしい地域。戦後、小豆島の蔵元は、大規模生産をめざし、木桶を沢山集めて工場にずらりと並べるというユニークな近代化の道をたどった。
▽39 明治時代の記録では、全戸数の100軒に1軒が桶屋だった。2つか3つの町ごとに1軒は桶屋があった。
▽41 江戸時代、かせぎがよかったのは酒蔵。まず、オカネをもっている酒蔵が新桶を注文します。20年か30年たって、お酒がしみだすようになったら、大桶を一度解体し、組み直し、次は醤油屋にひことられる。塩分があるから、木桶は腐りにくく、塩分が固まって隙間を埋めるためにもれづらくなり、よい桶ならば、さらに100年近くつかうことができます。
▽42 戦中戦後、酒蔵はきびしくなり、新桶をつくらなくなる。……木桶は「不潔」と保健所が指導する、さらに、ホーローなどにくらべて蒸発して減ってしまう……酒蔵がいっせいに木桶からホーロータンクに切りかえていきます
▽45 戦後、キッコーマンの研究員が、醤油のもろみにアミノ酸を加えて一緒に発酵させる新式2号という製法を発明。日本の醤油醸造業を救ったといわれる。50日で完成し、味もそれなりに。この発明が「日本の醸造魚うはクレージーだ。とても原料大豆を支援することはできない」といっていたGHQを動かし、醤油業界に原料大豆をまわしてもらえることになったのでした。
▽45 家の建築で木材が高騰し、軍需産業がなくなって鉄が安くなり、軍艦をつくっていたメーカーがホーロータンクをつくるようになった。
「戦争がおわってからの10年で、桶屋の数は100分の1に」
▽48 藤井製桶所が開業した大正11年、堺市の桶樽協同組合だけで47軒あった。
▽54 もとは、たが屋という専門の職人がいたが、1996年に最後のたが職人が廃業。
▽71 桶職人を、需要がなくなったからクビにすることはできない。でも桶の仕事がない。
▽94 たが 京都と、その影響を受けた近江、金沢、酒田だけが、さがりの輪(左巻きで左が下がる)。それ以外はあがりの輪(矢印が左を向く)。
▽102 木桶は奈良時代から。丸太をくりぬいた「刳桶」や、「へぎ板」を巻いて筒状にして底をつけた「曲物桶」。
 室町時代、何枚もの板を組み合わせて円筒状にする結桶が登場。平安時代(11世紀後半)に、井戸の穴がくずれないように結桶をはめこんだものが誕生している。北九州で出土。
 世界ではじめて板を結び合わせて容器をつくる技術を編み出したのはヨーロッパ。ウイスキーを熟成させる樽、結樽をつくったのがはじまる。シルクロードで東へその技術が伝わり、10世紀ごろ中国から日本へやってきたようです。
 高さ・直径が2メートルを超えるほどの大きな桶は日本独自で、世界に類を見ません。
 きれいにスパッと割れる杉の存在。緻密に板を削る技術、長さ15メートルにもなる竹をつかって編むたがをつかうこと。
 ……大きな桶の誕生で、酒を大量生産することが可能に。室町中期には京都の酒屋が300軒を超えた。
 大桶ができることで、醤油や味噌、酢などを大量生産できるようになりました。
 江戸時代には、これらの発酵調味料の生産が盛んになり、てんぷら、かばやき、寿司など、発酵調味料を使う現在の和食の原型が完成します。
 大桶が食文化や流通のしくみを大きく変え、経済を発展させた。
▽109 軽くて割れにくい木桶は、トイレでも活躍。下肥に活用。
 春の農繁期は高値がつき、夏から冬にかけては安くなった。
▽114 上方からの「下り酒」 1619年に登場した「菱垣廻船」。その後、これより小さい「樽廻船」が登場。樽廻船は、酒樽を運ぶ専用の船としてデビュー。
 菱垣は遅いときは江戸から大坂まで2カ月以上かかったが、樽廻船は早ければ10日程度。15日以内に着く船はほとんど樽廻船で、菱垣廻船はしだいに衰退。
 江戸では、つかった樽を集める「樽買い」、再利用できるようにする「明樽問屋」という職業がありました。
▽118 吉野杉 密植してヒカリが入りにウイから幹が1センチ太るのに8年間係ります。ゆっくり成長することで、木目が均一に。……吉野杉は桶樽専用の木材として知られるようになる。
▽127 桶樽の技術は、ローマ抵抗の時代にガリア地方(フランス、ベルギー、ルクセンブルグ、ドイツ中部以南)で出現。
 11世紀後半〜13世紀頃に中国から日本へ。12世紀ごろの遺構から桶樽の遺物が出た。おそらく日宋貿易で入ってきたものではないか。竹のたがも中国から(石村眞一)
▽158 古い桶をばらすと側板に職人たちのいたずら書き「この蔵元ケチだった」とか。
「落書きを書いている人は、地方で時間があった人やな。酒どころの灘、伏見では見たことない」
▽160 小布施町の「枡一市村酒造場」。アメリカ人のセーラ・マリ・カミングスさんが2002年に「桶仕込み保存会」を立ちあげ、25の酒蔵が参加。東京都青梅市の小澤酒造が新桶をつくった。藤井製桶所がつくった。これが戦後の新桶発注第1号。
▽174 2013年、はじめて桶をつくった。2015年はスムーズに出来た。以降、毎年1月に木桶職人復活プロジェクトの定例イベントとして木桶づくりをするようになります。
「木桶サミット」……2020年には3日で600人超が参加。
▽184 郡山市の職人や蔵元との交流から「木桶職人復活プロジェクトチーム福島」 工務店経営の長谷川大輔さん、考古学を学び、東京で文化財修復の仕事をしていた。震災をきっかけに郡山市にもどった。木桶技術をのこしたいと思っているとき、仁井田穏彦さんから「木桶をつくりたい」と聞きました。
「震災前から、自分たちで米作りをするという取り組みはしていました。でも、改めて、少しでも環境に負荷をかけない、自族可能な生産の仕方、生き方をするべきじゃないかって……がらっと価値観が変わりました」
……長谷川さんは、大工の伊藤大輔さん、箒職人をしていた小山加奈さんに声をかけ……2021年には仁井田本家の木桶を完成させた。
 仁井田本家で「桶担当」は蔵人の井上篤さん。井上さんはもとは喜多方市で180年つづいた醤油蔵の7代目。喜多方ラーメンのスープにつかわれていた。だが、放射能汚染の影響で、2016年に廃業。郡山に引っ越して仁井田で働くことに。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次