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南方熊楠と宮沢賢治 日本的スピリチュアリティの系譜<鎌田東二>

■平凡社新書20210616
 2人ともイニシャルはM.K。賢治は清澄な仏の世界、熊楠は混沌の曼荼羅というイメージだけど、スピリチュアリティという視点から見るとふたりはよく似ていると筆者は説く。
 宮沢賢治の「春と修羅」「心象スケッチ」などは、意味不明のポエムではなく、仏教的唯識論と科学的認識論、未来科学の構想を記した哲学と宗教の論考の断片だという。
 たとえば「わたくしという現象」を「電灯」ととらえ、その電源は「銀河系統」「第4次延長」「久遠実成の本仏」(永遠の仏)と考えた。それは熊楠が自己の心を「複心」ととらえたことに通じる。
 森羅万象はとどまることなく変転する。そのような変化を生み出す本体として、熊楠は真言密教や大日如来、賢治は久遠実成の本仏を想定した。
 2人に共通するのは、アニミズムやトーテミズム、シャーマニズムを内包しつつ曼荼羅として体系化する密教的な世界観だった。
 2人が生きていた当時、心の深層的なはたらきに関心を向ける変態心理学abnormal psychologyと、「生態学」にもとづく神社合祀反対運動と、文化の基層にある「民間伝承」を掘り起こす民俗学的探究は「時代閉塞」を打ち破る突破口であり、熊楠と柳田国男と賢治はそれぞれの先端思想家だった。
 熊楠も賢治も五感を超える不思議な体験を経験し、透視やテレパシーなどの超心理学的現象にも関心を示した。
 熊楠は神社合祀に対して、「諸草木相互の関係はなはだ密接錯雑致し……」と複雑系の思考によって、心理学と生態学と民俗学を総動員して反対運動を展開した。その思考の基盤には、密教と神社に対する神仏習合的な直覚があった。
 2人とも、分子生態学的なまなざしを大日如来や久遠実成の本仏によって包摂している。草木国土悉皆成仏のような本覚思想(生態智)を、熊楠や賢治はその核心に保持していたという。
 人間中心主義を超え、草木国土悉皆成仏の思想をもとにした新しい神仏習合道を練り上げることが、著者にとっての21世紀の生態智運動だという。

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▽41 わたくしという現象 自分を「電灯」と考えた。その電源は「銀河系統」とも「第4次延長」とも法華経「第十六如来寿量品」が説く「久遠実成の本仏」とも考えた。電灯を明滅させる宇宙電流(銀河電流)があり、その光を送信してくる「本体」がある。その根源に永遠の仏がいる。
 この世の電灯は実体をもたず、明滅し、その時々に現象するばかりである。そのような輪廻転生の変容を引き起こしながら、私という存在は「透明な幽霊の複合体」として、複層的に現象し生成している。
 ……「春と修羅」の「春」とはそのような「ひかり」の送信元の銀河や久遠実成の本仏を象徴している。「修羅」とは、「わたくし」として明滅する現象態である。
▽45 賢治が「透明な幽霊の複合体」として「わたくし」をとらえていたことは、熊楠が自己の心を「複心」ととらえていたことと通じる。
▽48 2人には、仏教的な縁起や無常の思想がある。森羅万象はとどまることなく変転し、生成変化する。そのような変化相を生み出す本体としての真言密教や大日如来や久遠実成の本仏が想定されている。
▽59 柳宗悦 自然界の法則も「宇宙の意志」の働きによるものであり、すべての現象が「心霊の影像」である。世界とは「宇宙の霊的意志の表現」……森羅万象に宇宙意志や心霊の影像を見て取る「万有神論」こそ、世界の実相を把握した「宗教、哲学及科学が融合せらる可き唯一の最終点」と柳は結論づける。 
▽71 熊楠も賢治も何度も五感を超える不思議な体験を持った。……熊楠は夢のお告げや幽霊の導きで、ナギランという新種の植物を探し当てた。
 2人とも五感の彼方に越境していく。
▽120 賢治は、(子どものころの)念仏信仰ともっとも敵対する日連系法華信仰に投企していく。絶体他力の念仏による諦念ではなく、法華の菩薩道を行じる自力的な現実変革的な行動への跳躍。
 熊楠は、「地蔵和讃」や「大日真言」をそらんじていた。
▽140 修羅の世界における実践的な光明を、賢治は法華経の生命哲学に見出した。その具体的な指針を国柱会の創始者の田中智学の思想と活動の中に見出すことになる。
▽143 熊楠仏教と賢治仏教に共通するのは、アニミズムやトーテミズム、シャーマニズムを内包しつつ曼荼羅として包摂し体系化する密教的な世界観であった。
▽145 密教は法華経の上に具体的な方法(修法儀礼)を加えただけとも言える。法華経のなかに密教の全種子が詰まっている。そのことを深く把握し、鎌倉という大動乱期にあって、時代認識と預言的な読みと文脈を示し、題目という新しい方便実相を発明し、顕密二教を交えつつ法華経世界図(未来図)を解き明かしたのが日蓮だった。
▽169 1910年ハレー彗星。破局がくると世界中で大騒動。……ハレー彗星の到来により、地球上にはじめて世界同時性についてのリアルな意識と危機意識が芽生えはじめた年。
▽174 柳宗悦は、「新しき科学」の最前線を「変体心理学における心霊現象の攻究」に見ていた。
……「春と修羅」について、「これらはみんな到底詩ではありません。……ある心理学的な仕事の支度に、正当な勉強の許されない間、境遇の許すかぎり、機会のある度ごとに、いろいろな条件の下で書き取っておく、ほんの粗硬な心象のスケッチでしかありません」「心理学的な仕事」とは、透視やテレパシーなどの超心理学的な現象の解明と開発の仕事であった。
▽195 明治39年の合祀令 神社には必ず神職を置き、村社は年に120円以上、無格社は60円以上の報酬を出さしむ。……
 合祀の部分は府県知事の任意にまかせ、……多くの神社を潰すを自治制の美事となし、……500円積まば千円……和歌山県のごときは5000円、大阪府は6000円まで基本財産を値上げして、積み立て能わざる諸社は、強いて合祀請願書に調印せしむ。
▽197 神社を「1町村に1社」に統廃合するという政策を明治39年に内務大臣原敬が発令した。……第二次桂内閣の内務大臣平田東助が強く進めたので、20万社が13万社近くに減った。
 神社合祀がとくにひどかったのは、伊勢神宮のある三重県と御三家の紀州藩のあった和歌山県。三重県は9割もの神社が整理されて合祀されたという。
▽201 千百年来斧斤を入れざりし神林は、諸草木相互の関係はなはだ密接錯雑致し、近頃はエコロギーと申し、この相互の関係を研究する特種部門の学問さえ出で来たりおることに御座候。……「諸草木相互の関係はなはだ密接錯雑致し」とは、きわめて密教的。複雑系の関係性と複雑系の思考、熊楠に横溢しているのはそのような思考と知性なのだ。
……それが田辺湾に浮かぶ「神島」という「非常の好模範島」に典型化されていた。
……心理学と生態学、民俗学との融合を可能としていったのが、熊楠の密教と神社に対する「密接錯雑致す」神仏習合的な直覚だった。熊楠の、心理学と生態学と民俗学を総動員した神社合祀反対運動は、ハレー彗星の到来した1910年にピークを迎えていた。
▽272 熊楠も賢治も、分子生物学的な視点を内包する広大な生態学的な思考をもっていた。熊楠は横一面的に拡張される空間的で博物学的な連鎖連結を帯び、賢治は、縦一直線に伸びる時間的で進化論的な連鎖連結を帯びていた。
 分子生態学的なまなざしを密教の大日如来や法華経の久遠実成の本仏によって包摂している。そこではマクロとミクロが相互侵入し、金胎不二の両界曼荼羅のように統合されている。このような部分と全体のホーリスティックな相互侵入的統合を「生態智」と呼びたい。
 ……聖地や霊場は、聖なるものの示現するヌミノーゼ的な体験(畏怖と魅惑、こわい、すてきという相反する感情を同時に生起させる体験)が引き起こされる場所であり、そこには「生態智」という知恵と力が内蔵されている。そのためそこでは祈りや祀りや神事などの儀礼や修行がおこなわれてきた。
……聖地・霊場は、「性地(エロス空間)」にして「政地」であった。生殖を含む生命力を喚起し活性化する。人々の念や思いや信仰を集める「性地」としての特性を持つがゆえに政治的な統治に重要な場所「政地」となってきた。
▽277 (筆者)比叡山のふもとに住み、毎朝、祝詞や般若心経……などを含む神仏習合的祈りをささげ、石笛・横笛・ホラ貝などの楽器40種類ほどを奉奏し、600回以上比叡山を上り下りする中で、……いのちあるものはそのままで美しく、完成されているというのは、山岳修行者の実感である。
▽280 草木国土悉皆成仏のような本覚思想を、熊楠や賢治はその核心に保持していたのではないか。
……天台本覚思想の「草木国土悉皆成仏」を破壊するガバナンスが進行したのが近代。なかでも神社合祀は、阻害的壊滅的ガバナンスの典型的な政策と熊楠には映った。
▽284 ニンゲン中心主義を超えて……ヒューマンスケールを超えて世界をみろ。……
……新神仏習合道を練り上げることが、著者にとっての21世紀の生態智運動となる。

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